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永世中立星の叛乱 (第2話) 銀河フェニックス物語<出会い編> 原作大賞応募作品
* *
レイターの部屋は相変わらずだな。アーサーは、ため息をついた。
どうしたらこんなに汚くできるのか。ソファーの上にある菓子やらディスクやらを片付けて座る場所を確保する。レイターは散らかったベッドの上に腰かけていた。
「わざわざ、次期将軍殿にご足労いただくとはね」
こいつ、わざと敬称を付けておちゃらけている。
「今、ラールシータの回線はすべて盗聴されている。直接会って話すのが一番安全だ」
「着いて早々、パチンコ玉と銃弾のお迎えだぜ」
「この星の永世中立が崩れる恐れがある」
「さっきアリオロンの料理屋でも噂が流れてたぞ。同盟の景気がよくなるらしい」
相変わらず情報が早いな。
「アリオロンの工作員がラール王室と接触している。これが空港で撮影されたものだ」
アリオロンの旅客便から降りてくる眼鏡をかけた男性。その動画を空間に映し出す。
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「げ、ライロットのじいさんかよ。あんた、俺を囮にして『暗殺協定』を発動させやがったな」
「ああ」
「今年の新入社員はめっちゃ可愛いのに。これじゃあ、また厄病神だって嫌われちまうじゃねぇかよ」
レイターが私をにらみつけた。
アリオロン軍秘密工作部ライロット・エルカービレ中佐。レイターとライロット中佐の間には『暗殺協定』が結ばれている。二人にはお互いの殺害命令が出ており、どちらがどちらを殺害しても罪に問われない。レイターを狙ってライロット中佐が動けば、敵の監視がたやすくなる。
「ここ数年、ラールシータは政情不安だ。地方では王室に対する学生デモが起きていて、そこにアリオロンがつけ入っている」
「完全独裁がうまくいってた珍しい星だったのにな」
「お前には囮のほかに、もう一つ任務がある」
「お仕事が二つあるなら、手当も倍にしろよ」
レイターのたわ言は無視する。
「ガーディア社の高重力検査場から連邦の新型戦艦の情報が流出した形跡がある」
重力制御の高い技術を持つ惑星ラールシータ。軍艦の超高重力検査はこの星でしかできない。我が銀河連邦軍も敵であるアリオロン軍も中立を宣言するこの星に検査を委ねてきた。
そこには軍の機密が守られるという信頼関係があった。だが、その均衡が破られた。
「お前は明日、ガーディア社の検査場へ行くんだろ。その時に、アリオロン軍の検査場を調べてきてほしい」
「おいおい、あんたも知ってると思うがあそこの検査場内は、個別重力制御で入場区域が限られてんだ。10Gでつぶされるのはごめんだぜ」
「これは重力制御装置に近いモノだ。昨夜、徹夜で作ってみた」
カードサイズの装置をレイターに手渡す。
「近いモノってなんだよ、近いモノって。あんたがいくら天才だっつっても、テストしてから渡せよ」
「お前にテストしてもらいたいんだ。銀河一の操縦士だから耐G訓練で慣れているだろ」
「は?」
「冗談だ」
「あんたってほんと性格悪りぃな」
「もう一つ言っておくことがある」
私は家に届いた請求書を取り出してレイターに突きつけた。
「お前の個人的な請求書を家に送るなと言ったはずだ。私が気づかなければ父上が誤って支払うところだった」
あいつは口をとがらして舌打ちをした。父上が支払うことを見越していたな。
「しょうがねぇじゃん。住民登録の住所にしか請求書送れねぇって言われたんだから」
普段フェニックス号で暮らし、定住先のないレイターの住民登録は我が将軍家の居宅になっている。
「そう言われたら連絡を必ず入れろ。私でも父上でもいいから」
「めんどくせぇなぁ、あんた、ほんとケチだよな」
どちらがだ、という言葉を私は飲み込んだ。
* *
厄病神、って本当にいるんだ。
銃乱射事件に巻き込まれるなんてありえない。先輩たちがフェニックス号を嫌がるはずだ。
ティリーは落ち着かないままリビングのソファーに腰かけた。目の前にロボアームがカップを置いた。
「どうぞ」
ホストコンピューターのマザーが女性の人工音でわたしに勧めた。生クリームが乗ったカフェラテ。とろける甘さが身体に優しい。
マザーはさらに二つのコーヒーカップの用意を始めた。この船に将軍家の殿下がやって来たのも不思議だ。一体どういう関係なのだろう。
二人がリビングに姿を見せた。
「コーヒー、一杯五百リルでどうだ。安いぞ」
せこい厄病神の話を殿下は慣れた様子で聞き流していた。仲がいいという雰囲気ではない。
殿下は世襲である将軍家の跡取りで、高知能のインタレス人を母に持つ天才軍師。ニュースだけじゃない。女性誌でも特集されるプリンスだ。思わず姿勢を正してしまう。
殿下がわたしに笑顔を向けた。
「緊張なさらないでください。レイターとは古い付き合いでして、きょうは誤って届いた請求書を届けにきたのです。どうぞ、アーサーと呼んでください」
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不思議だ。この星は永世中立星だ。どうして将軍家の人がいるのだろう。恐る恐る聞いてみる。
「こちらへはお仕事ですか?」
「ええ、軍の新型艦が高重力の負荷検査を受けているので、ガーディア社の視察に来ました」
わたしの仕事と似ている。遠い世界の人が急に身近に感じる。
優雅な手つきでアーサーさんがカップを口にする。
「マザーの淹れるコーヒーはいつ頂いてもおいしい」
「本当にそうですね」
相槌を打つ。
アーサーさんはレイターと同い年ということだけど、立ち居振る舞い全てが洗練されていて、大人だった。
それに引きかえ、レイターは何なのだろう。
「やっぱ、コーヒー料金取るか。ティリーさんはお子さま価格でいいぜ」
一言一言に腹が立つ。
「少しはアーサーさんのような紳士を見習いなさいよ」
「あん? 俺が紳士じゃねぇみたいじゃん」
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「紳士ってどういう人のことを言うか、あなた知ってるの?」
* *
二人のやりとりを聞きながら、アーサーは懐かしさを感じた。
私はつい、からかいたくなった。
「こんなかわいいお嬢さんがレイターのガールフレンドとは驚きました」
レイターとティリーさんがコーヒーを吹き出し、同時に反論した。
「アーサー、ちょっと待て」
「ち、違います」
二人の過剰ともとれる反応が、お互いの関心の高さを示している。ということに気づいていない。
もう一押ししてみるか。
「初めてティリーさんを見た時、レイターの彼女というイメージが浮かんだもので」
「アーサー!」
私をさえぎるようにレイターが立ち上がった。
「どうした?」
「あんた、知ってるだろが。俺は特定の彼女は持たねぇ主義なんだ」
首を横に振りながらレイターが腰かける。レイターは私のメッセージを受け取ったな。
* *
翌日。
ガーディア社の重力検査場へ向かうエアカーの助手席でティリーは緊張していた。
隣の運転席にレイター、後部座席にフレッド先輩を乗せたこのエアカーはまもなく重力フィールドから外へ出る。外は10Gだ。きょう厄病神が発動したら、わたしたちは死んでしまうかもしれない。
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エアカーのナビゲーションシステムからマザーの声がした。
「重力フィールドから離脱します」
フロントガラスがガスで真っ白になる。重力制御されたチューブ道路に入った。
濃霧のような白いガスを通り抜けるとわたしは思わず目を見張った。
「すごい。何もない」
チューブ道路の外には平らな茶色い大地がどこまでも続いていた。遥か先の地平線まで見渡せる。
「気をつけな。このチューブの外じゃ、あっと言う間にぺちゃんこだぜ、って今もぺちゃんこだっけ。育つところはちゃんと育たねぇと」
レイターが笑っている。笑い事ではない。
「問題発言です。それは、セクハラじゃないですか」
「あん? おつむがぺちゃんこ、ってセクハラに当たるんだっけ?」
「レイター、やめたまえ。ティリー君に失礼だ」
「事実を言っても名誉棄損は成立しちまうってか」
どこまで失礼な人のだろう。それに比べてフレッド先輩はちゃんとわたしをパートナーとして見てくれている。厄病神は無視してとにかく先輩についていこう。
*
厄病神が発動することなく、ガーディア社の高重力検査場に到着し一安心する。
案内された部屋に、見慣れた教皇ラール八世の肖像画が飾られていた。その隣に同じ大きさの肖像画が並べてある。グレーの髪のスーツ姿の男性。
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わたしを試すようにレイターが聞いた。
「さて、誰でしよう?」
「教皇のラール八世と弟のガーディア社の社長です」
「あたり、さすが俺のティリーさん。よくお勉強してるね」
レイターのことは相手にしない。ちらりとフレッド先輩を見る。満足げにうなずいていた。よかった。
スーツ姿の女性と白衣を着た男性が入ってきた。
「クロノス宇宙船会社の方ですね。社長秘書室のアドゥールです」
女性が握手の手を差し出した。きれいな人だ。
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美しいボブ。ストレートの髪が首筋の辺りできれいに切りそろえられていて隙がない。それでいて女性らしい柔らかな雰囲気もまとっている。落ち着いた色のスーツを颯爽と着こなしていて、仕事ができる人、という感じ。
“服は心を映す鏡”と言う言葉を思い出した。
「レイター・フェニックスです。よろしく」
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わたしより先にレイターがアドゥールさんと握手をした。うれしそうに美人の手を握る姿を見ていたら苛立ってきた。わたしのことはぺちゃんこ呼ばわりするのに、腹立たしい。
「どうかされましたか?」
アドゥールさんがのぞきこむようにわたしを見つめた。まずい、わたしのイライラが先方に伝わってしまった。厄病神のせいだ。
「いやあ、貴女の素晴らしさに、彼女はヤキモチ焼いているんですよ」
あなた、と言う丁寧な言葉をレイターの口から始めて聞いた。
席に着くと、フレッド先輩が切り出した。
「来期の検査の件ですが、例年通りの予約をお願いしたいのです」
アディールさんは、目を伏せた。長いまつ毛が彼女の美しさを際立たせる。
「通信でお伝えした通り、お受けできません」 第3話へ続く
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