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銀河フェニックス物語 <恋愛編>  第五話(2)発熱の理由

フェニックス号は出張先の宇宙空港に到着したが、ティリーの体調は回復しなかった。
銀河フェニックス物語 総目次
<恋愛編>発熱の理由  (1
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「マザー、鎮痛剤と解熱剤を出してほしいの」
 声がかすれていた。
「体温が三十八度を超えています。疲れから来た風邪が悪化していますね。仕事のために無理に体温を下げるのはよくありません。安静第一です。寝てください」
 信じられないことに、マザーは薬を出してくれなかった。
 寝てくださいと言われて、寝ている訳にはいかない。大丈夫、ディスクを渡しに行くだけだ。

 ふらふらしながら居間へ向かう。目の奥が熱い。
 レイターが朝食の用意をしていた。

マドレーヌ バックなし

 調理師免許を持つレイターの料理。いつもなら喜んでいただくのだけれど、きょうは食欲がまるでない。
「スープだけでも飲んだ方がいいぜ」
 レイターが作ってくれた野菜のポタージュスープをすすった。味はよくわからなかったけれどジンジャーがきいていて身体が温まる。

「それにしても、あんた、妖怪みてぇな顔してんな。大丈夫か?」
「失礼ね」
 と言いながら鏡を見て、ショックを受けた。レイターの言う通りだった。

 もともとわたしたちアンタレス人は瞳が赤い。そこへきて白目が充血して目全体が真っ赤だ。これは、メイクでもごまかせそうにない。

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 こんなひどい顔であいさつに行ったら、先方に嫌がられるに決まっている。どうしよう。

 最善の策は、訪問の約束をキャンセルして、通信で資料を送ることだ。ムントル社は目の前だというのに、一体、わたしは何のためにここまで来たのか。がっくりと力が抜ける。

 『厄病神』が発動したのだ。フェニックス号を喜んだ自分を恨みたい。

 レイターがクロノス本社と連絡を取っていた。
「見積書を届けるだけなら、俺が行くけど」
 モニターにアディブ先輩が映っていた。
「そうね、折角現地にいるんだから、レイターにお願いしたいわ」

 結局、わたしはフェニックス号で待機し、レイターが情報ディスクを届けることになった。
 彼がネクタイを結んでいる。わたしの代理だからか珍しく第一ボタンまでしっかり締めていた。

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 だらけたいつもと雰囲気が違う。背筋がすっと伸びている。
 要人警護の時の髪を固めた『よそいきレイター』と近い。これはこれでかっこいい。

 見慣れないレイターに胸の動悸が速くなる。熱が上がりそうだ。
「ティリーさん、俺に見とれてんの?」
 レイターがウインクした。
「そ、そんなわけないでしょ。厄病神を見たってご利益りやくないもの」
 つきあう前からの癖でつい憎まれ口をたたいてしまう。かっこいい、なんて恥ずかしくて口にできない。
「顔が真っ赤だぜ」
「熱のせいです。とにかく、わたしのせいで、ごめんなさい」
「謝んなよ。あんたを届けるか、ディスクを届けるかの違いさ。じゃ、行ってくるよ」
 レイターが顔を近づけ、軽く唇を重ねた。あいさつのキス。

「風邪がうつるわよ」
「ティリーさんの風邪なら、いくらでももらってやるさ」
 さらりと歯の浮くようなことをこの人は言う。誰にでも調子のいい彼。それでも、愛されている言葉はうれしい。また、体温が上昇しそうだ。

「トラブルがないことを祈ってる」
「軍の仕事は入ってねぇから大丈夫さ。大船に乗ったつもりで、ゆっくり寝ててくれ」
 軽く手を振って、レイターは出かけて行った。

 ジンジャースープのお陰だろうか。少し身体が楽になった。薬が入っていたのかもしれない。交渉は来週が本番だ。体調を崩したのがきょうでよかった、と思えるぐらいまで気持ちが落ち着いてきた。
 フェニックス号のソファーは寝心地がいい。横になると、そのまま眠ってしまった。    (3)へ続く

<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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