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銀河フェニックス物語 <ハイスクール編> 第六話 不可思議な等価交換(下巻)
・<出会い編>第一話からの連載をまとめたマガジン
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・<ハイスクール編>不可思議な等価交換 (上) (中)
その日もフローラは、散らかったレイターの部屋にいた。
レイターは、机の上に置かれた大きな戦艦のプラモデルを指さしながら、わたしに問いかけた。
「こいつのエンジンの推力をあげたいんだよ。APバーナー使ってみるってのはどうかなぁ」
アマ星の石の密売によって、この部屋に存在しているプラモデルだ。
違法行為を黙認していることについて、わたしは、通報の義務はないのだ、と自分を納得させている。
彼はこのプラモデルが大層気に入っていて、本物の戦艦を想定しながら改造を繰り返していた。
「この型のエンジンでは難しい、というか費用対効果が悪すぎるわ」
「やっぱそうか」
レイターは宇宙船の天才で、次から次へと改良のアイデアを思いつく。ただ、中にはどう考えても実現不可能なものも含まれていた。
レイターの立てる仮説を、わたしが頭の中で検証する。
毎日、同じようなことを繰り返しているけれど、飽きることはない。
わたしは、宙航理論がそれほど好きというわけではなかった。
たまたま家に、お父さまの本があったから読んだだけ。でも、今は違う。こんなに面白い学問だったとは。
突然、目の前が暗くなった。発作だ。
プラモデルにわたしの手が当たった。
ガチャーン。
戦艦が床に落ちる音が聞こえた。
「フローラ!」
意識が遠くなる。
レイターがわたしのブレスレットから、薬を取り出しているのがぼんやりと見える。
薬が口の中に放り込まれ、わたしは意識を取り戻した。
「大丈夫か?」
レイターの声がはっきりと聞こえる。
薬が無ければ良かったのに。
そう思った自分に驚いた。
以前、レイターの前で倒れたことを思い出して、唇が急に熱くなった。
わたしは、何てことを考えているのだろう。
薬がなければ、レイターはわたしに人工呼吸をしたはずだなんて。
レイターの目が、わたしの目をまっすぐにとらえていた。
わたしの考えていることと、彼の考えていることがシンクロしている。
レイターはゆっくりと顔を近づけると、わたしの唇に唇を重ねた。
そうすることが正しく、ごく自然な事であるかのように。
レイターは唇を離すと
「念のため、人工呼吸もしといた方がいいかと思って」
と照れた笑いを見せた。
わたしは、自分でもびっくりすることを口にした。
「もう少し続けて・・・」
何も言わずにレイターは、もう一度、優しくわたしにキスをした。
心臓の鼓動が速まっている。
これまでに経験したことのない幸福感が、わたしを包む。
これがおそらく恋というもの。わたしは文献ではない、現実の世界にいる。
*
わたしは目を伏せて床にしゃがみこんだ。
大胆なことを口にした自分が恥ずかしくて、レイターの顔がまともに見られない。
「ごめんなさい」
「あん?」
「大事な戦艦が壊れてしまったわ」
床に落ちて壊れたプラモデルの破片を拾った。
レイターはわたしの横に座ると、わたしの手に自分の手を重ねて言った。
「船よりあんたのが大事だ。あんたより大事な物は無ぇ」
急にお兄さまの言葉を思い出した。『レイターは女性なら誰にでも優しい』
レイターの目を見つめた。
たとえ、口からでまかせの嘘であっても、わたしはこの人の言葉を信じてしまう。恋とはそういう病なのだ。
「俺はあんたが欲しい。俺とつきあってくれねぇか」
彼の語る『欲しい』という言葉が、わたしの心に染み渡った。
その言葉からはわたしの存在を、自分だけの物にしたいという欲求が感じられた。
意味が無いと思っていたわたしの人生に、急速に存在価値を与える言葉だった。
そして、わたしも同じことを考えていたことに気がついた。
「わたしも、あなたが欲しい」
わたしたちはもう一度キスをした。
蝶が花の蜜を吸うように、優しく、わたしを求める接吻。
脳が溶けながら考察する。
アマ星の石は等価交換でプラモデルになった。
わたしの恋は一体どこから生まれてきたのだろう。等価交換しなくても生まれ出づるものが、この世界にはある。
そんなことをぼんやりと考えながら、幸せな時間に浸っていた。 第七話「愛しき妹のために・・・」へ続く
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