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銀河フェニックス物語<少年編> 第二話(2) 家庭教師は天才少年

アーサーはレイターの端末に全教科のテキストと問題集を設定した。
銀河フェニックス物語 総目次
「家庭教師は天才少年」まとめ読み版 (1
<少年編>のマガジン

 レイターが僕に質問してくることは無かった。
 正直に言うと助かった。僕は教えるのは苦手だ。問題を見れば答えが頭に浮かぶ。どうしてそうなるのかと聞かれても困るのだ。レイターのレベルに合う補助線を導き出さなくてはならない。

 採点をしているとわかる。彼は頭も悪くないし飲み込みも早い。

 数日後、アレック艦長に声をかけられた。
「お前、レイターにちゃんと勉強教えているか?」

若アレック横顔驚く

「は、はい」
 と咄嗟とっさに答えたが、艦長が言う「ちゃんと」とはどういう状態を指しているのだろうか。
「あいつ、俺のところに化学式を聞きに来たぞ」
 驚いた。僕に聞いてこないと思ったら他の人へ聞きに行っていたのか。
「すみません」
「まあいい。あのぐらいは俺でも教えられる」
 アレック艦長は満更でもないと言う顔をした。
「俺はハイスクールのころ化学は学年トップだったからな。俺が化学が得意だとレイターに教えたのか?」
「いえ」
 艦長とは幼い頃から付き合いがあるが、化学が得意という話は初めて聞いた。

 教科の出来にムラがある理由がわかってきた。
 レイターは『銀河一の操縦士』になるのが夢で、そのための努力は惜しまなかった。僕が知らないような宇宙船のデータなど驚くほど記憶していた。
 星間航路の情報も航海士顔負けだ。だから地理の問題は間違えない。
 三角関数など高等数学がわかるのも、航路計算に必要な航行プログラミングのためだと言うことがわかった。つまりは宇宙船お宅なのだ。

 だが、プロではない。

「君が航海士になりたいのなら、この本を理解しなくちゃいけない」

少年正面@2やや口

 僕は『宇宙航法概論』の本を渡した。宇宙航空大学の難解なテキストだ。航行プログラミングをできるだけでは一級航海士にはなれない。
「サンキュ」
 本嫌いのレイターがうれしそうな顔をして本を受け取った。

 親切心ではない。僕はわかっていた。物理学の基本を知らないレイターの能力ではこのテキストは全く理解できないことを。
 僕の中に意地悪な気持ちが湧き上がっていた。この本を見て絶望すればいい。

 レイターの知っていることなんて所詮アマチュアレベルだ。僕はプロとして宇宙航法を理解している。
 レイターはどう反応するのだろう。僕は興味を持って観察した。

 ページをめくったレイターは眉をひそめてつぶやいた。
「こいつは難しいな」

12振り向きTシャツ

 快感と、居心地の悪さが同居する。これは優越感とそれを感じる自分への罪悪感か。
「わからないことがあったら聞いてくれ」
 社交辞令の様に僕は言った。

「意味分かんねぇけど、これ覚えねぇと一級航海士の免許取れねぇんだよな?」
「ああ」
 しばらく本を眺めていたレイターは突然『宇宙航法概論』の音読を始めた。同じところを何度も何度も声に出して繰り返す。

 驚いたことに彼は本を頭から丸暗記し始めた。つっかえながら式も覚えようとしている。
 文字と記号の羅列を追う理解のない記憶は非効率だ。とはいえ子どものころの記憶は定着しやすい。
 神殿の跡取りは幼いころから意味の分からない経典を繰り返し音読することで暗記する。

 お宅のエネルギーを侮ってはいけなかった。僕は悟った。知らないことは新たな燃料の投下なのだ。どんなに目的地が遠くても絶望などしないのだ。
 それだけの熱量をもって対峙するものを自分は持っているだろうか。

 操縦士を夢見るレイターにとって、この丸暗記は将来役立つことだろう。
 僕は敵に塩を送ったということだ。いや、そもそもレイターは敵ではない。彼のためになることを面白く思わない自分の器の小ささが嫌になる。

 レイターは自分のやりたいことに対する集中力と熱意には凄まじいものがあった。自分から物理学のテキストが欲しいと言い出し、『宇宙航法概論』を持って航海士や機関士の部屋へと出かけて行った。

 一方で、やりたくないことは徹底してやらなかった。彼は文学や生物学など操縦に関係ないとみるや、宿題を解きもせず、でたらめを書き込んでいた。

 そうした教科について、どうすればレイターのモチベーションを高められるか。僕は家庭教師として考えなければならなかった。       (3)へ続く

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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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