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銀河フェニックス物語<少年編>第十一話 情報の海を泳いで渡れ(4)

レイターの母親は写されることが嫌いで、写真が一枚もないという。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十一話「情報の海を泳いで渡れ」
<少年編>マガジン

 情報ネットワークでレイターの母親マリア・フェニックスの検索を試みた。ピアノ教室の生徒募集情報がヒットした。地球のコミュニティセンターの過去の掲示板だ。講師名として名前が出ている。掲示板にはコミュニティセンターの活動記録の動画や写真が多数アップされていた。だが、レイターが言う通り彼の母親はどこにもでてこない。
 レイターが学校でピアノを弾いた動画が情報ネットにアップされた時には母親が削除要請したという。
 写真嫌いにしても徹底している。まるで逃亡者だ。

 レイターのことを住民登録のデータベースで調べた時、父親については何の記載もなかった。
「君の父親は?」
「俺が生まれる前に死んだんだ。親父の写真もねぇし、母さんは名前も教えてくれなかった」
「名前も……」
 センシティブなところへ踏み込んでしまったかも知れない。母親自身がレイターの父親をわからない、もしくは望まない妊娠だったという可能性があり得る。ドメスティックバイオレンスDVからの避難か。

 と言う僕の予測を打ち消す話をレイターは始めた。
「でも、話はたくさん聞いたぜ。船乗りで『銀河一の操縦士』で凄腕で、母さんは父さんの船を見るのも乗るのも大好きで、デートではよく船を飛ばしたって言ってた。俺、一度だけ、母さんに本物のS1レースに連れて行ってもらったことがあるんだぜ。父さんが出場してたら楽勝で優勝してたよ、って笑ってた」

12笑顔@2バックなし

 彼の夢である『銀河一の操縦士』は父親を投影したものだったのか。嬉しい思い出なのだろう。目を細めてレイターは幸せそうだ。 

「君の母親は、お父さんを愛していたんだね」
「そうさ。親父は俺のこと、すっげー楽しみにしてたけど、船の事故で人を助けて死んだんだってさ。父さんみたいに人を助けられる強くて優しい大人になれっ、て言われたもんだぜ」

 なぜ、その愛する夫の名前を息子に伝えなかったのか。違和感が残る。
 名前もわからない父親の素性を追いかけるのは難しいが、レイターは純正地球人だ。母方の親戚を捜すのはそれほど難しくないはずだ。

「へへ、俺も『銀河一の操縦士』になって、彼女を乗せて飛ばすんだ。助手席で母さんみたいに笑ってくれたら、きっと最高にハッピーだぜ。俺は船を操縦してるだけで幸せなんだ。あんたはどうなの? 幸せ感じるのはどんな時だい?」
 僕は答えに窮した。幸せを感じる瞬間、という問いは難しい。
「任務を完遂した時だ」
 無事に任務を終えたときの安堵感は、幸福感に限りなく近い。だが、僕の回答にレイターは口を尖らした。
「俺、仕事以外の答えが聞きてぇんだけどな。例えばさ、あんたいつも難しい本をペラペラめくってるけど、あれは趣味なのか?」
 読書が趣味かと問われるとそれもおそらくは違う。僕は正直に答えた。
「本を読んでいる時間が幸せなわけじゃない」
「じゃあ、どういう時が幸せなんだよ」
「新しい価値感と出会った時」
「あん? それってどういう意味だよ? あんた十分天才なのに、もっと勉強したいってことかい?」
「知識を得ることとは少し違う。知識が自分の内面に何らかの影響を与える、そういう事象に出会うこと」
「例えば?」
「自分の想定外の出来事が起きる、例えば、いるはずのない密航者が船にいるようなことだ」

一に訓練のアーサー上着前目やや口逆

 そう答えてから僕は気づいた。レイターの存在そのものが僕にとって新しい価値観であることに。
「君はそんなことを聞いてどうしようと言うんだい?」
「あん?」
 レイターは不思議そうな顔で僕を見た。
「あんたって、やっぱ面白れぇなあ。どうもしやしねぇよ。知りたいから聞いてるだけで」     (5)へ続く

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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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