
銀河フェニックス物語【出会い編】 第十三話 人生にトラブルはつきものだけど④
第一話のスタート版
人生にトラブルはつきものだけど① ② ③
レイターはステージへ軽々と飛び上った。
ザガートが迷いもなくレイターにギターを渡す。
何なの? これは。
レイターが肩からギターを下げ弦をはじいた。
『ノンストップ』のイントロだ。
この曲、出だしはバラード風で落ち着いている。静かな会場にギターの旋律が響き渡る。
「心はもう止められない。ブレーキなんてきかない」
ザガートが歌い始めた。
次のフレーズからレイターの声がザガートの声と交わった。
美しいハーモニー。
ザガートのデュエットってこれまで聞いたことがない。
観客は息を止めて音を一つも聞き漏らすまいとしている。
静寂の中、会場の隅々まで二人の声が届いている。
マイクは音を拾っていないけれど、二人とも声量が半端じゃない。
そのハーモニーは荘厳な感じすらした。
「どうして止めなきゃいけないの。心の声は真実だ」
サビになった。
あ、これはさっきレイターがフェニックス号で歌っていた、情熱的な方だ。 あの人、船で練習していたんだ、このステージのために。
一体どういうこと?
* *
クロノス社の現地支社に勤めるギーギたちは三人で裏ライブの配信を見ていた。
突然、ライブ中継の画面が暗くなりほとんど見えなくなった。音声はかろうじて聞こえる。
「どうしたの? 停電?」
放送機器は生きているようだ。
「闇ライブ」というザガートの声が聞こえた。
暗い画面からギターのイントロが聞こえる。
「ノンストップだわ」
よく見えないけれど、男性がギターを弾いている。
ザガートが歌い、そして、男性の声が調和のとれた音を響かせる。
初めて聞くデュエット。
生の声のハーモニーが素晴らしくて聞き惚れる。
この声、そして、暗い中にうっすらと見えるシルエットに見覚えがある。
ギーギは驚いた。
「あ、あの男性って、ティリーさんの彼氏じゃないの。ボディーガードって言ってたわよね。どういうこと?」
三人は顔を見合わせた。
「本社の考えることは手が込んでて、ほんと、よくわかんないわ」
* *
二人が『ノンストップ』を歌い終える。
嵐の様な拍手がわき起こり、観客が一斉に立ち上がる。
ティリーも我を忘れて手を叩いていた。
すごい。ザガートもレイターも。
レイターがステージからひょいと飛び降りてわたしの隣に立った。
そして、ステージにスポットライトが灯った。
ステージに電気が通った様だ。
ザガートがマイクを持つ。
「きょうはこれでおしまい。闇ライブがみんなの心に残ってくれたら嬉しいわ」
一礼するとザガートは手を振りながらステージの袖に消えた。
「アンコール、アンコール・・・」
わたしたち観客は拍手を続けた。
けれど、ザガートは出てこなかった。
客席が明るくなり「気をつけてお帰りください」とアナウンスが流れた。
わたしは興奮でぼぅっとしながらレイターに聞いた。
「どうしてあなたが歌ったの?」
レイターに逆質問された。
「どうだった?」
「よかったわよ。感動したわよ。でも、どうして?」
「チケット代さ。俺が歌うなら裏ライブのチケット出してくれるってザガートに言われたんだ」
*
人の流れに沿ってホールから通路に出たティリーは驚いた。
銀河警察がトイレの辺りに規制線を張って鑑識作業をしていた。
発砲事件がありマフィアが逮捕されたらしい。
ライブに集中していて全然気がつかなかった。
さっきの停電はこの事件の影響だという。
出口の近くにザガート・リンのマネージャーのズーンさんが立っていた。レイターを見ると近づいてきた。
「打ち上げが用意してあります、よろしければ参加してください」
業務的な物言いだった。
「どうする、ティリーさん?」
レイターがわたしを見た。わたしは望まれざる客だ。
でも、打ち上げということはザガート・リンもいる。
支社の営業のギーギの顔が浮かんだ。「ザガートに会うことがあったら『応援してます』って伝えて」と言われたことを思い出す。
「できれば行きたいんだけれど」
正直に答えた。
「じゃあ、ティリーさんは俺の隣から離れないっつうことで」
「わかったわ」
よくわからない条件を飲み、打ち上げに参加することになった。
*
工場内の会議室が打ち上げ会場だった。
本当に内輪の会だ。
事務所の若い人たちがセッティングしている。
机の上に、大皿料理やお酒が並んでいた。
基本は立食。パイプ椅子が壁際に並べてあり、関係者らしき人たちが座ってライブの感想を言い合っている。
ザガート・リンの姿はまだない。
「お、グレじゃん」
レイターが指差す先を見ると、生のお魚の薄い切り身が、円を描くように綺麗に盛り付けられていた。丸いお皿に描かれた花模様が透けて見える。
「グレはうちの事務所の打ち上げ名物なんですよ」
若い男性が言った。
「マネージャーのズーンさんの実家が漁師で、毎回差し入れてくれるんです。ザガートの好物なんですよ」
「グレ刺しなんて滅多に食べられないぜ」
そう言いながらレイターは一枚を指でつかむと、横にあった黒いタレにつけてつまみ食いした。
「止めなさいよ。お行儀の悪い」
「うめぇ。歯応えがたまんねぇ」
この人はほんとに美味しそうに食べる。
食べてみたいという誘惑にかられる。
でも、生は危険。
レイターは仕事柄、毒物に身体を慣らしている。この人が食べて平気だからといって油断はできない。
*
白いスーツを着た事務所の社長さんが会議室に入ってきた。
ライブの成功にご満悦だ。
レイターの後ろにこっそり隠れる。
わたしを見たらリコールを思い出して、折角の上機嫌に水を差してしまいそうだ。
と思ったら、社長の方から笑顔で近づいてきた。
わたしに、じゃなくレイターに、だ。
「いやあ、レイター君、素晴らしかったよ。思わぬ停電にどうなることかと思ったが、君のおかげで助かった。君とザガートの闇ライブの映像が今、情報ネットワークのトレンド一位に浮上して、再生回数がぐんぐん伸びているんだよ」
すごい、トレンド一位だなんて。
新型船のプロモーション動画でもなかなか取れない。
さすがザガート・リンだ。
続く社長さんの言葉に耳を疑った。
「レイター君、うちの事務所と契約しないかね。ザガートの新曲に君とのからみをいれたいんだ」
ザガートの新曲に厄病神のレイターが?
嬉しいような、やめた方がいいような。
「じゃあさ、リコールの謝罪に次の裏ライブのチケット使わせてくれねぇかな?」
レイターが思わぬことを提案した。
「どうせクロノスは見舞金を出すんだ。現金か裏ライブのチケットか選べるようにするのさ。チケット代はクロノスが持つから、あんたんところの持ち出しはゼロだし、粋なことをするって、ザガートのイメージがまた上がっちゃうぜ」
「ふむ、それはいいアイデアだな」
社長さんがうなづいた。
裏ライブのチケット。
ザガを購入した客とザガート・リンのファンの間には相関関係がある。このロン星でその付加価値はすごい。
しかも、クロノスのリコール対策費内で収まるからウインウインな話だ。
「よろしくお願いします」
わたしは頭を下げた。
支社のギーギたちの顔が浮かんだ。この謝罪ならがんばれる。
*
「ザガート、入ります」
マネージャーのズーンさんの声と共に拍手が鳴った。
公演を終えたザガートとバックバンドのメンバーが部屋へ入ってきた。
わたしも拍手で迎える。
お疲れさまでした。
ザガートが乾杯のあいさつに立った。
「ハプニングもあったけれど、みなさんのご協力のおかげで、楽しめました」
ハスキーな声が素敵だ。
ザガートとわたしの目が合った。
「人生にトラブルは付き物。いつかは笑い話になるように、力を合わせて乗り越えていきましょう」
「はいっ!」
ザガートの言葉がリコールと重なり、わたしは大きな声で返事をしてしまった。
視線が集まり笑い声が起こる。
恥ずかしい。
レイターがわたしの頭をポンポンと軽く叩いた。
子ども扱いされている、でも仕方ないか。
「では、裏ライブへのご尽力に感謝し、皆さんの前途を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
隣のレイターと軽くグラスを合わせた。
歓談の時間。
隣のレイターは食べるのに一生懸命だ。
「うまいぜ。食べられる時に食べとかないとな」
ザガート・リンに一言、ギーギたちの言葉を伝えたい。
レイターを誘ってあいさつに行きたいのだけれど、主役のザガートの周りには常に人が集まっている。
タイミングを見計らおう。ちらちらとザガートを気にしながらオードブルをつまむ。
その時、入り口のドアからわたしの知っている人が入ってきた。長い黒髪を後ろで束ねた男性。
アーサーさんだ。制服を着ている。どうしてここに?
隣にいたレイターが手に持っていた取り皿を机に置いて、なぜかわたしの手を握った。
何を考えているんだ、この人は。
アーサーさんはザガート・リンの隣にいたマネージャーのズーンさんに近づいた。
「お話を聞かせてください」
次の瞬間、ズーンさんは驚く行動に出た。
「近づくな!」
ザガートの首にナイフを突きつけた。会場が静まり返る。
レイターがつぶやいた。
「お、グレさばき用のナイフだ。あれ、欲しいんだよな」
そんなことを言っている場合じゃない。
グレの固い皮をさばけるって、切れ味抜群の危険なナイフということだ。
アーサーさんは落ち着いていた。
「罪を重ねてはいけません」
罪を重ねる?
ズーンさんは何か悪いことをしたのだろうか。
アーサーさんは連邦軍の特命諜報部で逮捕権を持っている。
ナイフを突きつけられたザガート・リンが寂しそうに言った。
「ズーン、私はあんたを信じてるよ」
かすれているのに美しい声。
それを聞いたズーンさんの手からナイフが落ちた。
「あんたにこんなことしたくなかった。もう終わりだ」
ズーンさんがポケットから何かを取り出して飲み込んだのが見えた。
ズーンさんの身体がガクガクと激しく痙攣する。
「グレ毒か!」
隣にいたレイターがわたしの手を離して飛び出した。
アーサーさんがズーンさんの口に手を突っ込んで吐かせようとしている。
「これ飲ませろ」
レイターが取り出した黒い錠剤の様な物をズーンさんに飲ませた。
ズーンさんの痙攣がおさまった。
アーサーさんがレイターに聞いた。
「何を飲ませた?」
「毒をもって毒を制す。グレの解毒剤さ。ティリーさんを安心させるためにさっき、作ったんだ」
グレの毒から解毒剤が作れるのだと言う。
フェニックス号で調理しながらそんなことしてたの、あの人は。
四、五人の警察官が部屋に入ってきた。
アーサーさんが指示する。
「重要参考人を病院へ運んで下さい。グレ中毒ですが解毒剤処方済みです」
ズーンさんが担架で運ばれていった。
部屋を出ていこうとするアーサーさんをザガート・リンが引き留めた。
「これは一体どう言うこと?」
わたしも知りたい。
「お騒がせしてすみませんでした。会場での発砲事件でマフィアが清掃業者として入り込んでいたことがわかりました。ズーンさんが許可を出していたので話を伺いに参りました」
「あなたは警察?」
「の様なものです」
白いスーツを着た事務所の社長さんが、アーサーさんを指さしながら口をあわあわさせてつぶやいた。
「で、殿下・・・」
*
ライブの打ち上げはたくさんの食べ物を残したまま解散となった。結局、ザガート・リンとは一言も交わせなかった。
レイターは本当に厄病神だ。
フェニックス号にグレ鍋が出来ていた。
船を出る前にレイターが調理していたものだ。
レイターとわたしの間に置かれた鍋の中でグレのアラが煮立っている。磯のいい香りが食欲をそそる。
けれど、不安だ。
「このグレ鍋は解毒剤付きだぜ。しかも人体実験済み」
痙攣して倒れたズーンさんを思い出す。
「そういう事を言うから食欲が無くなるのよ」
とは言ったけれど、お腹がすいていた。打ち上げではあまり食べられなかった。
「ご希望なら解毒剤は口移しでもいいぜ」
「希望しません」
解毒剤があれば死ぬことは無い。
レイターはわたしのボディーガードだからグレ中毒になったら何とかするに違いない。
薄いグレの切り身を一切れ、沸騰した出汁にくぐらせた。
透明の身がさっと白くなる。
レイターが用意した黒いタレを付けた。
勇気を振り絞って口に入れる。
淡白な身がプリっと舌に吸い付く感じ。少し塩辛いタレが身とマッチして口の中に香りが広がる。
「お、美味しい」
「だろ。食べずに死んだら損だぜ」
「それはそうだけど、食べて死んだらもっと損じゃないのよ」
「わかってねぇな。命かけるから、たどり着ける世界があるんだぜ」
軽い口ぶりなのに、言葉が重い。
ふと考える。わたしはこれまでに命をかけて取り組んだことなんてあっただろうか。
湯気の向こうで、鍋をつつくレイターの顔は間が抜けている。
でも、この人は命をかけて生きている。
*
居間のテレビが発砲事件のニュースを伝えていた。
レイターもわたしも食べながらモニターを見る。
ザガートの裏ライブ中に会場内でマフィアが銃を発砲し、ケーブルが切れて停電となった。けが人はなし。マフィアは逮捕されたが、発砲の理由は不明。
多くの人が裏ライブを生配信で見ていたからこのニュースの注目度は高かった。
突然のハプニング。
停電で真っ暗な中でのザガート・リンの闇ライブの映像は、情報ネットワークで瞬く間に拡散した。
何と言ってもザガート・リン、初のデュエットなのだ。
音はクリアーだけれど映像が暗くてレイターとはわからない。
この男性歌手は誰なのか、という憶測記事も注目ランキングの上位に急浮上していた。
どの記事も的外れなことを書いていた。
闇ライブの情報があふれる中、マネージャーのズーンさんのことは何一つ報道されなかった。ニュースにも、情報ネットワークにも。
ザガート・リンに刃物を突き付けたのは許せないけれど、逮捕された訳じゃなさそうで、わたしはほっとした。
* *
アーサーの奴、銀河警察にアリオロンの薬物密売を隠し通したな。
ニュースを見ながらレイターは気がついた。マフィアの発砲は伝えているが、薬物取引の「や」の字も出てきやしねぇ。
軍の特命諜報部が拘束したアリオロンの麻薬密売グループを銀河警察にばれねぇようにとっとと連邦軍の収容所へ入れて、押収した麻薬のブツもこっそり軍の研究所へ送ったに違いねぇ。
捕まえたアリオロンの売人グループは、今後、外交の裏ルートでアーサーが交渉のコマとして使うんだろう。
清掃業者に化けてアリオロン製の麻薬を手に入れようとしたマフィアは、発砲は認めたが、ヤクについては一言も話さなかった。
あいつらは口が固い。
ザガートの事務所が怪しいのは最初からわかっていた。
社長か、ザガート・リン本人か、マネージャーのズーンか、誰かがアリオロンとマフィアを手引きした。
調べるために事務所に接触を図ると、ザガートが俺に声をかけてきた。裏ライブでデュエット曲を歌わないかと。
俺の動きを封じるための罠じゃねぇか、と疑いながら承諾した。
裏ライブの最中にマフィアが捕まった。
事務所の共犯の奴は慌ててるはずだ。
ライブ後の打ち上げは荒れると踏んだ。だから、ティリーさんに俺の隣から離れないよう伝えた。
あそこで、ズーンが自殺を図ったのは想定外だった。
調べてみたら、ズーンはかなり前からマフィアから金をもらってライブのチケットを融通していた。小遣い稼ぎという奴だ。
ズーンは今回はヤバい案件だと気づいたが、これまでやってきたことをバラすぞ、と脅されて仕方なく手配したと。
* *
病院のベッドの上でマネージャーのズーンは思い返していた。
俺は今回は手を引きたかったんだ。麻薬取引なんてまっぴらごめんだ。
だが、深入りし過ぎた俺は逆らえなかった。
チケットをマフィアに融通し利益供与するのはマフィア対策法違反だ。あいつら、これまで俺が渡したチケットをダフ屋行為に使っていた。
このことが公になれば、ザガートに傷がつく。
だから今回も言われるままに、ヤクの売人のチケットを用意し、マフィアのフロント企業を闇ライブの会場に入れるよう手引きした。
そのマフィアがライブ中に発砲し銀河警察に捕まった。俺は慌てた。
俺はどうなってもいい、だがザガートは・・・。
デビューからずっと育ててきた。
ザガートは俺のもう一つの人生。これ以上、傷つける訳にはいかない。
死のう。
俺が死ねば、俺,、個人の犯罪として処理される。
ザガートはグレが好物だ。打ち上げで食べるための最後のグレを捌く。
親父すまん。
漁師の後を継がない俺を責めもせず、とれたてのグレを送ってくれる家族に謝りたい。
ザガートがこのグレを食べて喜ぶ顔を見たら死のう。
肝から取り出した致死量のグレ毒をカプセルに詰めた。
*
打ち上げの会議室で、俺はザガートの隣にいた。
ザガートがグレに手を付けようとしたその時、長い黒髪の美しき死神が訪れた。
「お話を聞かせてください」
「近づくな!」
その瞬間に俺は、人生でもっとも愚かなことをした。
俺の本能が生き延びようとしたのだろうか。たまたま持っていたグレのナイフでザガートを人質に取ってしまった。
死神に「罪を重ねてはいけません」と言われて俺は正気に戻った。
「ズーン、わたしはあんたを信じているよ」
ザガートの美しい声を聞いて俺は後悔の波に溺れた。
死んでお詫びするしかない。
グレ毒のカプセルを飲み込んだ。
これで、全て終わりだ・・・。
*
目が覚めた時、俺の前には美しい死神が立っていた。
長い黒髪の男は静かに言った。
「ズーンさん、あなたと司法取引をさせていただきたい」
* *
「きょうもがんばろう」
ティリーはロン星支社で気合を入れた。
部長にリコールの見舞金としてザガートの裏ライブのチケットを提供する、という案を提案したところ、みるまに社内調整が進み採用された。
「よくやったな」
部長からお褒めの言葉をいただいた。仕事で認められるのは素直に嬉しい。
リコールが正式に発表され、わたしの出張はさらに延びることになった。 フレッド先輩から「ロン星へ応援に行こうか」と連絡が入ったけれど、丁寧にお断りした。
そして、嬉しいことがあった。
ザガート・リンがロン星の支社へ陣中見舞いに来てくれたのだ。
わたしはちょうどロン星に謝罪行脚で来ていた同期のベルに連絡し、当日は『ザガ』発案者の二人でザガート・リンを出迎えた。
ギーギたちは大興奮でザガートに握手を求め、わたしが伝えられなかった言葉を自分の口から伝えた。
「ずっと、応援してます。これからも応援します。あなたはわたしたちの誇りです」
面白いことがあった。
実は年配の副支社長はザガートの大ファンだったのだ。
本人を目の前にして硬直し、何も話せない様子はおかしかった。
そして、
「ティリーくん、失礼なことを言ってすまなかった」
と謝ってくれた。
わたしは、笑顔で返した。
「人生にトラブルはつきものですから、いつか笑い話になるように、がんばりましょう」
これはザガートの受け売りだ。
でも、身をもって感じている。
厄病神のレイターのせいで、テロ攻撃やらハイジャックやら出張先で大変な目にあってきた。けれど、今では笑い話だ。
しかも、上手くいった出張より、思い出深くわたしの中に残っている。
今は辛い。でも、いつかは笑えるはずだ。
* *
出張が終わった。
わたしはフェニックス号で帰途についた。
現地支社のギーギからお礼のメールが届いていた。
末尾に追伸として意味不明なことが書かれている。
『ティリーさんの彼氏はかっこいいですね』
彼氏?
『歌もうまいし、仲良くお幸せにね』
歌もうまい・・・って、レイターのことだ。
ギーギは勘違いしている。レイターとわたしの関係を。
このニルディスのネックレスが誤解を生んでいる。
かわいくて、気に入っている。
けれど、ニルディスをレイターに返そう。
ニルディスを見ると今回の出張が思い出された。
レイターは全然わたしの好みじゃない。
『厄病神』だし、女ったらしだし、性格は悪いし、わたしのことをすぐガキって子供扱いするし・・・。
でも、感謝祭で彼女のふりをするのをわたしは楽しんでいた。
ニルディスは好きでもない人にプレゼントしたりしない。
もし、レイターがわたしのことを好きだったらどうしよう・・・。
いやいや、レイターには『愛しの君』という片思いの人がいるのだ。
でも、ジョン先輩はレイターに「もう、追いかけない方がいい」と言っていた。上手くいかない理由があるに違いない。
妄想が広がる。
もし、レイターから「ニルディス返さなくていい。俺とつきあってくれ」と言われたらどうしよう・・・。
断ってしまうのも惜しい。
いや、一瞬でもそんなことを考えた自分に驚いた。彼は厄病神だ。
とにかく、そんな事態になったら、「お互いを知るために友だちから始めましょう」と答えよう。
*
レイターは居間のソファーに座って、宇宙船レースのニュースを見ていた。
わたしは思い切って声をかけた。
「レイター、これ、ありがとう。やっぱり返します」
手のひらに乗せたニルディスのペンダントをレイターに向けた。
「あん、いらねぇの? 結構似合ってたのに」
少し驚いた顔をしてレイターがわたしを見た。
「こんな高価なもの、彼氏でもない人からもらえないわ」
言外に、彼氏からだったらもらってもいい、というニュアンスを含んでみた。
わたしはレイターの次の言葉を待った。
「ティリーさん、あんた・・・」
レイターが何かを探るようにわたしの瞳を見つめた。真剣な表情だった。
「な、何?」
わたしは緊張した。
妄想したシナリオを思い出す。「俺とつきあわないか」と告白されても落ち着いて「友だちから」って答えるのよ。
「まさか、石鹸返せって言わねぇだろうな」
「え?」
石鹸・・・。輪投げでわたしがもらいニルディスと交換した賞品。
「もう使ってるから、返さねぇぞ」
「結構です。差し上げます!」
自分でもびっくりするほど大きな声で答えた。
「わかった。じゃ、転売しよ」
レイターはわたしの手からするっとニルディスを取り上げた。
「しまったなぁ、こんなことならパッケージもらっときゃ良かった」
あっけなかった。
レイターにとって、わたしへのプレゼントは転売と同じレベルなのだ。
レイターがわたしの顔を見た。
「何怒ってんの?」
レイターにというより、自分に腹が立っていた。
少しでもつきあう可能性について考えたわたしが馬鹿でした。
大馬鹿だわ。
「何でもありません!!」
わたしの声はさらにボリュームが上がり、レイターは驚いた顔で耳をふさいだ。 (おしまい) 第十四話 「雨の後には虹が出る」へ続く
・第一話からの連載をまとめたマガジン
・イラスト集のマガジン
いいなと思ったら応援しよう!
