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銀河フェニックス物語 <恋愛編>  第七話 彼氏とわたしと非日常(8)

銀河フェニックス物語 総目次
第七話 彼氏とわたしと非日常 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
<恋愛編マガジン>

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 レイターは、いつもと変わらない調子で話した。
「ティリーさん、俺、来週、戦闘機に乗るんだ」 
「えっ、そうなの、見に行けるの?」
 思わず反応してしまった。去年、チャムールに誘われて連邦軍の宇宙航空祭へ出かけた。最初、気乗りはしなかった。わたしの故郷アンタレスは軍隊を持っていない。父は駐留する連邦軍の撤収を求めるデモへわたしを連れて出かけた。子どもの頃から軍隊に対していい印象はない。
 けれど、航空祭でレイターが戦闘機を飛ばすのを目にして何かが変わった。

 模擬戦で機体が縦横無尽に飛び回った。S1ともまた違う鋭く美しい軌跡。人を殺す兵器に見とれてしまう罪悪感と背徳感に締め付けられながら、戦闘機は芸術品のようにわたしの心を揺さぶった。

「残念だなぁ、ティリーさんにお見せしてぇけど、今回は航空祭じゃなくて、現場のお勤めなんだ」
 おどけた口調。でも、背中を冷たい感覚が走った。
 認めたくないけれど、レイターはレーサーではなく戦闘機乗りなのだ。

「俺、予備役登録してるって言ったろ、軍に呼ばれたら行くことになっててさ。そのための手当てももらってんだ」
 レイターは本当は特命諜報部員で現役の軍人だ。でも、そのことは表に出ていない。あくまで皇宮警備予備官を退役した民間人の予備役として呼ばれたということだ。

「どこへ行くの?」
 たずねるわたしの声が震えている。
「戦地」
「それじゃわからない」
「すまねぇ、言えねぇんだ」
「危険な仕事なの?」
「大丈夫さ。俺は銀河一の操縦士だぜ。しかも不死身の厄病神。どこでも平気さ」
 その答えで分かる。命の保証がない現場だ。
「拒否できないの?」
「もう、カネ、もらっちまってるからなあ、これで行かねぇとティリーさんの嫌いな詐欺行為だぜ」
 笑いながらわたしの額を小突いた。

 これは笑って話す話ではない。 
「お願い。行かないで。断って!」
「……」
 レイターが困った顔をした。これまで見たことない表情だった。
 いやだ、このままどこにも行かせたくない。わたしは泣きながらレイターに抱きついた。

 彼の広い胸を拳で打つ。
「お願いだから断って。違約金でも何でも、お金で何とかなるなら、わたしの貯金を下ろすから」

* *

 ティリーさんの細くて柔らかい身体。泣きじゃくって揺れる肩を抱きしめる。
 何と返事をすればいいのだろう。
 俺は死なねぇよ。不死身だから。五十二戦五十二勝だぜ。
 違うな。ティリーさんは、俺の無事だけでなく、俺が他人を傷つけることも怖がってる。

 エースパイロットのハミルトンの顔が浮かんだ。
 十年前、俺をかばって死んだ戦闘機乗りのハミルトン。凄腕だったが『逃げのハミルトン』と揶揄されながら生きていた

 ハミルトンは戦闘になると戦線離脱し味方の援護に徹する。敵前逃亡ギリギリだ。
「俺には子どもがいるんだ。死ぬわけにはいかないんだよ」というのが口ぐせだった。
 かつて、エースパイロットとして軍から表彰されたハミルトンに、俺と同い年の息子は「人を殺して楽しいの?」と責めたと言う。

 あんたも辛かったんだろうな。俺も『逃げのフェニックス』として生きるか。
 いや、できねぇな。

 モリノ副長はめったなことじゃ俺を呼ばない。それだけ、重要な任務、ってことだ。あのエネルギー惑星が敵の手に落ちると厄介だ。やり遂げねぇと、戦闘はさらに長引く。

 俺がティリーさんに言える言葉は一つしかねぇ。
「ティリーさん、ごめん。待っててくれ。大丈夫、天才が立てた作戦だからすぐ帰ってくる」 
(9)へ続く


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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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