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銀河フェニックス物語<少年編>第八話(6)ムーサの微笑み

速弾きが好きなレイターは母親から人前でピアノを弾くなと言い付けられていた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>「ムーサの微笑み」 (1)(2)(3)(4)(5
<少年編>マガジン

 ある日のこと、たまたま僕は自室に仕事を持ち込んでいた。
 好奇心の固まりみたいなレイターが見逃すはずがない。
「ヌイ、それは何? 楽譜?」

12横顔@2にやり

「これは教えられないな」

 音階暗号譜の符丁記録だった。僕は直ぐに鍵を掛けて片付けた。もう使用済の記録だが一応機密だ。
「わかった、暗号だな?」
 僕の仕事は通信兵の中の暗号通信士だ。

「暗号って面白そうだよなぁ」
 少年っていうのは、なぜか『暗号』という言葉に惹かれる。僕もそうだった。踏み入らずにはいられない、知らない世界への扉がそこにある。
 符丁は機密だから教えられないが、解読の手法は公開されている。
「音階暗号譜は、音を暗号にして伝えることができるんだ」

「へぇ、どうやって?」
 レイターは目を丸くした。
「銀河共通語の文字表と音表を合わせることができるのさ。例えば」
 と言って僕はキーボード鍵盤で音を鳴らした。
「文字一覧の配列に沿って、このラが基本の母音でシのフラットを子音にする、そうすると」

ヌイ正面後ろ目微笑

 両手で和音を弾いた。
「これで、相手に情報を伝えることができるんだ。今のはさ……」
 タブレットの画面を音表と文字表が並ぶページへ切り替えて説明しようとした時だった。

「『ヌイとレイター』」
 レイターが答えた。僕は驚いた。

「どうしてわかった?」
「だって、ヌイ説明してくれたじゃん。ラが基本の母音なんだろ。ってことは」

 レイターは鍵盤を軽やかに操った。『こんにちわ』と。
 僕は思い出そうとした。
 僕が音階暗号譜の基本言語を覚えるのに、何か月かかっただろうか、と。

 連邦軍に採用された僕は、適性試験の結果、通信兵の養成機関へ配属になった。
 絶対音感を持ち、音楽を生業としていた僕は、同期の中でいち早く音階暗号譜の基本言語を読み解けるようになった。

 それでも、文字表と音表を照らし合わせる必要があった。
 表を見ないでわかるようになるまでに、二か月は要した。
 そして僕は、通信兵の中でもエリートと呼ばれる暗号通信士の候補生に抜擢された。

 歌をあきらめ下がりまくっていた自己肯定感は、音の世界によって救われた。

 単音の次に和音があって、リズム変化があって、多言語があって、符丁切り替えができるようになって初めて暗号として使える。
 さらに電子計算機の解析を上回るための倍速技術を学び、独り立ちするまでに三年がかかる。資格試験は難関だ。

 暗号通信士の道のりは長い。人材不足は連邦軍の課題となっている。
 小さな子どものうちから教えれば養成期間が短くてすむ、という仮説を聞いたことがある。

 今、僕の目の前にその実例がいるということだ。

 レイターが興奮している。
「じゃあさ、逆に考えたら普通の曲が別の意味を持っちゃったりするんだ」

腕前はのレイターにやり

「そうさ」
 音階暗号譜を学ぶと、みんなそれに気づいて楽しくなる。自分の知っている曲の中に別の意味が隠されているんじゃないかと、探してみたくなる。
「面白れぇ」     (7)へ続く

<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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