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銀河フェニックス物語<出会い編> 第三十九話(13) 決別の儀式 レースの前に
・第一話のスタート版
・第三十九話 まとめ読み版① ② (10)(11)(12)
ある時、彼女が突然、僕との結婚について切り出した。
一緒に旅行に出かけ夜も共にする仲だ、不思議な話ではない。けれど、僕は、強烈な違和感を感じた。
僕はずっと疑問を感じていた。
彼女は一体、僕のどこが好きなのだろうかと。
船とレースのことで頭がいっぱいの僕と彼女の間で交わす会話は表層的でどこかピントがずれていた。
「新しいお店がトレンドに上がっていたの、ちょっと遠出してみない?」
「行けるとすれば、次のレースの後だね」
「レースいつだっけ?」
「二週間後さ」
僕にとって彼女は、レースに集中するために必要な存在だった。
彼女は僕の何を必要としているのだろうか。
彼女が僕を友だちに自慢しているのは知っていた。悪い気はしなかった。
だが、そんなある日、彼女の友だちが彼女に送ったメッセージをたまたま目にした。
「優良物件を手放しちゃだめだよ」
人の気持ちを推し量ることが苦手な僕にも、彼女の真意が見えてきた。
彼女は僕ではなく僕のブランドが好きだということに。
大企業クロノス社の御曹司で一番人気のS1レーサー。お金で手に入るものなら迷わずして手に入れられる。
出会った時は、互いに純粋な好意だった。
けれど、僕が段々と有名になり賞金を稼ぐようになるにつれて、関係は少しずつ変遷していった。
彼女はいつしか『無敗の貴公子』と別れることに、恐怖を抱くようになっていた。
手にしたステイタスを手放したくない。そのために結婚という契約で僕を縛りたいと考えたのだ。
一方、僕の中で彼女の利用価値は下がっていた。その頃の僕には息抜きも気分転換も必要なかった。ただ、レースに集中したかった。
結婚という選択肢は取れなかった。
*
大学を卒業し、彼女と別れた僕はレースに邁進した。わがクロノスは船がいい。僕は負けるわけにはいかないのだ。
無敗が続く。
続けば続くほど苦しさが増してきた。「誰がエースの無敗を止めるのか」という記事を見るたびに、世界中が僕の負けを待ち望んでいるように感じた。
勝つ喜びより、負けないプレッシャーが上回り始めた。
二年前のS1プライム。
僕は疲れていた。レースに出るな、という脅迫状が届いたのはそんな時だった。
僕はどうかしていた。
脅迫状を見ながら僕は、自作自演による欠場を思いついた。魅惑的に思えた身勝手な計画。
阻止したのはレイターだ。「あんたが襲われたいのは勝手だが、守るほうは命がけだってこと忘れんなよ」と言われて目が覚めた。
そして、レースに出場した僕は暴漢に襲われ、レイターが替え玉出場した。
混乱の中、たまたま僕の隣にいたのがティリーだった。
ティリーが僕のファンだと言うのは知っていた。
S1プライムに応援部員として彼女が来ることになった時、営業部長は笑いながら言った。
「無敗の貴公子の大ファンですから、少々こき使っても大丈夫です」
他人に興味のない僕でも、人に好かれることは気持ちがいい。
一緒に仕事をしてみて、真面目で一生懸命なティリーのことを可愛く思った。
僕は卑怯だ。
ファンのティリーなら、僕の過ちを許してくれると思ったのだ。
僕は自作自演の罪をティリーに告白した。
そして、思った通り彼女は僕を責めなかった。
不思議なことに、ティリーの前にいると僕は素直になれた。
彼女が見ているのは無敗の貴公子だ。生身のエース・ギリアムではない。わかっている。それでも、僕の隣にいて欲しいと思った。
彼女のことが知りたい。
彼女を喜ばせたい。
自分のためではなく、ティリーのために何かがしたい。何の見返りもいらない。ギブアンドギブで構わない。
こんな気持ちは初めてだ。
これが他者への関心と思いやり、そして愛と呼ばれるものなのだろう。
僕は頭で暗記したことを初めて心で理解した。
「経営で大切な資源は人だ」
父の言葉が自分の中で血肉化していく。僕にはティリーが必要だ。ティリーを契約で僕だけのものにしたい。前の彼女が僕を手放したくないと感じた気持ちが今はわかる。
僕の前を行く父は、まもなくいなくなる。
誘導灯を失っても、ティリーとなら僕は正しい道を歩いていける。 (14)へ続く
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