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銀河フェニックス物語 【恋愛編】 第三話 大切なことの順番(まとめ読み版)
ティリーとレイターがつきあうことになった<恋愛編>の第三話です
・銀河フェニックス物語 総目次
・<恋愛編>第二話「麻薬王の摘発」まとめ読み版
鏡の前に立ったティリーは、弾む気持ちを押さえられないでいた。
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服が決まった。
髪の毛のセットの具合もいい。
メイクも完璧だ。アクセサリーのバランスもよし。
フフフンと、つい鼻歌がでちゃう。
友人のベルはデートの待ち合わせ時間より、おしゃれの出来を優先するらしい。
「だって、一番きれいな自分をフェル兄には見てもらいたいじゃん。きれいな彼女と歩く方がフェル兄だってうれしいんだから、ウインウインだよ」
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と遅刻しても堂々としたものだけれど、真面目なアンタレス人であるわたしには無理。
時間に遅れて相手を待たせたりしたら、罪悪感でデートを楽しむどころではなくなってしまう。
よって、出かける直前にあわてて、メイクが失敗しちゃうことがよくあるけれど、きょうは時間に余裕がある。
いつもこうできればいいのだけれど、そうはいかないのが難しいところ。
レイターはああ見えて、結構細かく観察してるから、きょうのデートに気合いが入ってる、ってすぐにわかるだろうな。
自宅近くにオープンした人気のレストラン。
予約を入れれば各地の郷土料理が食べられる、と言うので、わたしの故郷のアンタレス料理を予約してみたのだ。
予約を取るのが難しい、という話だったのだけれど、偶然にも、二人用個室を押さえることができた。
あとは時間が来るのを待つばかり。
RRRRR……
レイターから通信だ。
おしゃれの決まった姿は、会った時に見せたいから、こっちのカメラは切っておこう。
レイターにはわたしの音声だけがいっている。
モニターにパーカー姿のレイターが映った瞬間、嫌な予感がした。
レイターが頭を下げた。
「悪りぃ。きょうの夕飯キャンセルしてぇんだ」
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浮かれていた心が、氷嵐のブリザード惑星へ不時着したみたいに一気に冷え込む。
「どうしたの、仕事?」
特命諜報部の案件が入ったのだろうか。心配になる。
「うんにゃ。これからパーツが届くんだよ」
「パーツ?」
レイターはニコニコしながら、わたしに説明を始めた。
「ほら、こないだ言ったろ。急加速の振動を抑えるいいパーツが出たって」
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ああ、先日すっごくうれしそうな顔で、そんな話をしていたことを思い出す。
聞いたこともないメーカーの、何十万リルもする高価な宇宙船用部品の話。「お金の無駄ね」とわたしは感想を伝えた。
揺れを抑える、って言うけれど『銀河一の操縦士』のレイターはそもそも船を揺らしたりしない。全然必要ないし、見るからに怪しげで、その時は、こんなもの一体誰が買うのかだろうか、と思ったのだけど。
この人、買ってたんだ……
「届くのが夕方らしいんだよ、いくら俺の腕が良くても取り付けてると予約の時間には間に合わねぇ。だから、店はキャンセルしとくよ」
と申し訳なさそうな顔をした。
違う。間違ってる。
店をキャンセルするのではなく、パーツの取り付けを別の日にすればいいでしょうが。ふつふつと怒りが湧いてくる。
「……」
わたしの沈黙で怒っていることに気づいたようだ。レイターが言った。
「わかった、じゃあキャンセル止める」
そうよ、普通は船のパーツの取り付けより、彼女とのデートを優先するものなのよ。
しかも、きょうは折角おしゃれも決まってるのよ。きょうのわたしを見ないと損するわよ。
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でも、次の言葉はわたしの理解を超えていた。
「ティリーさん、誰かを誘って行ってこいよ」
「は?」
「故郷のアンタレス料理を食べたいんだろ? ほんとはパーツの取り付けにつきあって欲しいんだけどさ」
寂しげな顔でレイターは言った。
何なのよ。自分の都合ばっかり。
いくら高いパーツだとしても、わたしとの約束が船のパーツ以下だと思うと、イライラしてきた。
「わかりました。他の人と行ってきます。ここはあなたの奢りということで」
「あん?」
レイターは納得できないという顔をしている。
「そのくらい当然でしょ」
楽しみに浮かれていたのがバカみたいだ。
何のためにこんなに早くから準備してたのか、と言えばレイターのためだったんだから、このくらいの慰謝料をもらったって罰はあたらない。
渋い顔のレイターに、かかった料金の支払いを彼の口座から引き落とす手続きをさせた。
それでも気は晴れなかった。
*
「ごめんティリー、また誘って」
週末の夜、友人のベルもチャムールもみんな予定が入っていた。
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当日、突然に夕飯に誘える人、というのも結構限られている。
折角のアンタレス料理。
気を使わなくちゃいけないような人とは行きたくない。でも、一人で行くのも悲しい。
その時、わたしの頭にとっておきの人物が浮かんだ。レイターのお金だし彼は適任だ。
*
「いやあ、ティリーさんから誘われるとは思わなかったなぁ」
思った通り、と言っては失礼だけど、ロッキーさんは週末の夜に空いていた。
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時間通りにお店へやってきた。
ロッキーさんは本当にいい人だ。レイターとは大違い。
ハイスクールの同級生だった、というレイターとこの人が、どうして友人なのか、今でも理解に苦しむ。
「レイターの奢りですから。好きなだけ食べてください」
「どうしたんだい? きょうはレイターとデートだったんだろ?」
「船のパーツが届いたんです」
その一言でロッキーさんは大きくうなずいた。
「ははあ、そりゃあいつにとっちゃ大変だ。なんせ、テストの答案用紙に船の絵を描いて出しちゃうような奴だったんだから、仕方ないよ」
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レイターにとって船が大切なのは、わたしだってわかっている。でも、
「変なパーツなのに、何十万リルとかするんですよ」
わたしは宇宙船メーカーに勤めている。
船は好きだし、改造に理解はある。レイターが作業する姿を見るのも好きだ。けれど、あれはよくわからない部品だった。
全然、レイターに必要ない。そんなもののために…。
考えれば考えるほど、理不尽で腹が立ってきた。
「何もデートの日に取り付けなくてもいいと思いません? レイターは、わたしより船の方が大事なんです」
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ため息が出る。
「いやあ、オレも昔、あいつに聞いたことあるよ。オレと船、どっちが大事なんだ? って、そしたらあいつ『船に決まってるだろ、銀河一の操縦士は船なしには生きていけねぇんだ』って即答してさぁ」
ロッキーさんは明るく話すけれど、決してそれは、わたしにとって楽しい話じゃない。
『銀河一の操縦士』にとっては、彼女も船以下、ということなのだ。
「まあ、そのおかげでティリーさんとこうしてご飯食べられるんだから、感謝しようかな」
と言ってロッキーさんは笑った。
確かに怒っていても仕方がない。楽しまなくちゃ損だ。気持ちを切り替えよう。
銀河三大料理の三つめは「故郷の料理」とよく言われるけれど、ほんとにその通りだと思う。
アンタレス料理は派手さはないのだけれど、発酵調味料をベースにした味付けは、どの星系の料理にも負けない旨さだ。
久しぶりの故郷の料理はおいしいし、映像制作会社に勤めているロッキーさんは流行のドラマや芸能人の話とか詳しくて退屈しない。
だけど、何かが違う。
楽しいのに、小さな穴から空気が漏れていくような感覚。
いや、そんなことを考えるのはロッキーさんに失礼だ。わたしはアンタレス料理について、ロッキーさんに一生懸命説明した。
「これがアラゴマっていう、地元の実を使った薬味なんです」
「へぇ、初めて食べるけどいい香りだね」
「健康にもいいんですよ」
母が作る味はこの店のものとは少々違う、とか、実家の近くのお店は辛口が評判だとか……しゃべることはいくらでもある。
ロッキーさんは、うれしそうに相づちを打ちながら聞いてくれた。
「今度は本場に行って食べてみたいなあ」
話せば話すほど悲しくなってきた。
ロッキーさんは何も悪くない。悪いのはレイターだ。
レイターにここにいてほしかった。彼と話をしたかったのだ。わたしの故郷の話を。
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きょうのこの時間が待ち遠しくて仕方がなかった。だから、おしゃれにも気合いを入れたのに……
*
アンタレスのお酒も取り寄せられていた。
近くの酒屋さんにもあまり置いてないから、飲むのは久しぶりだ。
「随分飲みやすいお酒だね。頼みすぎちゃいそうだよ」
「いいです。レイターのお金ですから。どんどん飲んでください」
アンタレス料理に、アンタレスの地酒はよく合う。ボトルで頼んだ。お金にうるさいレイターへの意趣返しだ。
次から次へと淡い桃色の液体をグラスに注ぐ。
お酒は魔法の水だ。
悲しい気持ちが、魔力で薄められていく気がする。
「ティリーさん、大丈夫かい?」
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「らいじょうぶれす」
「オレ、レイターに怒られちゃうよ」
「れいたーのせいれすから、いいれす」
ロッキーさんが心配そうにわたしを見てる。これがやけ酒というものに違いない。でも、もう今日はどうなってもいい気分だった。
「せっかく、念入りにおしゃれしたのに」
「え、そうだったの? い、いや、そうだよね」
ロッキーさんは全然気づいてなかった。自分ではサイコーの出来だったのに。
でも、ロッキーさんは悪くない。悪いのは全部レイターだ。
「レイターなんて、船と心中しちゃえばいいんだぁ!」
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荒れたわたしをなだめるように、ロッキーさんは言った。
「でも、本当はあいつもわかってるよ。船が人生の全てじゃないって」
ロッキーさんは、どこか抜けてて憎めない。
「さっき言ったことと矛盾してます。レイターは、船なしには生きられない、って言ったんれしょ。あたしなんていなくても、どうでもいいんれす」
ロッキーさんが真面目な顔をした。
「さっきの話の続きなんだけどさ。オレより船が大事って言うから、お前それ本気か、って突っ込んだことがあるんだ。そしたらレイターの奴、何て言ったと思う?」
「本気だ」
ロッキーさんは首を横に振った。
「あいつ『船は所詮たかが船だ』って言ったんだ」
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ロッキーさんの言葉で少し酔いがさめた。
「めずらしい。レイターが船にそんな言い方するなんて」
彼が宇宙船に対して否定的な表現をするのは、ちょっと信じられなかった。
「オレも驚いてさ、お前は船さえあればそれでいいんだろって、もう一度聞いたんだ。そうしたらあいつ……」
そこまで言ってロッキーさんは突然口を濁した。
そして、明らかにこれを言ってはまずい、という顔をした。
「そうしたらレイターは何て言ったんですか?」
「え、えっと、忘れちゃったなぁ」
ロッキーさんは嘘をつくのが下手だ。
多分、核心に触れる何かをレイターは言ったんだ。
そして、それはわたしに聞かれたくない何かなんだ。
すごぉく知りたい。ロッキーさんを追及した。
「ちゃんと教えてくださいっ!」
* *
ロッキーは後悔していた。
オレってどうしてこう、一言多いんだろう。昔からレイターに指摘されているが、口にした後にそのことに気づく。
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『たかが船』ってくだりで止めておけばよかった。
ティリーさんは、聞かずには帰らないって顔でオレをにらんでる。困った。でも、ま、いいか。昔の話だし。誤解さえされなきゃ悪い話じゃない。
「言っておくけどこれは、レイターがティリーさんと出会う前に聞いた、古い話なんだ」
と前置きして話した。
「あいつはオレに言ったんだ。『俺の人生で一番幸せだった時、隣に船は無かった』って」
* *
わたしは、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
レイターの隣に船が無い頃って、ちょうどロッキーさんと一緒にハイスクールに通っていた時のことだ。
レイターは仮免しかなくて宇宙船を操縦できないでいた。
九歳の時から船に乗っていた彼が、人生の中で唯一船に乗れないでいた時間。
それが、船なしでは生きられないと豪語する彼が、一番幸せな時だったと。
レイターの言葉の続きが聞こえるようだ『隣に船はなかった。だけど隣にフローラがいた。それが自分の人生で一番幸せな時だった』と。
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フローラさん……今はもうこの世にいないレイターの前の彼女。
「あいつはちゃんとわかってるんだよ、船が無くても生きていけるってことを」
ロッキーさんがわたしに伝えたいことはわかった。
レイターの優先順位には、宇宙船より上に人があると。
でも、素直に受け入れられない。
現にわたしとの約束は、パーツの取り付けより後回しにされたのだ。
人物によるのだ。
フローラさんとの約束だったら、レイターはそれを優先したに違いない。
「だから今はティリーさんと一緒にいる時が、レイターにとって一番幸せなんだよ」
力説するロッキーさんの言葉は、もう耳に入ってこなかった。
「わたしといるより、船のパーツといる方があの人は幸せなんです!」
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苦しい。息をするのが。
情けなくて涙が次から次へと溢れてくる。どうやって止めていいのかわからない。
「オレって、どうしてこう一言多いんだろ」
ロッキーさんが、力無くつぶやく声が遠くに聞こえた。
*
体が揺れている。
ほんわりと温かさが染みてきて、気持ちいい。
頭の奥に、わたしの大好きな声が響いている。
その声が怒っていた。
「ったく、酔いつぶれるまで飲ませて、どうする気だったんだよ」
わたしの大好きなレイターの声だ。
「どうかする気なら、お前を呼んだりしないよ」
ロッキーさんの困ったような声が、隣から聞こえた。
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わたしは、レイターの背中におぶられていた。
ひんやりとした夜風で目が覚めてきた。
どうやらわたしは、あのまま店で眠ってしまったらしい。
どうしたものかと悩んだロッキーさんが、レイターを呼び出したということのようだ。
「ふん。俺のカネだと思って散々飲み食いしやがって、何でボトルなんかいれてんだよ」
「でも、お前が悪いんだぞ」
ロッキーさんがレイターに詰め寄った。
そうだそうだ。レイターが悪いんだ。
「俺が? 何で?」
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「船に変なパーツ取り付けてたんだろ」
「変じゃねぇよ」
「それは、今日付けなきゃダメだったのか?」
「あん? そうだよ。明日、ティリーさんが仕事で船使うから、ガレガレの船貸してくれって言われてんだ」
思い出した。
明日、部長の使いで出かけるのに、操縦がしやすいガレガレさんの小型船を貸して欲しい、って頼んでいたことを。
「客乗せるっつってたから、大急ぎで振動を抑えるパーツ買ったんだ。ティリーさんの操縦は、乗ってる人が酔っちまうからな。あそこまで下手な操縦を補正できるパーツってないんだぜ」
「それ、ティリーさんに言ったのか?」
「言ったさ」
力説していたレイターを思い出す。
振動を抑えることに優れていて、船酔いにもならないって、確かに言っていた。
でも、わたしはレイターの操縦には必要ない無駄なものだ、と思ったから聞き流していた。
だって、レイターはわたしの為のパーツだなんて、一言も言わなかった。
今、気がついた。値段が高いパーツで、わたしが「お金の無駄だ」なんて言ったからだ。
だからわたしの為のものだ、って言わなかったんだ。
わたしに気を使って……
「ほんとは試し乗りして欲しかったんだよな」
つぶやくレイターの声を聞いたら、夕方、自宅のモニターに映ったレイターを思い出した。
『パーツの取り付けにつきあって欲しいんだけどな』って寂しそうな顔をしたレイターを。
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レイターだって、わたしと一緒にいたかったんだ。それに気がつかなかったわたしがバカだった。
「ばかっ!」
わたしはレイターの背中を叩いた。
「およ。ティリーさん起きたのか?」
「ばかばかばかばか」
ちゃんと伝えないレイターが悪いのよ。
「あん?」
「船とわたしの、どっちが大事なの?」
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「船に決まってるだろが」
即答だ。むかつく。
どうしてわたしだ、って言ってくれないのよ。
「ったく、こんなぐだぐだになるまで飲みやがって!」
腹を立てたレイターの声。
「折角のおしゃれが、台無しじゃねぇかよ」
あ、……レイターの一言で気持ちがはずんだ。素直にうれしい。
やっぱり、レイターは気づいてくれたんだ。
「俺以外の男との食事に、気合いをいれやがって」
もしかして妬いてる? 本気で怒ってる?
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「あんたこそ、俺とロッキーのどっちが大事なんだ?」
あなたのためにおしゃれをしたのよ。どれだけ時間がかかったと思ってるのよ。
バカなことを聞かないで。
「ロッキーさんに決まってるでしょ!」
隣でロッキーさんが頭を抱えた。
「あちゃあ。お前たちって、どうしてそうなんだよ」
どうしてこうなんだろう。
また、涙が出てきた。愛しいわたしの彼氏。
あなたより大切なものはどこにもない。優先リストの一番上だ。
「く、苦じい。はなせっ。俺を殺す気か! この酔っぱらい!」
「離さないから、覚悟しなさいっ!」
わたしは思いっきり力を込めて、レイターの首を抱きしめた。
(おしまい)
<恋愛編>「ジョーカーは切られた」へ続く
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