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銀河フェニックス物語 【出会い編】 第二十八話 放蕩息子と孝行息子 (まとめ読み版)
・第一話のスタート版
・第一話から連載をまとめたマガジン
・第二十七話「ガールズトークは止まらない」
会社帰りにチャムールに会った。
「ティリー、一緒に帰ろうよ」
普段ならチャムールは、本社前のステーションから空港行きのライナーに乗るのだけれど、わたしと一緒に歩き出した。
どうやら、わたしに話があるようだ。
「どうしたの?」
「この間、アーサーのご自宅で、お父上の将軍にごあいさつをしたの」
「そうなんだ!」
驚きながらニュースでしか見たことのない将軍の顔を思い浮かべる。
チャムールがお付き合いしているアーサー・トライムスさんは将軍家の御曹司。
結婚前提のお付き合いなのだから、普通に考えれば驚くことでもないのだけれど。連邦軍を統率する将軍に御目通りするなんて、一般人には考えられない話だ。
「ベルの家で、アーサーとレイターが義理の兄弟、という話をしたでしょ」
同期の女子三人でピザパーティーをした。その時の話だ。
正直に言って驚いた。
レイターが愛してやまない『愛しの君』は、将軍家のアーサーさんの妹で婚約者だったと言うのだ。
「将軍は開口一番、なんておっしゃったと思う」
「さあ?」
「『うちには、手のかかるバカ息子と、手はかからないが無愛想な息子の二人がおりまして』ですって」
話の途中で、わたしは思わず吹いてしまった。
手のかかるバカ息子がレイターで、手のかからない不愛想な息子はアーサーさんだ。
「そしてね『手のかからない息子のこともずっと心配しておりました。どうぞ仲良くしてやってください』って」
いつも冷静なアーサーさんが、どんな顔をして聞いていたのか、想像がつかない。
「あそこのお宅はね、レイターが中心なのよ」
「レイターが?」
「お手伝いさんもやってきて、話に加わったんだけれど、バカ息子の世話がいかに大変だったか、って話ばかりなの。面白くて盛り上がったんだけれどね」
「どんな話?」
興味がある。
「ハイスクールを中退した、と思ったら暴走族になっていた、とか、将軍のコネで折角一流会社にいれたのに、処分を受けて一年で辞めて、家を飛び出したきり帰ってこない。あげくの果てに、将軍家に借金の肩代わりをさせているって」
「放蕩息子の極みね」
大体わたしの知っている話だった。
「馬鹿な子ほどかわいい、って言うけれど、実の息子であるアーサーの話はほとんど出ないのよ。面白い思い出話は無いんですって」
「何だかそれもかわいそう」
アーサーさんに少し同情する。
「本人は昔から慣れている、って言ってたわ」
優秀な兄と出来の悪い弟。ほかの家庭でも似たような話を聞いたことがある。何だか本当の家族みたいだ。
「ところでティリー、あなたの話も出たわよ」
「えっ? どうして?」
わたしはびっくりした。
「将軍が『レイターの恋愛はどうなっとるんだ?』ってアーサーに聞いてきたのよ。私たち、思わず目を見合わせてしまったわ」
嫌な予感がする。
「どうやら将軍は、レイターが『俺のティリーさん』って話しているのを聞きつけたらしいの」
レイターはわたしのことを「俺のティリーさん」と呼ぶ。
そのせいで、わたしたちがつきあっている、と誤って思い込んだ人は、これまでにもいた。
天下の将軍にまで勘違いされるとは。
こういうことになるから、やめて欲しいと言ってるのに。
「それで、何て答えたの? 将軍の誤解を解いてくれた?」
「アーサーが『事態が進展するには、まだ時間がかかるとみられます』って。あそこの親子の会話は、業務報告みたいなのよね」
事態の進展、ってどういう意味だろう。
わたしとレイターが付き合うということ?
「わたしは、そんなに時間がかかるようには、思わないんだけれどな」
「チャムール、何が言いたいの?」
「レイターって、操縦に関しては天才なのに、真面目で努力家でストイックでしょ、ティリーの好みなんじゃない?」
わたしはすかさず反論した。
「真面目で努力家、というのはわたしの憧れ『無敗の貴公子』と元カレの話です。レイターとは、全然っ違うから」
チャムールは、無理矢理わたしの好みとレイターをくっつけようとしている。
けれど、否定してから気がついた。
確かに、操縦に限れば、レイターのストイックさはすごい。
チャムールがわたしの顔をじっと見て言った。
「実は、ティリーにお願いがあるの」
* *
チャムールは、月の御屋敷でアーサーとかわした会話を思い出していた。
月の御屋敷の壁には、アーサーの妹フローラの写真がたくさん飾ってある。彼氏だったレイターと一緒に写っているフローラは、どれもいい表情をしていた。
写真を見ながらアーサーは言った。
「妹のフローラとティリーさんは似ているんだ」
二人の顔立ちは似ている感じがしない。
ティリーはかわいい。
写真で見るフローラは、かわいいというより綺麗だ。
でも、研究所のジョン先輩もティリーと似ていると言っていたから、おそらく話す雰囲気とか、そういうものが似ているのだろう。
「レイターは、フローラとティリーが似ているから好きなのかしら?」
アーサーは首を少し傾げた。
「私が指摘したが本人は認めていない。そもそも似ているという意識がないようだ」
「無意識下の選択というわけね」
「私は一度、ティリーさんを父に会わせたいと考えているんだ」
アーサーが子どものように楽しそうな表情をした。
「チャムール、協力してくれるかい?」
「もちろんよ」
* *
「実は、ティリーにお願いがあるの」
チャムールがわたしの顔をじっと見て言った。
何か頼みがあってわたしを待ってたんじゃないか、という予感はしていた。友だちの頼みを断る理由はない。
「何?」
「アーサーの家に来て欲しいのよ」
「えっ、月の御屋敷に?」
チャムールの突然の申し出に驚いた。
将軍家のお住まい、月の御屋敷。
要塞でもあり一般人が入れる場所ではない。恐れ多い一方で、興味はある。
レイターが住所登録している家。
レイターが暮らしていた家。
レイターがアーサーさんの妹さんと婚約していた家。
「どうかしら?」
「い、いいけれど・・・」
「来月、将軍の就任ニ十周年を祝うパーティーがご自宅で開かれるの。私、呼ばれているんだけど、ティリーがレイターと一緒に来てくれたら心強いわ。レイターに聞いてみてくれない?」
「う、うん。今からフェニックス号へ寄ってみよっか」
自宅近くのステーションから、チャムールと空港行きのライナーに乗った。
*
チャムールと一緒にレイターに相談しようと思ったのに、
「ごめんなさい、ティリー。時間が無いの、あとはお願いするわ」
と、チャムールは土星行きの定期便に乗って帰ってしまった。
まあいっか。わたしは、その足でフェニックス号へ向かった。
「おや、ティリーさん。俺に会いたくなっちゃったかい?」
お調子者のレイターは、いつもと変わらない軽いテンションだ。
「馬鹿なこと言ってないで。相談があってきたの」
「相談?」
マザーが淹れてくれたおいしいコーヒーを口にする。お茶うけに貝殻の形をしたマドレーヌが出てきた。
このスイーツが食べられるだけでも、ここへ来た甲斐はある。
「チャムールから、将軍の記念パーティに誘われたのよ」
「ああ、うちでやるやつか。ティリーさん、あんなの行きてぇのか?」
レイターが不思議そうな顔をした。
「チャムールが知り合いがいないから心配だ、って言うのよ」
「ま、いいけど。一応正装だぜ」
レイターはあまり気乗りがしていないようだった。
正装というのは、家にある紺のフォーマルスーツで大丈夫だろうか。
レイターはどうするんだろう。想像したら顔が緩んだ。
要人警護の『よそいきレイター』が頭に浮かんだ。
マドレーヌは焼き立てだった。
表面はカリっとしているのに中はふわふわ。ほんとに器用で便利な人だ。
美味しいマドレーヌをいただきながら、わたしはレイターを前に落ち着かなかった。
婚約者だったというアーサーさんの亡くなった妹、『愛しの君』のことを聞いてみたい。
でも、どうやって切り出せばいいだろうか、と思いながらコーヒーを口にする。
そんなわたしに、レイターが声をかけた。
「ティリーさん、何か、俺に言いたいことがありそうだな」
この人はボディーガードとして優秀で、やたらと気が付く。
こういう時は助かる。
思い切って口にした。
「チャムールから聞いたの。『愛しの君』の話」
「あん?」
レイターがわたしの目を見た。
「それであんた、俺んちに行きたくなったんだ」
図星だけれど、素直に認めたくない。
「チャムールに頼まれたから、って言ってるでしょ!」
「ま、いいや。別に隠してる話じゃねぇし」
「隠してるのかと思ってたわ」
正直に口にした。
「フローラの話をすると、周りが俺に気を使うからな」
「フローラさんって言うのね」
「ああ」
レイターの表情が優しい。というか、愁いを帯びた静かな表情。
「アーサーの妹のフローラと俺は、俺が十七ん時に結婚したんだ」
結婚した?
婚約の間違いじゃないの?
「でも、その直後にフローラは病気で死んだ」
「・・・」
「俺が十八になったら届け出るはずだったから、正式な結婚とは呼べねぇがな」
レイターはそこで言葉を切った。
話したくないのか、何を話していいのか迷っているのか。
おしゃべりなレイターが黙ると空気が重い。普段と違う。まるで別人だ。落ち着かない。
マドレーヌは食べ終わった。
「とにかく、チャムールのために行くから」
それだけ言って、わたしは席を立った。
あんな寂しげな表情なんて見せないでほしい。レイターはおちゃらけたキャラクターなんだから。
*
祝賀パーティーの日。
月の御屋敷まで連れて行ってもらうため、フェニックス号へやってきた。
「ティリーさん、いいねえその服」
レイターを見た瞬間、腹が立った。
「レイターが正装って言うから、家にある一番高いスーツを着てきたのよ。なのに、あなたは正装じゃなくていいの?」
正装、と自分で言っておきながらレイターはいつもと同じだった。
ネクタイをゆるめただらしない格好に、ぼさぼさの髪。
「あん? 自分ちなんだぜ。上着着てりゃ十分正装だろが」
とレイターは肩をすくめた。
どうしてわたし、こんなに苛立っているんだろう、と思いながら気が付いた。『よそいきレイター』じゃなくて、がっかりしている自分に。
*
月の御屋敷に近づく。
将軍のご自宅は聞きしに勝る大豪邸、というか本当にお城だった。
お屋敷の周りは、目には見えない高性能なバリアが張り巡らされているらしい。
フェニックス号は識別コードが与えられていて、何の苦も無く敷地の駐機場に着陸した。
「絵本にでてくるお城みたいね」
「アーサーの先祖が、地球にあった古城を移築したんだとさ。金持ちの考えることはよくわかんねぇな」
手入れが行き届いた庭は、要塞というよりまるで公園だ。
季節の花々が美しい配色で咲き乱れている。ベルがテーマパークのようなお城、と言っていたのは、当たらずとも遠からずだ。
チャムールとアーサーさんは、ここでデートをしているのか。
ここならご自宅といえど、デートスポットっぽいから許せる気がする。
*
「ただいまぁ」
レイターの案内で、月のお屋敷へ足を踏み入れる。
パーティーにはまだ時間があるので客の姿はない。
奥のドアを開けると、アーサーさんとチャムールがソファーに座っていた。
アーサーさんは軍服の正装が似合っていてりりしかった。
チャムールも眼鏡ではなくコンタクトにして、素敵なドレスを着ている。二人はとてもお似合いだ。
そして、正面の椅子にニュースでよく見かける人物が腰掛けていた。
きょうの主役、ジャック・トライムス将軍だ。
銀河連邦軍の元帥で総司令官。軍服の胸には勲章がいくつも飾られていた。
威厳がある。緊張する。
わたしの故郷アンタレスに軍はない。
父は連邦軍の駐留に反対する運動をしていた。将軍に恨みがあるわけではないけれど、父だったらどうしただろうか。
そもそも、わたしのようなものが普通に話のできる人じゃないのだ。
将軍が口を開いた。
「久しぶりだなレイター。もう少しわしの前に顔を出せ」
低い声はアーサーさんと似ている。
「そういうジャック、あんた、ほとんど家にいねぇじゃん」
普通の家族の会話のように親しい。
「こちらがチャムールさんの同期のティリー・マイルドさん」
レイターがわたしを紹介した。
将軍が立ち上がる。あわてて前に立つ。
「初めまして」
「あなたがティリーさん」
将軍が、目を見開いた。
頭を下げて挨拶する。
「は、はい。ティリー・マイルドでございます」
将軍はわたしの緊張を解くように、にっこりと笑った。
「うちには、手の掛かるバカ息子と、手の掛からない無愛想な息子の二人がおりましてな。バカ息子にはほんと困っておるんですが、どうぞよろしく頼みます」
将軍は気さくな方だった。
「い、いえこちらこそ」
「バカで悪かったな、バカで。天才と比べられりゃ誰だってバカだ」
レイターがぶつぶつ言った。
「きょうは楽しんでいって下さい。レイター、ちゃんとティリーさんをエスコートするんだぞ」
「わかった。わかった」
*
ホールへ向かう廊下の壁に、何枚もの写真が飾られていた。
色白の美しい少女。
「フローラさ」
レイターがつぶやくようにわたしに言った。きれいなお人形さんのような人。
わたしと全然似ていない。
その横の集合写真に、わたしの目は釘付けになった。結婚写真だ。
「俺が十七ん時だ」
写真の中心には、真っ白なタキシードを着た少年のレイターと、ウェディングドレスをまとったフローラさんが仲むつまじく並んでいる。
まるで絵本の中のお姫さまと王子さまだ。
レイターが「婚約」ではなく、「結婚」という言葉を使った意味がわかった。結婚式の写真だった。
二人の横に、将軍とアーサーさんが軍服を着て立っていた。
幸せが伝わってくる。
「亡くなる一週間前さ。アーサーは知ってたんだ、フローラの命が長くないって。俺は・・・バカ息子だから知らされてなかった」
胸が苦しい。
二人の写真から愛があふれている。
銀河で最高にいい女。
間違いなく『愛しの君』だ。
デジタルフォトフレームが、結婚式のスナップ写真を映し出す。
ハイスクールの同級生だろうか、少年たちが祝福している。
なんて楽しそうなのだろう。
わたしの知らないレイターがそこにいた。
盛り付けられた料理と一緒に、見知った人が映った。
口ひげがないけれど、五つ星のシェフ、ザブリートさんだ。
「結婚式の料理はザブが作ってくれたんだ。結婚式だっつうのに、山盛りのフライドチキンとフライドポテトだぜ。でも、あの味を、俺は一生忘れねぇ」
わたしは、話を聞いているのが辛くなってきた。
*
少しずつ出席者がホールへ集まりだし、立食パーティーの食事が運ばれてきた。
レイターがつまみ食いをしている。
準備を仕切っている年輩の女性が、わたしとレイターのそばに近づいてきた。
「レイター。お嬢さんを紹介しておくれ」
ちっ。レイターが嫌な人に見つかった、と言う顔をして舌打ちした。
「こちらはティリー・マイルドさん。チャムールさんの同期。で、この人はバブさん。うちのこと取り仕切ってる人」
「ティリーさん、すみませんね。この子の相手は大変だと思いますけど、根は悪い子じゃないんで」
チャムールが話していたお手伝いさんは、彼女のことだとピンときた。
「ったく、悪い子って、あんた、俺をいくつだと思ってんだ」
「アーサー坊ちゃまを見てご覧。落ち着いてエスコートしていらっしゃるのに、あんたときたらつまみ食いかい? 同じ年には見えないよ」
「わあった、わあった。あいつは昔から老けてるんだ。あんたは早くパーティーの準備しろよ」
*
将軍が登場し、パーティが始まった。
乾杯の後は歓談。
人の出入りが激しくなる。多くが軍の関係者。ほかにも政治家など蒼々たる面々だ。場違いなところに来てしまった感じ。
レイターは
「全部食べてやるぜ」
と料理が並んだ机の前から動こうとしない。
手の込んだパーティ料理はおいしかった。けれど、味わって食べている人はいない。
将軍の声が聞こえる
「うちには息子が二人おりまして・・・」
出席者のほとんどが、アーサーさんとレイターのことを昔から知っているようだ。
レイターにも声をかけてくる人がいた。胸に勲章をたくさんつけた軍人さん。
「レイター、かわいいお嬢さん連れてるじゃないか」
「かわいいだろ。俺のティリーさんさ」
その言い方やめて、とレイターの服をひっぱる。
「このおじさん、俺とアーサーが昔乗ってたアレクサンドリア号の艦長、アレック少将」
「よろしく」
と男性が手を差し出した。
「こちらこそ」
わたしは、そのがっしりとした手を握った。豪快そうな人だった。
「お前、ザブリートの店でマクドレンを怒らせたんだって」
「怒らせたのは俺じゃねぇ、鷹狩りが好きな将軍家だ」
レイターが口をとがらせた。
「まあいい。どちらにせよ愉快だ。ははは」
これは、この間、ルク星のザブリートさんのお店へ出かけた時の話に違いない。大臣が狙われて、皇宮警備のマクドレン隊長という人が怒っていた。
レイターは厨房で調理を手伝っていたのだけれど、事件に何か関わったのだろうか。
レイターの人脈は広い。
客が次々と話しかけてくる。けれど、食べるのに忙しいという顔で、適当にあしらっていた。
一方、アーサーさんとチャムールは一人一人に対し丁寧にあいさつしている。ご飯を食べる暇もなさそうだ。
「二人は大変そうね」
「そりゃ、将軍の跡取り様だからな」
レイターがここへ出てくるのに、気乗りしない理由がわかった。
楽しいパーティとは言えない。
「ティリーさん。俺の部屋へ行こうぜ?」
「いいの?」
二人で会場を抜け出した。
*
レイターの部屋は、広い御屋敷の真ん中あたりにあった。居候という雰囲気ではない。
「『裏将軍』って呼ばれていたにしては、御屋敷の中心で暮らしていたのね」
「フローラの隣の部屋をもらったんだ。あいつ身体が弱かったから、俺が看病してたのさ」
それなのにレイターだけ、フローラさんの余命を知らされていなかった。 また、胸が痛んだ。
ドアを開けると、レイターの部屋はフェニックス号の部屋同様に散らかっていた。
「あなたって、ほんと変わらないのね」
ハイスクールの教科書とかが乱雑に置かれていて、まるで高校生の部屋のよう。
多分、十七歳の時からこの部屋の時間は止まっている。
「ここに昔のS1の録画データあるぜ、エースのデビューレース見るかい?」
「見たい、見たい!」
エースのレース映像は全部持っているけれど、実はデビューのレース映像は販売されていない。
代打ちだったことから、版権でもめて二次利用できなかったという。
テレビで放送されたダイジェスト版は持ってる。けれど、一時間の全編は初めて見る。
こんなところにお宝映像があったなんて。
画面に映ったエースが子供っぽい。
「若いわぁ」
「エースが十八ん時だからな」
「でも、やっぱりかっこいい!」
ああ、ドキドキしちゃう。
第一レーサーが突如出られなくなり、デビュー前のエースが代理で出場したのだ。
そして、優勝。
エースが一躍有名となった伝説の一戦。
やっと全編見ることができる。
船がスタートした。
「まだまだ甘いなあ」
レイターがつぶやいた。
「うわっ、旋回もゆるゆるだ。これで史上最速、ってレベルが低すぎるぞ」
例の罵倒が始まった。
「ちょっとレイター、人が気持ちよく見てるんだから、静かにしてくれない」
エースの文句を言われると腹が立ってくる。
「そう言うけどさ」
レイターは映像を止めてカーブのポイント点を指で指した。
「俺ならここまで詰められるぜ」
レイターの指摘はわかった。
でも関係ない。
「しょうがないじゃない、初レースなんだから!」
「ったく、あんたほんとにエースが好きなんだな」
あきれたようにレイターは肩をすくめた。
「そうよ、わたしは彼に憧れてクロノスに入ったんだから」
「そこについては、俺もエースに感謝してんだ。おかげでティリーさんに会えたからな」
それだけ言うと、もうレイターは何も言わなかった。
わたしはエースのレースを満喫した。
*
「ほれ」
レイターがわたしに薄いディスクを投げた。
「コピーだ」
「もらっていいの?」
「十万リル」
「えええーっ」
思わずわたしは大声をあげた。
「ったく本気にするなよ、やるよ。でも、あんたなら十万でも払ってくれたかもしれねぇな」
「あ、ありがとう」
わたしはディスクを抱きしめた。十万は高い。でも、エースのためなら払ったかも。
*
S1プライムという宇宙船レースが開催された際、わたしはエース本人の付き人の仕事をした。
さらに『無敗の貴公子』が実は負けたことがあったことも知った。
しかも、その相手がこのレイターだということも。
それでも、エースがわたしの憧れであることに変わりはない。
好き、という気持ちは続いている。
きっと、レイターもそうなのだ。
「レイターは、フローラさんのことが今も好きなのね」
と、口にした瞬間、レイターは黙り込んでしまった。
聞いてまずかっただろうか、この間のフェニックス号と似た空気が漂う。沈黙が息苦しい。
ポツリとレイターが言った。
「あいつのこと、嫌いになりようがねぇし・・・」
亡くなった人は美しい思い出のまま、記憶に保存される。
新たな情報が上書きされることもない。
レイターは言葉を選ぶようにして続けた。
「俺以外みんな、フローラとの結婚式をままごとだと思ってた。でも、俺はあの時、真剣に宇宙の神様に誓ったんだ。『一生、フローラを愛します』ってな」
一生、というのはいつまでを指すのだろう。
「俺は『銀河一の操縦士』になって、あいつを宇宙へ連れてってやる、って約束したのに果たせなかった」
レイターの言葉からフローラさんへの愛が伝わってきた。
その横顔を見ていると、胸が締め付けられるように苦しくなった。
悲しい話だから、レイターに同情しているのだろうか。
いや、何かが違う。怒りとも苛立ちともつかない、嫌な気持ち。
どうしたんだろう。わたし?
「その点、ティリーさんはいいよな」
レイターは振り返ると、にやっと笑った。
いつものレイターに戻っていた。
「『銀河一の操縦士』の船でいつでも宇宙を飛べるんだぜ、幸せもんだよなぁ」
「わたしは関係ないでしょ!」
つい声を荒げた。
フローラさんの話をする時と、わたしに対する態度が違いすぎる。
彼女の話をする時のように、真面目に接してくれたら、わたしだってレイターのこと・・・。
思わず浮かんだ考えを、即座に否定する。
レイターが窓を開けた。
風が吹いて、一面に咲いた花の香りが部屋に漂う。
甘酸っぱい匂いが、身体中にしみこんでくるようだ。
「俺は、本当の家族が欲しかったんだ」
わたしに言っているようにも、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「たった一週間だったが、フローラは俺の家族だった」
幼い頃、両親を亡くしたレイターに家族はいない。
「でも、フローラは死んでねぇ」
「え?」
何を言っているのだろう。
「俺と同じ不死身なんだ。だから、俺が死ぬまで生き続ける」
ゾクっとした。
穏やかな表情なのに、誰も寄せ付けない空気がレイターに纏った。
レイターが遠くにいる様に見える。
狂気と言う言葉が浮かんだ。
前にもこんなレイターを見た。
*
あれは、高重力惑星のラールシータだった。
彼女を殺されたマイヤさんが、わたしを人質に取り、ナイフを突きつけた時。
助けに来てくれたレイターは、ナイフの刃を握り、血を滴らせながら言った。
「俺の彼女が死んだ時、こんな世界消えちまえばいいって思ってたぜ」
あの時のレイターは、マイヤさんの狂気を上回っていた。
一途な愛。そして、永遠の愛。
*
レイターが月の御屋敷に広がる花畑を、いとおしげに見つめている。
時が止まり、レイターの身体も固まってしまったかのようだ。
声もかけられない。花の香りに窒息しそうだ。
陽が沈みかけていた。
振り向いた時、レイターは普段の見慣れたレイターだった。
「さってと、ティリーさん明日も仕事だろ。飯も食ったし、そろそろ帰るか」
わたしたちは将軍に挨拶をして、帰途についた。
*
チャムールから後で聞いた。
月の御屋敷の庭園の花は、フローラさんとレイターが一緒に育てていたものを、今も庭師が手入れを続けているということを。
* *
パーティの後、一通り片づけを終えた将軍家侍従頭のバブが、帰りの挨拶のため居間に来た。
将軍のジャックは、疲れたように椅子に座っていた。
「ご主人様、わたくしはこれで」
「バブ、きょうはお疲れだったな。いろいろありがとう」
「どういたしまして」
「ところで、・・・会ったかね」
「はい」
将軍は「誰に」とは言わなかったがバブはすぐにわかった。
「驚いたな」
「はい、一瞬、お嬢様が帰っていらしたかと・・・」
「しかし、あいつも本当にバカだな。アーサーが指摘するまで、彼女がフローラに似ていることに気づかなかったらしいぞ」
「気づいていたら、逆に声をかけられなかったんじゃないでしょうか」
「ふむ、そうかも知れんな。なかなか良さそうなお嬢さんだった。・・・彼らはうまくいくと思うかね?」
バブはうなづいた。
「時間はかかりそうですけれど、うまくいきますよ」
「どうしてそう思う」
「女の直感です」
「そうか。きょうはご苦労だった」
「失礼いたします」
頭を下げると、バブは離れへと帰っていった。 (おしまい)
第二十九話「オレとあいつと彼女の記憶」へ続く
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