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銀河フェニックス物語<少年編> 第七話 最終回 初恋は夢とともに
レイターはダグ・グレゴリーの下で『緋の回状』の手伝いをしていたという。
・銀河フェニックス物語 総目次
・第七話「初恋は夢とともに」 (1)(2)(3)(4)(5)
・<少年編>のマガジン
マフィアが見せしめのために公開処刑を行うという報告書を読んだことがある。恐怖と興奮で服従させるためのシステム。
「手伝いとは?」
レイターの言葉が止まる。躊躇しながら口にした。
「ボタンを、押すんだ……マフィアが集まった処刑場の観覧席で」
「処刑の?」
彼は苦しそうな表情で答えた。
「……そう。裏切者には一番嫌がる死に方をプレゼントする」
おそらくこれは、ダグ・グレゴリーの受け売りの表現なのだろう。
「オーソドックスなのはボタンを押すと連射銃が発射される奴。血を噴いて骨までぐちゃぐちゃなミンチになるんだ。やりたくてやる訳じゃねぇよ。ダグがやれ、って言うから押すだけで」
「断れないのか」
「……」
レイターは答えなかった。その目に怯えた表情がみえた。断れるものなら断っているだろう。銃殺の執行人。これはもはや手伝いではない。
「これまでに何人の処刑を手伝ったんだ?」
「……数えてねぇ」
その答えからわかる。一人や二人ではないことが。
慣れは感覚を麻痺させていく。人を殺すことへのハードルを下げるための教育。
「夢ん中で俺は、その公開処刑場に立たされてんだ。回転式連射銃が俺の目の前にある。観覧席にはダグともう一人の俺が座ってる。ダグは言うんだ『やれ』って。俺は『やめろ!』って俺に向かって叫ぶけど、もう一人の俺は俺を冷たく見ながらボタンを押す。目の前が真っ赤に染まる。俺は血の海に引きずり込まれて息ができなくなる。溺れ死ぬんだ」
レイターの様子がおかしい。
体が震えだした。極度のストレスによる過呼吸だ。パニックを起こしている。僕はレイターの身体を支えて叫んだ。
「ゆっくり息を吐くんだ! この艦は安全だ。ダグは来ない」
医学書で読んだことを思い出す。レイターの呼吸に合わせて背中をゆっくりとさすりながら腹式呼吸をうながす。
レイターはダグを怖がり恐れている。これは虐待の域だ。相当な心理的圧迫を受けていたことが想像できる。
だが、その前に何と言っていたか、ダグは命の恩人で「親父みたいに思って慕っていた」と。
人殺しを断れないのは恐怖からだけじゃない。
レイターにとってダグは父親という存在だ。断ったらダグから捨てられる。認められたいという承認欲求による服従。
それと殺害に対する罪悪感のはざまで彼は苦しんで来たのではないだろか。
レイターはその呪縛を振り切ったが、今度は命を狙われる側になった。
『緋の回状』の怖さを彼は誰よりも知っている。恐怖が引き起こす悪夢障害。原因は大体把握できた。次は対処法を考えなくては。
「ダグは君が生きていることを知らない」
「そうさ」
「だから、君が狙われることはない」
レイターの震えが止まり落ち着いてきた。
「ああ、わかってる。だから、ここしばらくはダグの夢なんて見なかった」
「だが、ジュリエッタ・ローズの死が引き金を引いた」
「ってことのようだ」
愛しい人の死が見せたのは、ダグに逆らったら死ぬという暗示。
ダグという男は、レイターが裏社会から逃れられないよう巧妙にトリガーを仕掛けたのだ。
庇護者による愛情と恐怖の支配。この呪縛は簡単に消せるものではない。
レイターが深い息を吐いた。
「ほんと、この艦は天国だよ」
アレクサンドリア号は戦艦だ。子どもが生活するのにいい環境ではない。死に対する感覚がおかしくなっているレイターにとっては特にだ。だが、彼をかくまうという意味でここほど安全な場所はない。
僕は一つの提案をした。
「今度、君が悪夢を見たら夢の中に僕を登場させてみてくれ」
「夢に、あんたを?」
「僕は将軍家だ。マフィアより力を持っている。処刑場から君を救い出すことができる」
悪夢を上書きできれば救いがある。真面目に伝えているのにレイターは噴き出して笑った。
「やっぱあんたって面白い奴だな」
「僕は自分が面白い人間だという自覚はない」
「だから面白れぇっつってんだよ。あんたの冗談のおかげで気持ちが軽くなったぜ」
彼が一人で抱えるには荷が重すぎる。僕は薬を差し出した。
「あん?」
「眠れなかったら半分だけ飲んでいい」
「ありがてぇ、けど、何となくきょうはこのまま眠れそうだ。これまで他人に言ったことのねぇ話、口に出したら落ち着いてきた。王様の耳はロバの耳~ってな」
「それは良かった。君が眠れないとうるさくて僕も困るんだ」
レイターが僕をにらんだ。
「あんた! 随分親切だと思ったら、もしかして自分のためかよ?」
その問いに僕は答えなかった。 (おしまい) 第八話「ムーサの微笑み」へ続く
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