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銀河フェニックス物語<少年編>第九話(4)「金曜日はカレーの日」
ヌイはしばらくの間レイターが部屋へ遊びに来ることはないだろうと考えた。その時……
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>「金曜はカレーの日」 (1)(2)(3)
<少年編>マガジン
「バルダーン、元気ぃ?」
レイターが勢いよくドアを開けた。
あいつの神経の図太さに驚く。子どもって奴は何て単純なんだ。バルダンがレイターをにらみつける。
「怖い顔するなよ。ってもともと怖い顔なのか。大丈夫だよ。うがいしてきたから」
そう言いながらバルダンに飛びかかった。
技をかけようとするレイターをバルダンはあっという間に力で押さえ込んだ。
狭い部屋の中で二人はいつもの様に技をかけあい、いや、いつものようにレイターが一方的に技をかけられていた。
「ぐげぇ」
「参ったか?」
「イタタタタ。降参、こうさーん。もうカレー攻撃はしねぇから、離せやい」
それで二人は仲直りしていた。
バルダンは単純なところがある。
僕は気がついた。レイターはバルダンとの関係を良好に保つために、わざと技をかけられにこの部屋へ来たのか。
あいつは、人の懐に飛び込むのが上手い。それに見た目より色々なことを考えている。両親を亡くし、あの年で苦労して生きてきたのだろう。バルダンよりよっぽど大人なんじゃないのか。
見た目が幼いレイターは、隊員たちにかわいがられている。
一方で、見た目が大人という同い年の少年は、他人を近寄らせないものをまとっていた。
*
将軍家直轄の特命諜報部からアレック艦長へ暗号文が届いた。
暗号通信士はこの艦に僕しか乗っていない。艦長室へ呼ばれた。緊張しながら部屋に入ると艦長と坊ちゃんがいて、すでに暗号は坊ちゃんによって解読されていた。
小惑星帯に紛れている敵アリオロン軍の武器庫の座標と内部情報だ。音階暗号符ではなく通常暗号文だった。
「ヌイ軍曹。解読文の確認を頼みたい」
艦長から命令を受ける。
「はい」
前線に近づいていることを感じる。
間違えるわけにはいかない。
座標の数値符丁は難解だ。一つずつ誤らないようにほどいていく。手元に数字を写して変換させて次の数値にあてはめる。
アレック艦長がいらだった声をだした。
「結構時間かかるんだな。アーサーは一分で解いたぞ」
これを一分で解く? 無理だ。僕が無理なのではなく、普通の暗号士では無理だ。
「申し訳ありません。五分はいただかないと間違う恐れがありますので」
恐縮する僕の横で、坊ちゃんが艦長に説明をする。
「艦長、自分は書き写す作業が必要ないため、時間が短縮されているだけです」
全てを記憶する坊ちゃんは、書き写して変換することを頭の中だけでできるということだ。さすが天才少年だ。
なんてことを考えている余裕はない。暗号に集中しなくては。
結論に近づくにつれてわかる。坊ちゃんの解読は非の打ち所がない。僕がこの艦に乗っている意味はないんじゃないだろうか。プライドが傷つくな。
「解読終了いたしました。少尉の解読に間違いはありません」
僕が答えると同時に坊ちゃんから肩の力が抜けたのがわかった。
「よかった。数値符丁は難しいので」
このつぶやきは謙遜じゃない。
僕はシンガーソングライターだった。いつも創作のネタを探して、人を観察する癖がある。耳もいいから相手の話すトーンから本音を読み取ることもできる。
目の前の天才少年は心から安心し喜んでいた。物事を完璧にこなすイメージがあるから意外だ。と思うと同時に、彼がまだ十二歳だったことを思い出した。 (5)へ続く
<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
イラストのマガジン
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