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銀河フェニックス物語【出会い編】 第十二話 恋バナが咲き乱れる頃 (一気読み版)
・第一話のスタート版
・第十一話「S1を制する者は星空を制す」① ② ③ ④
「ティリー、時間あるかしら?」
宇宙船レースS1プライムの出張から帰ってきたら、同期で女性設計士のチャムールから話がしたいと連絡があった。
仕事の話かと思ったらプライベートの話だという。
隣の席のベルも一緒に同期の女子三人でランチに出かけよう、ということになった。
*
さあ、お昼休みだ。
ベルと目を合わせて一緒に職場の席を立った。昼時はエレベーターが混んでいてなかなかこない。
設計技術部のチャムールは一階のエレベーターホールですでに待っていた。
仕切るのはベルと決まっている。
「近くのビルにちょっと小粋なイタリアンが入ったんだよ。口コミサイトの評価が高いんだ。行ってみよう」
「評価が高いってことは、混んでるんじゃないの?」
昼休みは短い。
「ティリーは真面目で心配性だね。行って見なけりゃわかんないよ」
と言うベルの言葉に引っ張られて三人で歩く。店に着くと、案の定、行列ができていた。
「スタートダッシュが遅かったか」
ベルはせっかちで待つのが嫌いだ。
「まあまあ、このぐらいの人数なら大丈夫よ」
チャムールがのんびりと応える。
わたしたち三人は性格は違うけれど気が合う。いや、性格が違うから座りがいいのか。
*
少し待って席へと案内されると、ベルがランチメニューの一つを指差した。
「これいいじゃん。お得だよ」
定番のパスタから選べるレディースセット。ドリンクとデザートがついて千二百リルだ。
普段はお昼に千リルもかけることはない。けれど今日は女子会だ、奮発しよう。
「わたしもそれにする」
全員レディースセットをオーダーした。
それぞれ違うパスタを選び、みんなでシェアをする。
ベルが頼んだペペロンチーノは絶妙なアルデンテ。
わたしのボロネーゼとチャムールのカルボナーラは生パスタ。ソースとの絡みが抜群だ。家ではこうはいかない。
「う~ん。どれも、おいしいね」
三種のパスタに三人とも笑顔になる。
「ディナーじゃ高くてこの店入れないよ。わたしの判断は正解だったね。で、チャムール。一体どうしたの? 話って」
ベルの問いにチャムールが小さな声で答えた。
「私、アーサーさんとお付き合いすることにしたの」
「ええっ?」
わたしもベルも驚いて顔を見合わせた。
「アーサーさんって、将軍家の?」
「ベル、声が大きいよ」
わたしが慌ててベルに言う。
チャムールが設計した新型船が月間ランク一位となったお祝いに、アーサーさんも誘って一緒にご飯を食べた話はベルも知っている。
あの時二人はいい雰囲気だった。
銀河一の天才軍師とクロノス社きっての才女。わたしは祝福した。
「お似合いだわ。おめでとう」
「ありがとう」
「チャムール良かったじゃん、応援するよ。で、どっちから告ったの?」
ベルが切り込んで聞く。
「・・・アーサーから」
チャムールの顔が真っ赤だ。
今、将軍家の御曹司を呼び捨てにした。
両想いだ。うらやまし過ぎる。
ベルの根掘り葉掘りの追及に、はにかみながらチャムールが答える。
デートは図書館か。さすが天才カップルだ。
*
突然、ベルがわたしに振った。
「ところで、ティリーはどうだったの?」
「どうって?」
「憧れのエースよ、S1プライムでずっと一緒だったんでしょ。レースクイーンみたいなことしちゃって、首にダイヤのペンダントをかけてもらってたじゃん」
ハプニング続きだったS1プライム。
わたしは表彰式でエースから賞品を受け取る役を担当した。
「ほほほほほ。無敗の貴公子は最強よ。画面で見るより、本物の方が断然かっこ良かったわ」
言葉は条件反射のように出てくる。
「そりゃ、よかったわね」
でも、心の奥には違和感があった。
S1プライムで起きたことは社の極秘事項に指定された。
エースが襲われレイターが替え玉出場して優勝した、なんてことは社員であるベルやチャムールにも話せない。
今回の出張でわたしはエースの負の部分も見ることになった。
憧れは憧れのままの方がいい。
今度はチャムールがベルに聞いた。
「ベルはどうなの?」
「わたし?」
一息入れてベルが答えた。
「ふふん。好きな人がいるんだ」
「えええっ?!」
わたしとチャムールは目を見開いて驚いた。そんな話は初めて聞いた。
「誰よ?」
「まあ、待ってて、そのうち紹介するよ」
ベルの顔が生き生きしている。
恋バナってどうしてこんなに楽しくて盛り上がっちゃうんだろう。
シェアするパスタのように幸せをシェアしていく。
久しぶりに学生に戻った気分だ。
「こちらドルチェのジェラートです」
時間はあっという間に過ぎ、デザートが運ばれてきた。
「うーん、しあわせ」
ベルがうなった。
お店自慢のお手製バニラジェラートは少量だったけど濃厚で、きょうのお昼休みのようだ。
幸福な時間が甘くきれいに締めくくられた。
*
会社へ戻ると広報のコーデリアさんがわたしの席へやってきた。
メイクもスーツ姿も決まっているコーデリアさんは仕事ができる素敵な先輩だ。
「ティリー、確認しておきたいのだけれど、チャムールとアーサー殿下を引き合わせたのはあなたなの?」
不思議なことに、二人のことをコーデリアさんも知っていた。さっきのお店にコーデリアさんもいたのだろうか。
いや、違う。
これは興味本位ではなく、仕事の顔だ。
「えっと、正確には『厄病神』のレイターを介していますけど」
コーデリアさんは納得した顔をした。
「そっか、レイターは『月の御屋敷』でアーサー殿下と一緒に暮らしていたものね」
さすが広報ウーマンだ。社内の事情に詳しい。
「経緯を聞かせてくれる?」
「はい」
チャムールとフェニックス号へ出かけた時に、レイターがアーサーさんに計算を頼み、後日、四人で食事をした。
というわたしの話を、コーデリアさんは真剣にメモを取りながら聞き、最後にこう言った。
「マスコミに聞かれたら答えないで、広報に聞いてください、って回答してね」
「はい、わかりました」
*
コーデリアさんがわたしに聞き取りに来た意味は翌朝わかった。
各メディアが一斉に伝えた。
『次期将軍のお相手はクロノス社の女性設計士』
スポーツ紙はもちろんのこと新聞各紙も一面、テレビもトップニュースで伝えている。
情報ネットワークも二人の話題で持ち切りだ。
きのうのチャムールのはにかんだ笑顔を思い出す。彼女は記事が出る前にわたしたちに直接伝えてくれたんだ。
記事を見て驚く。
結婚前提のお付き合いと書いてある。
相手は将軍家なのだ。恋バナだなんてのんびりしてる場合ではなかった。
チャムールはどれほどの覚悟でアーさーさんの告白を受け入れたのだろう。
記事を読んで知ったことも多い。
チャムールって権威あるキンドレール物理学賞を取ったスレンドバーグ教授の孫だったんだ。
『将軍家との結婚に支障はなく、アーサー殿下は将軍妃が結婚後も仕事を続けることを望んでいる』と伝えている。よかった。
チャムールは最近、新型船グラードの開発者としてメディアから取材を受けていたから、そのインタビューの映像が何度も使われていた。
うちの会社の大宣伝だ。
弊社社長もコメントしていた。「弊社の優秀な社員です。謹んで御慶び申し上げます」
これは広報のコーデリアさんも大変だったろう。
*
出社すると本社の前には多くのマスコミが詰めかけていた。
「チャムール・スレンドバーグさんをご存じですか?」
マイクが突き付けられる。
「広報に聞いてください」
コーデリアさんに言われた通りに伝えて中へ入る。
席へ着くとベルが興奮していた。
「すごいことになってるね。わたし、インタビューされちゃった」
「答えたの?」
「もちろんよ、知ってることは全部話したし、チャムールは『設計の女神』と呼ばれてますって言っておいたわ」
わたしは驚いた。
「誰もそんな風に呼んでないじゃない」
ベルの思いつきで答えたインタビューはメディアで繰り返し流された。
そして、みんなチャムールのことを『設計の女神』と呼ぶようになった。
* *
その週末、S1レースを観戦するため研究所のジョン先輩とフェニックス号を訪ねた。
ここへ来るのもS1プライムの出張以来だ。
レイターに顔を合わせるなり聞いた。
「ねぇ、アーサーさんとチャムールの話知ってた?」
「このところアーサーの様子が変だったから、そんなとこだろう、って思ってたんだ。あいつ女に免疫ねぇから」
アーサーさんと仲がいいのかよくわからないけれど、レイターは知っていたということだ。
「アーサーの相手ができる女性って設計の女神さましか思いつかねぇから、おかげで儲かった」
「どういうこと?」
「ご祝儀相場さ。あんたんとこの株が急騰したろ」
レイターはいつも金儲けのことを考えている。
アーサーさんとチャムールが付き合うことを見越してクロノスの株を買って売り抜けたんだ。
「それってインサイダーじゃないの?」
「それより、俺はあの二人が心配なんだ」
レイターが柄にもなく心配している。
「どうして? お似合いじゃない」
「だって、あの二人の子どもって、考えただけでも怖いぞ、どんな天才だよ」
気の早い心配だ。
でも、ちょっとわかる。天才児なのか、はたまたそうでないのか。
何と言ってもお世継ぎだ。
「その点、俺とティリーさんの子どもは心配いらねぇし」
レイターとわたしの子ども?
パシッ。
気付くとわたしはレイターの頬をはたいていた。
厄病神は一体何を言い出すのか。
ジョン先輩もいる前で。
「バカなことは言わないでちょうだい。大体、あなたには『愛しの君』がいるんでしょ」
レイターには片思いの人がいる。
「それはそれ、これはこれさ」
無性に腹が立つ。問い詰めないと気が済まない。
「『愛しの君』って一体誰なの?」
「銀河最高の女さ」
レイターの声に愛があふれていた。苛立ちが募る。
嫌味をこめて言う。
「ふ~ん。そんな最高の女性とわたしは似てるんだ」
時々わたしは『愛しの君』と似ていると言われる。
「似ても似つかねぇよ、なあ、ジョン・プー」
話をジョン先輩に振った、ということは。
「ジョン先輩も『愛しの君』に会ったことがあるんですか?」
ジョン先輩がうなづいた。
「う、うん」
そして、ジョン先輩はレイターの方へ向き直って言った。
「レイターはもう彼女を追いかけるのを止めた方がいいよ」
「うるさい!」
レイターの真剣な声に驚いた。
空気が一気に凍り付く。この人本気で好きなんだ。
一途な愛、と言う言葉が頭に浮かんだ。
「ごめん」
ジョン先輩がレイターに謝った。
そして、ジョン先輩は空気を和ませようとしたのか、思わぬことを口にした。
「僕にも好きな女性がいるんだ」
「え?」
破壊力を持った一言だった。
ぬいぐるみの様なジョン先輩は性別を超越したところがある。
「なにぃ、誰だよ? 俺が恋愛指南してやる」
レイターが驚いてジョン先輩の襟ぐりをつかんでいる。
「ま、また、今度頼むよ」
「もったいぶりやがって」
ジョン先輩がわたしに話を振った。
「ティリーさんは好きな人いないの?」
「いますよ。もちろん『無敗の貴公子』エース・ギリアムです」
「いやあ、実在の人物で」
「エースは実在ですけど・・・」
「そうか、はははは」
ジョン先輩が力なく笑った。
わたしも恋バナに参加したくなった。
「アンタレスにいた頃は彼氏いたんです」
「へぇ、物好きがいたもんだ」
レイターが茶化す。
「あなたとは正反対。真面目で優しくて生徒会長、テニス部のキャプテンで文句なしの彼氏だったわ」
「ガキにぴったりのお坊ちゃんだな」
レイターは肩をすくめてそれだけ言うと、部屋の奥で4D映像システムのセッティングを始めた。
あと五分でS1レースの中継が始まる。
部屋が暗くなり宇宙空間が浮かび上がった。
ジョン先輩がわたしに聞いた。
「彼氏とは別れちゃったの?」
「遠距離よる自然消滅です」
口にしたら胸の奥に痛みが走った。
燃えるような恋ではなかった。でも、おままごとのように楽しい日々だった。
『エースの近くで活躍しておいで、僕は待っているよ』と彼は送り出してくれた。
宇宙船レースが好きだった彼。
彼はこの間のS1プライムを見ただろうか。
表彰式でエースの横に映ったわたしに気付いただろうか。
今でもわたしを待っているのだろうか・・・。
「彼氏のこと嫌いになったわけじゃないんですけどね」
「また、こっちでもいい人が現れるよ」
ジョン先輩が慰めてくれる。
「ありがとうございます」
好きな人がいるっていいな。
チャムールとアーサーさんのような両想いはもちろん、片思いでもうらやましい。
ジョン先輩にも、レイターにも、ベルにも好きな人がいる。
あれ? 好きな人がいないのは、わたしだけ?
何だか取り残されたみたいで焦る。
いや、わたしには『無敗の貴公子』エース・ギリアムがいる。
画面の中のエースは、ただ、ひたすらにかっこいい。
生身のエースを知ってしまったけれど、それは別物だ。わたしの脳内には推しである『無敗の貴公子』しか見えない。
恋と憧れは似て異なる。
でも、どちらも湧き出るエネルギーと幸福感を与えてくれる。
さあ、S1レースが始まるわ。
「がんばれ、エース!」
わたしは画面に映るエースの勇姿に手を振った。 (おしまい) 第十三話「人生にトラブルはつきものだけど」①へ続く
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