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銀河フェニックス物語【少年編】第三話「流通の星の空の下」
これは、レイターとアーサーが十二歳。出会って一か月後のお話です。
・銀河フェニックス物語 総目次
・<少年編>第二話「家庭教師は天才少年」
・【少年編】のマガジン
・<出会い編>第二十話「バレンタインとフェアトレード」
コンテナ牽引船の操縦席に座ったアーサーは、耳をふさいだ。
「なあ、ちょっとでいいから操縦させてくれよ、なあ、なぁ。あんたより俺のが絶対上手いぜ」
隣の助手席に座るレイターが、とにかくしつこくてうるさい。
その日、料理長のザブリートさんが、レイターを連れてデパ星系へ食料の買出しへ出かけることになり、僕は操縦士として付いていくことになった。
「駄目だ! 君は無免許なんだぞ」
交通法規に違反したら、僕が責任を問われる。
「ケチ野郎」
口をとがらせるレイターに、ザブリートさんが声をかけた。
「お前、操縦士になりたいなら、アーサーの操縦を見て勉強しろよ。アーサーは艦で一、二を争う腕の持ち主なんだぞ」
僕は、実戦に出たことはないが、戦闘機訓練の成績はいい。
「人口重力場に捕まるようなボケの、下手くそな操縦見てられっかよ」
ザブリートさんが笑いながら言った。
「ほんとにガキだな。そんなに操縦席に座りたいなら、後ろのコンテナの操縦席にでも座ってこいよ」
牽引される後部のコンテナには、積み替え時に使う簡易操縦席がついている。
「そうだな、アーサーの操縦見てるよりましだ」
レイターは席を立って、後ろのコンテナへと移動した。
船内が静かになる。
コンテナの操縦席は、こちらが牽引している間は動かすことは出来ない。
それでも彼にとっては、操縦席に座ることが嬉しいのだろう。
「あいつ、操縦士にあこがれてるんだよなぁ。料理人としていい才能があるんだが、もったいない」
ザブリートさんがつぶやいた。
*
デパ星系の朝市は有名だ。
僕は、朝市という場所を訪れるのは初めてだった。
雑多な露店が所狭しと並んでいる。
鮮魚や野菜など生鮮食品が屋外に陳列されており、衛生面は大丈夫なのか、少々気になる。
見たことも聞いたこともない動物の肉。鮮やかな原色の果物。
多くの人が行き交い、売り子のダミ声に思わず振り向く。
活気に釣られて気分が高揚する。
こうした精神状態で買い物をするのは、気持ちいいかも知れないが、散財してしまう危険があるな。
「ここのエラの色をよく見ろよ」
ザブリートさんがレイターに魚の見極め方を教えている。勉強になる。レイターも真剣に聞いている。
彼の興味を惹いている時の顔だ。この顔をしている時の彼は、ほぼ一発ですべてを覚える。
料理人として才能がある、とザブリートさんが言うのは間違いないのだろう。
値切り交渉はザブリートさんより、レイターの方が上手だった。
「うわあ、この魚、鮮度いいねぇ。エラの色がいい」
さっき別の店で、ザブリートさんに教えてもらったばかりだ。
「ほお、坊主、お目が高いな」
ねじり鉢巻をした店員が、にこやかにレイターに声をかけた。
「お兄さんのお店は、あっちのお店より断然いいね。みんなに、この新鮮なおさかな、食べさせたいなぁ」
人懐っこい笑顔でレイターが店員を見つめる。
「そうか、じゃあ負けてやるよ」
「ほんと? 一尾五十リルって書いてあるけど四十でどう?」
「四十?……五十でもかなり安いんだぜ。四十五だな」
「ザブさん、どうしよう?」
ザブリートさんのことを呼び捨てではなく、さん付けで呼んだ。間違いなく演技だ。
だが、四十五リルで買う予算が取ってある。
これ以上値切る必要はない。
「次の停留地まで遠いから、たくさん買わなくちゃいけないんだよね。四十五じゃちょっと無理だよね……」
店員の方をちらりと見る。
「たくさん、ってどのくらいだよ?」
レイターがザブリートさんの顔を窺うように振り向く。
「ねぇ、ザブさん。五ケース買うのはどうかなぁ?」
「そうだな」
レイターが頼み込み、ザブリートさんがうなずく。
というか、最初から五ケース買う予定だ。
「五ケース買ってくれるのか?」
店員が興味を示した。ここで売り切る方が得か考えている。
「ここのおさかな、おいしそうだから、たくさん買うよ。お兄さん、お願いします」
レイターはまるで天使のような笑顔を見せた。
「わかったわかった、坊主四十で持ってけ!」
「ほんと! お兄さん、ありがとう」
一体どこでこんな駆け引きを覚えたのか知らないが、僕には絶対出来ない。
「お前、商売上手だな。助かるよ」
ザブリートさんが感心している。
「まあな。盗むより面倒だが合法だ」
彼の言葉は盗みは簡単だ、と言っているようにも聞こえた。
「アーサー、お前もレイターと一緒に値切り交渉やってみるか。社会勉強になるぞ」
「結構です」
僕には無理だ。
レイターが笑った。
「ザブ、将軍家が値切ってたら、ゴシップ紙に売れるぜ」
自分は人を欺くような真似はできない。
一方で僕は自分に不安を感じた。
将軍家の交渉は生き馬の目を抜くように厳しいものだ。騙してでも裏切ってでも、完遂しなければならない任務がある。
目的の食材を買い終えた後も、ザブリートさんとレイターは帰るそぶりも見せないでブラブラしている。
これまで僕は、こんな風に目的もなく無駄に時間を過ごしたことは無い。落ち着かない。
「ザブリートさん、船へはいつ戻りますか?」
「はあ? あんた帰りてぇの? 楽しくねぇの?」
レイターが大きな目をさらに大きく見開いた。
青空の下、地上を歩き回るのは純粋に楽しい。だが、今は任務中だ。
それにしても、世界は文献だけでは把握できないことを痛感する。
市場という小さな宇宙に、人の営みが凝縮されている。
流通の星には、物が溢れている。この星に来れば、手に入らないものはない。
「なぁ、ザブ、菓子買ってくれよぉ。さっき、魚屋で負けてもらった金があるだろ。あ、最新型宇宙船のプラモデルも欲しい」
レイターはおもちゃ屋のショーウインドウに張り付いて、動かなくなった。
「アーサーは、何か欲しいものはあるか?」
ザブリートさんに聞かれて困った。
「いえ、特にありません」
「いいよなぁ、何でも手に入る坊ちゃんは」
レイターのとげのある言葉にムッとする。
物が欲しいとは思わない。
だが、正直に言えば、僕は今、この時間と空間を楽しんでいた。
ここの空気は僕の知的好奇心を刺激する。
人々の欲が、形となって目の前に提示されている。その観察は興味が尽きない。
「ザブ、俺は本物の宇宙船が欲しい」
「カネを貯めて自分で買え。そのためのバイトだろ」
「とりあえず、今はアイスだ」
レイターはウインクしながら、アイスクリームを販売するワゴンを指さした。
「お前は欲しいものばっかりだな。しょうがない、きょうのお駄賃だ」
「ヤッター!」
レイターは大喜びでアイス売りの行列に並んだ。
市場を歩き回り、少し汗をかいた身体に、アイスクリームの甘さと冷たさは魅力的だった。
「アーサー、お前はどうする? おごってやるぜ」
ザブリートさんにおごってもらう理由はない。
「任務中ですから、結構です」
「うめぇ」
レイターは三段積みにしたアイスを、うれしそうに食べながら歩いている。
僕はこれまで街中で食べ歩きをしたことはない。確かに屋外で食べるアイスはおいしそうに見えた。
「あんたには、やらねぇよ」
レイターは妙に鋭いところがある。
「いらないよ。任務中だ」
自分の返事がいらだった声なことに驚いた。
ザブリートさんが僕に話しかけた。
「お前たちって、どう見ても同い年には見えないよな」
よく言われる。身長差が三十センチあるのだから。
「あいつを見習えとは言わないが、アーサー、お前もう少し、甘え上手になった方がいいぞ。お前だって、まだ十二歳なんだから」
まだ十二歳。
そんな風に人から言われたのは初めてだった。
高知能のインタレス人を母に持つ僕は、幼いころからあらゆる分野の専門家と議論を戦わせることができた。
そして、昨年入学した士官学校を、実技含めてトップの成績で卒業した。
ザブリートさんは軍属だ。僕と直接の上下関係にない。
だからだろうか、僕を少尉ではなくアーサー・トライムス個人として接してくれる。
他人に甘えるというのは、どうすればいいのだろう?
文献で読んだ心理学が、自分の中に血肉化されていないのを感じる。
僕にはまるで想像ができなかった。
*
コンテナ船に戻ると、購入した食料の積み込みはとっくに終わっていた。
帰りもレイターは、「後ろの操縦席に座る」とコンテナに乗り込んだ。
僕は牽引船を出発させた。
アレクサンドリア号には十五分ぐらいで着くだろう。
大気圏を抜けて少しした時だった。
後ろから来る、黒い船の様子がおかしいことに気づいた。この船に追い越しをかけようと猛スピードで迫ってくる。
「何だか変だぞ」
助手席のザブリートさんが言うのと同時に、レイターの顔がモニターに映った。
「おい、こいつらひったくりだ」
ひったくり?
ガシーン。
衝撃が走った。
黒船から飛び出した二本のアームが、レイターが乗るコンテナ船に巻き付いていた。
アームの先端が外れないようコンテナに食い込んでいる。
そして黒船は、コンテナとこの牽引船をつなぐ接続部を、レーザーカッターで一気に切断した。
手慣れている。
黒船は逆噴射をかけた。コンテナ船を丸ごと盗み去るつもりだ。
急いで追いかけようと船を反転させた。
「レイター! 大丈夫か?」
通信機に向かって叫んだ。
レイターから返事がきた。
「アーサー、電磁バリアを張って、そのまま一ミリたりとも船を動かすな!」
彼に何か考えがあるようだ。
牽引船に電磁バリアを張った。
一ミリたりとも動かすな、だと。随分難しい要求をする。
追いかけるほうが楽だが、僕はレイターが言う通り船をホバーリングさせた。
レイターが、コンテナ船のエンジンに火を入れた。
接続部が切れたため、コンテナ船の操縦機能が生きたのだ。
黒船は驚いていることだろう。
牽引中のコンテナに、人が乗っているとは想像していなかったに違いない。
レイターが初速で思いっきり加速をかけた。コンテナ船が、こちらへ向かって動き始めた。
コンテナ船は推力が強い。
そのまま黒船が引っ張られる。
アームでつながった二隻が、まっすぐにこの牽引船めがけて飛んでくる。
黒船がアームをはずそうとしているが、先端が引っかかっていてはずれない。
「アーサー、ぶつかるぞ」
ザブリートさんが慌てている。
レイターの作戦はわかった。
黒船を電磁バリアに接触させて止めるつもりだ。だが、何てまどろっこしい作戦なんだろう。
彼は一ミリたりとも動かすなと言った。動かしたら失敗する。下手したら大事故だ。
レイターは最初に加速させた以外は、操縦しないつもりらしい。
あんなに操縦したがっていたのだから、こういう時こそ、コンテナ船の操縦桿を握ればいいのに。
操縦できる、と豪語していたのは嘘なのか。
十二歳の考えることはよくわからない。
「あいつ操縦できないよな。アーサーどうするよ?」
「このままの状態で待ちます」
僕は一ミリも船を移動させず、彼の計算を信じた。
コンテナ船と黒船が目の前に迫る。
この船の電磁バリアは、船体から二メートルまでを守っている。
ガガガガガッツツ
黒船が電磁バリアに突っ込んだ。
「ほう」
僕は無意識のうちに感嘆の声を上げた。
突入角度が絶妙だ。
電磁バリアに突っ込んだ黒船は動力炉が動かなくなり、すぐ横で止まった。
そして、コンテナ船はぎりぎりのところで電磁バリアに触れなかった。
すぐに警察がやってきた。いつの間にかレイターが通報していた。
*
黒船はこのあたりを荒らしまわる窃盗団の一味だった。
警察官から簡単に事情を聴かれた。
「君たちお手柄だよ。それにしてもよかったなあ、運が良くて。一つ間違ったら船が激突して大惨事だったよ」
運がいい? 違う。すべてレイターの計算通りだ。
「操縦桿に触っちゃったみたいで、船が勝手に動き出したんです。とっても怖かったです」
警察官に対しレイターは、怯えたような顔をして、心にもないことを口にしている。
おそらくこれは、普通の十二歳のふり。
まどろっこしい作戦だと思ったが、そうじゃない。
無免許のレイターは、自分が操縦できることを警察に隠すため、一回だけしか操縦桿を握らなかったのだ。
普通に操縦する方がよっぽど簡単だ。
僕たちの船の修理費は警察が立て替えてくれた。
あとで窃盗団から取り立てるそうだ。
警察官が立ち去ると、レイターはニヤリと笑った。
「さすが流通の星の警察は、処理も早くていいねぇ」
彼は警察の動きまで計算に入れて作戦を立てていた。
机上ではなく経験則に基づいて練られている。
かなりの場数を踏んでいるということだ。
*
牽引する接続部が壊れたため、アレクサンドリア号までコンテナ船を自力飛行させることにした。
ザブリートさんがコンテナ船の簡易操縦席に移動し、レイターがその助手席に座った。
僕の牽引船が併走する。
レイターとザブリートさんのやりとりが聞こえてきた。
「なあ、頼む、俺に操縦させてくれ、お願いだ。頼む。芋の皮むきでも何でもやるから」
レイターはしつこくてうるさい。
「さっき操縦すればよかったじゃないか。というかお前、操縦できないんだろ?」
「大丈夫だよ。まっすぐな通りをちょっと動かすだけだからさぁ。シミュレーター訓練はやってんだよ。なっ、なっ」
「しょうがないなぁ。ちょっとだけだぞ」
「イェーイ!」
ザブリートさんが根負けした。操縦席をレイターに譲ったのがわかった。
レイターが僕に声をかける。
「おい、アーサー。競争しようぜっ」
僕は無視した。相手をする気はさらさら無い。
が、
「レイター! スピード出しすぎだ」
ザブリートさんの慌てた声が聞こえた。
コンテナ船がどんどんと速度を上げていく。
「久しぶりだぜ、この感じ」
どういうことだろう、簡易操縦のコンテナ船であんなスピードが出るはずがない。
僕が加速して近づくと、レイターはすっと逃げた。
上手い。
つい、僕は本気になって追いかけた。
「はんっ、お坊ちゃんには捕まらねぇよ」
『銀河一の操縦士』になりたい、というレイターの技術は思った以上に高い。
マフィアのダグ・グレゴリーを乗せて船を操縦していた、と言うのは本当だな。
レイターは、コンテナ船をまるで戦闘機のように扱い、急旋回させた。
「レイター! やめろ、荷物が載ってるんだぞ!」
ザブリートさんの怒声で、僕は冷静さを取り戻した。
自分としたことが、挑発に乗って宇宙船の鬼ごっこを楽しんでしまった。生鮮品を傷つけたら任務が完遂できない。
「大丈夫だよ。ちゃんと考えてる。楽しさが止まらないぜぃ」
レイターは更にコンテナ船を加速させたが、僕はもう追いかけるのをやめた。
通信機からザブリートさんのあきれた声が聞こえた。
「品物が棚から落ちてたら、バイト代から差っ引くからな」
*
アレクサンドリア号に着く直前で、レイターとザブリートさんが操縦を入れ替わった。
着艦してコンテナを開ける。
ザブリートさんと僕は驚いた。
棚から落ちるどころか、ケースの中の生鮮品はどれ一つとして、ずれてすらいなかった。
「な、考えてる、って言っただろ。鮮度のいい折角の魚を傷つけたら、味が落ちちゃうもんな」
レイターはにっこりと天使の笑顔を見せた。
(おしまい) 第四話「腕前を知りたくて」に続く
※<出会い編>からお越しの方は <出会い編>第二十一話「彷徨う落とし物」へどうぞ
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