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銀河フェニックス物語<裏将軍編>最後の最後は逃げるが勝ち(7)
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・最後の最後は逃げるが勝ち(1)(2)(3)(4)(5)(6)
何が起きたのかわからなかった。
突然、目の前に突風教習船が現れた。何もないところからイリュージョンマジックで船が飛び出したかのようだった。
すぐに現状を認識した。抜かれたのだ。裏将軍に。
超加速だ。渦巻きの力を推力に転換したのか。理論的にはあり得る。だが、それを、このバトルのぶっつけ本番でかましてくるとは。
何て奴だ。
このまま負けるわけにはいかない。
まだ、仕掛けて抜くポイントはいくつもある。自分はわかっている。ウエスタン帯を知り尽くしているのだ。
それにしても、前を行く裏将軍は、なんと隙の無い飛ばしをするのか。
最短ルートのようでいて、絶妙にタイミングをずらしている。そのせいで、自分が追い抜こうとする最適ポイントが上手く生かせない。
裏将軍の操縦が、スタート時から変わってきている。
進化だ。飛ばしの切れが増す。
不慣れだった左教官席を、今この東西統一バトルの舞台で自分のものにしている。
不死鳥が飛ぶが如く、この一か月の不調を塗り替える飛ばし。これが、裏将軍本来の姿か。
「気圧されるな」
先輩たちの声が聞こえる。
「ノーザンダ、お前がここウエスタン帯で負けることはない。愚直なまで飛ばし込んできたことを思い出せ」
仲間の後押しと応援が俺には聞こえる。
自分のタイムは落ちていない。いや、むしろ裏将軍に引っ張られて伸びている。
*
最後の間欠泉小惑星NP18。ここが勝負所だ。
気体の噴出が強い難所。
空間気流を利用して、追い越しをかける。先ほど抜かれたお返しだ。やられたまま終わりはしない。
噴出パターンはつかんでいる。これまで何千回と飛んできたのだ。俺は読み切った。
飛び出して、エンジン最大噴射。気流に乗る。いける。抜き返す。
と、突然、機体のバランスが崩れた。なぜだ、流れがおかしい。乱気流か。
目の前を飛ぶ裏将軍の機体を見て目を見張った。
バカな。
突風教習船が背面飛行している。自分が飛び出すのと同じタイミングでくるりと半回転していた。
これまで感じたことのない流体の動き。圧力抵抗が増加している。加速しているのに前へ進めない。
裏将軍は、ここで自分が追い越しをかけることを見越して、ブロックしてきた。自分は空間気流を何千回と飛んできたが、こんな飛ばしは始めて見た。
天才だ。目からうろこが落ちた。
体勢を整えた突風教習船が、自分の前でゴールを切る。
文句の付けようがない。完敗だ。
自分が積み上げてきた努力と経験を、裏将軍は才能で一気に上書きした。
自分の敗退は、ウエスタンクロスの敗退。
ウエスタンクロスの敗退は西のエリアの敗退。
これまで誰も成し遂げなかった銀河統一。
その瞬間をギャラリーのライブ動画が全世界に伝えた。
自分は悔しさよりも、新たな飛ばしの引き出しが増えた興奮に身体が震えていた。まだ、自分は成長できる。
東エリアのチームが次々と裏将軍の軍門に下った理由を肌で感じた。
この敗北は恥ずかしいものではない。新たな世界への入り口なのだ。
「また、死にぞこなった」
ギャラクシー・フェニックスの公式チャンネルから、裏将軍の決め台詞が配信される。
旗の受け渡しに裏将軍は出てこない。
突風教習船はギャラクシー号の中へと入ってしまった。
代わりに三将として飛んだ側近のアレグロ・ハサムが姿を現した。紫色の前髪が揺れている。
自分たちの歴史が刻まれた十字がクロスするデザイン、ウエスタンクロスの旗を手渡す。
先輩は情けないと怒り、後輩はふがいないと責め、同輩は愚かだとののしるかもしれない。旗を守れなかった責任は感じている。
だが、気持ちはすっきりしていた。裏将軍の一番近くで競ることができた経験に、自分は勝敗以上の喜びを感じている。
裏将軍の側近は落ち着いた男だった。銀河統一という偉業を達成したというのに興奮するでもない。
「今後、西のエリアでも公道での暴走には裏将軍の制裁が下る。伝えることはそれだけだ」
事務的な物言いだったが嫌悪感は無かった。 (8)へ続く
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