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銀河フェニックス物語【少年編】第五話 「誰にでもミスはある」(まとめ読み版)
アーサーの権限でレイターを船に乗せていいと艦長が指示をだした。
・銀河フェニックス物語 総目次
・<少年編>第四話「腕前を知りたくて」まとめ読み版
・<少年編>のマガジン
戦艦アレクサンドリア号、通称アレックの艦。
銀河連邦軍のどの艦隊にも所属しないこの艦は、要請があれば前線のどこへでも出かけていく。いわゆる遊軍。お呼びがかからない時には、ゆるゆると領空内をパトロールしていた。
*
レイターが綴りの試験で一問も間違えなかったら、船の操縦を許可することにした。
やればできる。というのはこういうことを言うのだろう。
突如、試験で満点を取り始めた。彼は普段の生活態度はいい加減だが、やると決めたことには注意深く手堅い。
僕がパトロール当番の時、レイターは大喜びしながら複座戦闘機の前の席に乗り込む。僕は後部座席からナビゲーションをする。何かあれば僕も操縦が可能だが、僕が操縦桿を動かす必要はなかった。
巨大惑星の近くをレイターと警戒中のことだった。アレクサンドリア号は電磁雲と重なり通信圏外に入っていた。
「お、おい、アーサー、計算間違ってるぞ」
操縦席のレイターが珍しくあわてた声を出した。
「そんなはずはないが」
僕はナビゲーション席の計器類を見直した。
心臓がドキンとなった。計算が間違っているのではなく初期値の入力を誤っている。僕のミスだ。
僕らが乗る戦闘機が引力圏へ引っ張られ始めた。
まずい、抜けられなくなる。船外温度が急上昇始めた。機内が熱を帯び始めたのを感じる。
「入力ミス発見。差し替える」
「差し替えじゃなく、進入角度の裏解析できるか?」
レイターが聞いてきた。モードを逆算して立て直すつもりか。
「右系三百五十七度四十八分だ」
頭に浮かんだ答えを伝える。
「ラジャー」
レイターが操縦桿を切りながら逆噴射をかけた。モードの切り替えで機体を一気に引力圏の外へと押しだす気だ。急激なGがかかりシートに押し付けられる。
最悪のケースを想定する。機体を放棄して宇宙空間へ脱出しなくてはならない。その臨界点を計算する。スイッチは僕の前にある。簡単に機体を手放すわけにはいかないが、タイミングを逃したらこのまま引きずられ、燃え尽きて僕らは死ぬ。
脱出装置が作動すれば救難信号が出る。アレクサンドリア号の通信圏に届けば救助が来る。しかしパイロットスーツの生命維持装置が働いている間に間に合うだろうか。宇宙空間は広大だ。
機体がきしみ始めた。奥歯を噛みしめる。
死と隣り合わせの緊張で身体中の細胞が沸騰しそうだ。
「残り、十五度。まだ、いける」
レイターが必死に惑星重力の流れを読み切ろうとしている。操縦は彼に任せる。
僕は緊急脱出装置のキーに手をかけたまま状況を見極める。落ち着け。もう失敗は許されない。
位置ポイントと引力圏が交差する。ここが限界だ。
と、ふわっとGが軽くなった。
うまい。
機体がきれいに流れだした。制御が効くところまで一気に飛び出す。
「そら、これで自由の身だぜ」
ふうぅ。ゆっくりと息を吐く。危なかった。臨界点ギリギリだ。脱出装置のスイッチにかけた指がかすかに震えている。額から汗が流れ落ちた。
「すまなかった。僕の入力ミスだ」
「ってか、あんた便利で感心するよ。電算システムより計算速ぇ」
レイターは声を出して笑った。
いや、感心すべきはレイターの判断だ。この状況で、データ差し替えよりモード逆算を思いつくとは。
*
「申し訳ありませんでした」
帰還した僕は戦闘機部隊隊長のモリノ副長の前で頭を下げた。
入力ミスで戦闘機を一台お釈迦にするところだったのだ、厳正な処分が待っているはずだ。
だがおかしい、副長は何も言わない。
「処分は?」
「何のことだ? お疲れだったな。きょうは上がっていいぞ」
お咎めもなく帰された。将軍家の僕に気を使っているのだろうか。
部屋に戻った僕は、情報端末できょうの航行ログを開いた。
反省するために自分のミスを確認する。
機体が巨大惑星に近づく。ここで僕は重力に気を取られて入力ミスをした。なのに変だ。機体はスムーズに進み続ける。
誤ったはずの初期値が正しく入力されていた。巨大惑星の直ぐ脇を問題なく飛行したようにデータが書き換えられている。
レイターだ。彼しかいない。あいつ、何てことをするんだ。
振り向くとレイターは部屋のベッドの上の段で寝ころび携帯ゲームをいじっていた。
「レイター!」
「あん?」
「お前、航行ログを書き換えたな」
「ああ、変えたよ」
めんどくさそうに彼は体を起こした。
「どうしてそんなことを」
「だって、めんどくせぇじゃん。いろいろ聞かれるの。あそこは管制も切れてたからログさえ消せば誰にもわかんねぇよ」
「航行ログの書き換えは、宙航法七十二条違反だぞ」
「ばれなきゃいいじゃん。あんただって叱られなくてよかったんじゃねぇの」
「そういう問題じゃない!」
僕は真剣に腹を立てていた。こんなに怒ったことがこれまであっただろうか。
「艦長に報告する!」
僕の言葉を聞いて、レイターが驚いた顔をした。
「ちょ、ちょっと待て、報告するのは止めてくれよ」
彼は艦から追い出されることを極度に恐れている。
「君のことをどうこう言うつもりはないが、僕は僕のミスは隠蔽しない。きちんと報告する」
「ちっ、あんた、変わってるなぁ」
「何を言ってるんだ。航行ログを改竄するなんて、君がおかしいんじゃないか」
「そうでもねぇよ。一流パイロットだって、前に俺が書き換えてやった時には、涙流して喜んでたんだぜ」
「……」
その時、僕は気がついた。航行ログの書き換えは簡単にはできないことを。
僕は研究所でプログラムの解析をしたことがあるから書き換えの方法を知っている。
「どうしてお前、ログの書き換えができるんだ?」
つい、詰問調になる。
「あん? ダグんちにはいろんなプロがいてさ、宇宙船のデータ書き換えぐらい簡単だよ。金融機関のデータは難しいけど」
とレイターは肩をすくめた。マフィアのプロ。ブラックハッカーか。
「そのプロにプログラミングを教えてもらっていたというわけか」
「教えてくれる、ってほど親切じゃなかったけどな」
想像がつく。航空プログラミングを知ろうと、彼はハッカーにしつこく取り入ったに違いない。
それで彼は、ハイスクールの数学とプログラミングがわかっていたのか。
*
僕はその足で艦長室へ出かけ、アレック艦長とモリノ副長へ正直にミスを報告した。
「本日の警戒中、私が初期値の入力をミスしたため、一時、惑星の引力圏に引き込まれ危険な状態に陥りました。申し訳ありませんでした。さらにそのミスを、レイターが航行ログを書き換えて元のログを消去しました」
艦長と副長は驚いていた。
「アーサー、お前がミスをしたのか?」
「はい、結果としてそれを隠蔽するような事態になり、重ねて申し訳ありませんでした」
僕は頭を下げた。
「ほお、お前がミスをねぇ」
艦長が驚く場所を間違えている。僕だってミスをすることはある。レイターが航行ログを改竄したことこそ、驚くべきところなのだ。
「いかなる処分も受ける所存です」
「わかったわかった。ま、機体も壊れてないんだろ。もういいよ、部屋に戻れ」
艦長は済んだことには興味がないようだ。だが、それでは秩序は保てない。
「しかし……」
食い下がる自分を艦長は面倒くさそうに遮った。
「お前が生きて帰ってきたならそれでいいさ。不問だ。聞こえなかったのか、部屋に戻れ」
将軍家の跡取りである僕に何かあれば艦長の責任は重大だ。自分が特別扱いされていることに苛立ちを感じる。かと言って、ミスした自分が上官に進言できる立場ではない。
「失礼します」
釈然としないまま僕は艦長室を後にした。
*
「どうだった?」
部屋に戻るとレイターが二段ベッドの上から恐る恐る顔をのぞかせた。
「お咎めは無しだ」
「ヤッター!」
レイターは両手を挙げて喜んだ。その様子を見るとさらに苛立たしさが募った。
「忠告しておく。二度とデータを改竄をするな。君が『銀河一の操縦士』になるというのなら尚更だ。書き換えるなら、もう船には乗せない」
きつく伝える僕に、彼は不満げな顔で反論した。
「言っとくが、俺は自分のミスを隠すために航行ログをいじったことは、宇宙の神様にかけて一度もねぇ。隠さなきゃいけねぇような恥ずかしい飛ばしは、これまでもこれからもしねぇからだ」
「随分自信があるんだな」
「そりゃ、銀河一の操縦士だからな。大体、今回の元ログだって、別に隠さなくたって、俺は構やしねぇんだぜ。俺の立て直しの早さは逆に自慢ができるレベルだ」
僕は動揺した。レイターの言うとおりだ。彼の修正技術はベテラン操縦士と見まごう秀逸さだった。
今回の件はあくまで僕のミスだ。彼は、僕をかばうためにログを書き換えたのか。
ハハハハハっ。
突然レイターは大声で笑いだした。
「ほんとにあんたは面白れぇ」
「……」
意味が分からない。僕は他人から面白いと評価されたことはない。一体何が面白いのか。
「あんたのこと、好きじゃねぇけど信頼できる。俺との約束も守ってくれてるしな」
とウインクした。
マフィアと深く関わってきたレイターの過去を僕は艦長にも誰にも話していない。だが、それは彼との約束を守っているわけではない。自分の判断で黙っているだけだ。
「もうしばらく、おつきあい頼むよ教育係さん。ここから追い出されちゃ、たまんねぇからな」
それだけ言うとレイターはベッドに寝転がった。
疲れた。
着替えるのも面倒だ。
重い身体を自分のベッドに横たえた。
引力圏に捕まった時の緊張が蘇る。死の恐怖によるストレスで疲労が増幅されている。
レイターが寝ている上のベッドが目に入る。マフィアに命を狙われるという死と隣り合わせの状況は、どれほどの負荷がかかるものなのだろうか。
そのレイターもきょうは緊張して疲れたのだろう。幼く無防備な寝息が上から聞こえてきた。そのリズムに誘われて僕も眠りに落ちていった。 (おしまい) 第六話「一に練習、二に訓練」へ続く
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