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銀河フェニックス物語<出会い編> 第四十一話 最終回 パスワードはお忘れなく
苦しんでいるレイターを夢の中のティリーが救うという。
・銀河フェニックス物語 総目次
・第四十話 まとめ読み版① (11)(12)(13)(14)(15)(16)(17)(18)(19)
*
アーサーは自室に戻るとチャムールとの専用回線を開いた。
「お帰りなさい」
モニター越しにチャムールが微笑んだ。彼女のゆっくりとしたテンポが身体に染み渡る。
「ただいま」
この三日、リル星ゲリラ案件の後始末に忙殺され、チャムールとは連絡も取れなかった。
「ティリーと話したわ。レイターのお見舞いに行きたがっている。止めたけれど」
「まだ無理だな。思った以上に薬の抜けが悪いんだ。よくない状況だ」
あの弱った状態で、あいつがティリーさんに会うとは思えない。
今回、レイターが特命諜報部員であるという機密をティリーさんに打ち明けるにあたってフォローをチャムールに頼んだ。
それと同時に、二人がゲリラに拉致された時の状況について聞いてほしいと依頼した。レイターは嘘ばかりつく。
厄介なお願いだがチャムールは嬉しそうだった。
純粋にティリーさんの力になれるということが一つ。
そしてもう一つはおそらく、チャムールが一人で抱えてきた将軍家のプレッシャーの共有。
チャムールの報告は思わぬ問いかけから始まった。
「アーサー、ハゲタカ大尉、って知ってるわよね」
「ああ、もちろん知っている」
不思議だ。なぜ、その名前がでてくるのだろう。
今回のゲリラがアリオロン軍と接点を持っていたとはいえ『ハゲタカ大尉』が死亡したのは十年前。レイターがワートランド海戦で撃ち落した。
「ティリーによると、その息子がレイターに復讐をしようと罵声を浴びせながら暴行を加えたんですって」
「そういうことか」
抜けていた情報がピタリとはまった。
「レイターは抵抗もせず、ただ蹴られていたそうよ」
自分が殺した男の息子に糾弾される。
愛してやまないティリーさんの目の前で。
レイターも辛かっただろう。「本物のティリーさんは俺を怯えて見てる」か。
ハゲタカ大尉を望んで殺したわけではないのに。
『赤い夢』を見るわけだ。
ハゲタカ大尉を撃墜し、ハミルトン少佐を失ったワートランド海戦の後も、あいつは『赤い夢』に苦しんだ。
一方で、レイターはティリーさんに救われていると言った。
おそらく希死念慮をティリーさんが引き止めている。あいつの気づかない、心の奥深いところで。
人の命を奪ってきた過去と連邦軍人という現在の身分を、ティリーさんがどう受け止めるかはわからない。だが、レイターは理解されたいと望んでいる。
「ハゲタカ大尉の息子をレイターは最後逃したんですって」
「そうか」
仲間を失ったハゲタカ大尉との戦いは、あいつだけでなく私にも苦い記憶だ。
レイターが積極的に話さない理由はわかった。
「ありがとう、チャムール」
「お礼なんて言わないで、私は友人としてティリーとレイターに幸せになってもらいたいのよ」
人間は不思議な生き物だ。
言葉にしなくても表情で感情を伝えることができる。それでも、共通認識があれば言語が一番正確に情報を伝達できる。
言葉で表現することは大切だ。
「チャムール、愛している」
「どうしたの? 私もよ、アーサー、愛してる。おやすみなさい。
* *
レイターは、どうしてわたしに見舞いに来てほしくないのだろう。ティリーはため息をついた。
休暇をもらって自宅でのんびりしていたら疲労感はすぐに取れた。頭に浮かぶのはレイターのことばかりだ。
聞きたいことがたくさんある。
けれど、特命諜報部という秘密が明かされた彼はわたしと話したくないのだろうか。
レイターに会いたい。伝えたい。
ハゲタカ大尉の息子ロベルトにレイターは言った。「俺は殺されたって構わねぇ。悲しむ人も恨む人もいねぇから」と。
いや、そんなことはない。レイターがロベルトに殺されたら、わたしは悲しい。ロベルトを恨むかもしれない。
レイターに絶対死んでもらいたくない。この気持ちを伝えておきたい。
時々、レイターはフローラさんがいる死の世界へ向かって突き進んでいく。
でも、死んだら悲しむ人がいることを知ったら、少しは歯止めになるんじゃないだろうか。
わたしじゃ駄目だろうか。
何度も何度もレイターの声が頭の中で響く。
『愛してる』
胸の鼓動が速くなる。アーサーさんの艦に着艦した時のレイターの熱を背中に感じる。
「ティリーさん、愛してる」
あれは、自白剤の影響でレイターは本心を口にしたのではないだろうか。
いや、空耳だったかもしれない。
わたしが彼を好きなために、自分に都合よく妄想のように聞こえただけに違いない。
いや、レイターだってわたしのことを…
バランスが取れない天秤ばかりのようだ。気持ちがいったりきたりする。
そのたびに心が削られていく。
知らず知らず涙があふれた。
耐えられない。ちゃんと確認したい。
今がチャンスじゃないだろうか。
あの人はすぐに本心を隠す。レイターに自白剤が効いているという今こそ、絶好の機会だ。
休暇を利用してアポなしで月の御屋敷に行くことを思いついた。
将軍家の居宅は厳重な警備がされている。
チャムールの紹介なしで入れるだろうか。
侍従頭のバブさんはわたしのことを覚えていてくれるだろうか。
不審者と思われるだろうか。
たとえ、会えなくてもレイターの近くへ行きたい。
我ながら大胆な行動だ。けど、もうじっとしていられない。わたしは突き動かされるように月へ向かう準備を始めた。 (おしまい)
<出会い編>第四十二話「同級生の言うことには」へ続くの前に
<ハイスクール編>「火事の日の約束」
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