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銀河フェニックス物語【出会い編】 第十九話 恋と伝票の行方(まとめ読み版)
・第一話のスタート版
・第十八話 まとめ読み版① ②
これは、第二話「緑の森の闇の向こうで」 から一年が経った物語です。
経理のジュディ先輩に休憩室へ呼び出された。
気が重い。
伝票が間違っていたのだろうか?
でも、それなら経理の部署に呼ばれるはずだし・・・。
ジュディ先輩は、わたしたちアンタレス人と同様に、数理能力の高いグルン星系の生まれで、二十代後半でうちの会社の経理を仕切っている。
仕事のできる人だ。小さなミスにすぐ気が付く。
ただ、少々怒りっぽい。
そして、怒っている間、仕事が停滞する。
怒るのはミスを発見した時だけではない。理由がつかめないところが難しい。
楽しそうに話していたのに、気がつくと怒っていて、面倒くさい人として知られている。
わたしも一度、地雷を踏んだ。
伝票が回らなくて大変だった。
先輩の裁量の範囲内で、処理がどんどん後回しにされるのだ。
それ以来、できるだけ先輩には関わらないようにしていた。
けれど、今回、パキ星第二工場のプロジェクトを一緒に担当することになった。
*
五分前には休憩室で待っていた。緊張する。
先輩が入ってきた。
「ごめんなさいね、ティリー。仕事中なのに」
「いえ、大丈夫です」
「聞きたいことがあるの?」
「何でしょうか?」
「あなた、レイター・フェニックスと付き合ってるの?」
「は?」
そういう噂が流れている、というのは聞いていた。
でも、面と向かってわたしに聞いてきたのは、ジュディ先輩が初めてだった。
「違います、つきあってなんていません」
わたしは明確に否定した。
「あら、そうなの。でも、随分と仲がいいそうじゃない」
レイターとわたしの仲がいいのか悪いのか。自分でも判断がつかない。
「レース観戦の趣味が同じなので、船仲間というか、そんな感じです」
客観的な事実を伝えた。
「じゃあ、もう一つ質問。彼は今、誰かつきあっている人がいるかどうか知ってる?」
レイターには不特定多数のつきあいはあっても、ステディな彼女はいない。
「わたしの知る範囲では、特定の彼女はいませんけど」
「そう、わかったわ」
ジュディ先輩がうれしそうな顔をした。
その様子を見て、わたしは、恐る恐る聞いてみた。
「先輩、レイターのことが好きなんですか?」
「ふふふ」
意味ありげに笑った。
「だって彼、格好いいし。この間、経営会議の時、一緒に仕事をしたんだけど、優しいし面白いし。彼女がいない方が不思議よ」
経営会議、ということはおそらく役員警護で、よそいきレイターだったに違いない。
そしてレイターは、女性になら誰にでも優しい。
「ご存じかと思いますけど、彼は厄病神の上に女ったらしですよ。女性と見れば誰かれ構わず、声をかけまくっているんです」
「それで、女性は引っかかってるの?」
わたしはうなずいた。
悔しいことにレイターは女性の扱いがうまいのだ。ナンパで失敗したこともないという。
時々、このわたしですら、引っかかりそうになるぐらいだ。
ジュディ先輩も気をつけた方がいい。という気持ちを込めて伝えたのだけれど。
「女性に人気があるのは、悪いことじゃないわ」
ジュディ先輩は、何の問題もないと言った。
しかし、それは彼氏には向いていない能力だ。
「彼女はいないんでしょ。ま、あなたには関係ない話だから、忘れて。明日からのパキ星出張、頑張ってね」
ジュディ先輩は、気持ち悪いほど上機嫌で、休憩室を出て行った。
ジュディ先輩は、レイターにおつきあいを申し込むつもりだ。
レイターはどうするのだろう。
ジュディ先輩とレイター。
似合わない気がする。
でも、レイターは、ナンパした女性と一夜限りのおつきあいをしている。
そのノリでジュディ先輩とも、つきあってしまうのだろうか。
いや、レイターには『愛しの君』がいる。
しかも、特定の女性とはつきあわない主義だ。
けど、もし、ジュディ先輩が『愛しの君』だったら・・・。
自分の思いつきに一瞬、息が止まった。
そんなことあるはずがない。いや、わからない。
わたしとは関係ない。全く関係ない。全然関係ない。
ジュディ先輩とレイターがつきあえば、もう「俺のティリーさん」と、からかわれることもないのだ。
うまくいくことを願ったほうがいい。
なのに、何だろうこの気持ち悪さは。
とにかく、明日の出張がレイターの船でなくてよかった。
*
翌日、豪快なダルダ先輩と、一年ぶりにパキ星へと向かった。
現地工場を拡張する工事がスタートするのだ。
去年、厄病神のレイターの船でパキ星を訪れたわたしたちは、工場の拡張に反対する、環境保護テロ組織に命を狙われ、宿泊ホテルが砲撃されるという大変な目にあった。
その後、環境テロ組織は摘発され、一年を経て、現地工場の隣接地に第二工場を建設することが正式決定した。
工場予定地に自生していた、きのこのパキールの植え替えがうまくいったのだ。
ダルダさんがわたしに聞いた。
「ティリー君は、この件でレイターからおごってもらったかい?」
「いえ」
去年、レイターには命を助けられた。おごることはあっても、おごられる理由は無い。
「そうか。あいつもティリー君におごるぐらいしてもいいのに。マネーは時にロマンだ。ガハハハ」
意味が分からない。
今回、第二工場着工の鍬入れ式に、ダルダさんが本社代表として出席する。
わたしはそのアシスタント、主に記録係だ。
厄病神の船じゃ無いから、きっと仕事はうまくいく。
*
新興星系というのは、一年で街の姿が変わる。
去年より高層ビルが増えて、空が狭くなった気がする。
砲撃を受けたレイモンダリアホテルも、きれいに再建していた。
現地工場の隣にあった暗い森が、第二工場の建設予定地だ。
そこも、去年とはガラリと様子が変わり、整地されて鍬入れ式の会場となっていた。
わたしとダルダさんが会場に到着すると、パキ星人の工場長が出迎えた。
わたしの苦手な狐男。
切れ長の目が、冷たくわたしを見つめる。
突如、その顔が笑顔になった。ぎこちない営業スマイル。
「皆様、お待ちしておりました。えっと、レイター・フェニックス様は・・・」
レイター・フェニックス様? 様づけってどういうことだろう。
ダルダさんが答えた。
「あいつはいないよ。もう取引は終わったから、来ることもないだろうとさ」
「そうでしたか。いろいろとご相談に乗っていただき、ありがとうございました」
「気にすることはないさ。あいつは今回、大儲けしたはずだからな。ガハハハハ」
大儲け? 二人の会話がよく見えない。
*
工事の安全を祈る鍬入れ式が始まった。
ダルダさん、工場長の狐男、パキ星の経済大臣の三人が並んで立ち上がる。
わたしには意味不明のパキ語で、祝詞が読み上げられていた。
パキ語を聞くとレイターの顔が浮かんだ。
去年、レイターにパキ語で通訳してもらいながら、きのこのパキールを食べ比べたことを思い出した。楽しかったな。
あんなに大変だった出張が、今では懐かしく思える。
生きて帰れたのはレイターのおかげだ。
ダルダさんたち三人が、そろって土に鍬を入れた。
その様子を、現地のマスコミのカメラの横から、携帯通信機のカメラで撮影し、本社に送信する。
後は、報告書の作成。
鍬入れ式が終わると、経済大臣がダルダさんに話しかけた。
「フェニックスさんによろしくお伝えください」と。
*
船に戻ると、わたしはダルダさんに聞いた。
「ダルダさん。どうしてみんなレイターの話をするんですか? 狐男も大臣も」
「あれ、ティリー君。レイターから聞いてないのかい? 土地取引の話」
「土地取引?」
「レイターと仲がいいから、知ってるもんだと思ったよ。あいつ、去年、工場の拡張計画が白紙になった後、第二工場の予定地を買い取ってたんだ」
驚いた。
「よく、そんなお金がレイターにありましたね」
レイターはいつもお金がない、と騒いでいる。
「俺の金だよ」
「え?」
「俺、去年、レイターに十億リルを払うって約束したじゃないか」
思い出した。
テロリストにギャフンと言わせる代わりに、レイターの言うことは何でも聞く、という約束をした。
大金持ちのダルダさんは十億リル支払えと言われ、即答した。
わたしはキスを求められ、断った。
「あいつ、その金で、うちの社が買収できていなかった、隣の土地を買い占めたのさ」
知らなかった。
そもそも、ダルダさんが十億リルをレイターに払っていたことに驚いた。
レイターが、ダルダさんのことを金払いがいい、と言っていたことを思い出す。
「今回、俺の実家の研究所が、きのこの植え換えに成功して、工場拡張の話が本腰になったところで、この辺りの地価が急上昇した」
「それでレイターは、ぼったくったんですか?」
「と言うか、あいつ、その土地をオークションにかけたんだ」
「ひどい。うちの会社が絶対欲しい、ってわかってるのに」
腹が立ってきた。
「まあ、そうだが、狐男がうまく丸め込んだのさ」
「工場長が?」
「連邦のオークションじゃなくて、パキ星内のオークションにかけてくれって頼んだのさ。パキ内なら狐男が相手を抑え込めるからな。これで連邦オークションにかかってたら、大変だったさ」
この工場計画を潰したがっているライバル会社もいる。
連邦オークションだったら、どこまで値がつり上がったか、わかったもんじゃない。
「よくレイターが飲みましたね」
「そりゃ、狐男ががんばったのさ。金に、酒に、女にと、ガハハハハ」
要するに、レイターを接待漬けにしたということだ。
「しかも、経済振興策で税金も免除されたから、結局、あいつは三百億リルぐらい儲けた計算になる」
「三百億リルッ!!!!」
想像がつかない。
「だから、ティリーさんにディナーぐらいおごったって、罰はあたらないだろ?」
まったく、何を考えているのだろうあの人は。理解不能だ。
*
パキ星の出張から本社へ帰ったら、回したはずの伝票が戻ってきていた。
経理の了承が得られないと言う。
数字のミスはないはずなのに・・・。
もう一度確認して提出する。嫌な予感がした。
翌日、ジュディ先輩と廊下ですれ違った。
「おはようございます」
あいさつしたのだけれど、返事がない。聞こえなかったのだろうか。
いや、今のは絶対、意図的に無視された。
わたしは何か、地雷を踏んだに違いない。
まずい。
ジュディ先輩は、パキ星第二工場プロジェクトの主要メンバーだ。
*
隣の席のベルが噂話を聞いてきた。
「ティリー、ジュディ先輩の話聞いた?」
「何のこと?」
「ティリーが出張に行ってる間に、レイターが先輩をふったのよ」
「ふったんだ」
わたしには全く関係ない。
なのに、声が大きくなってしまった。
「ティリー、やっぱり何か知ってたのね? うれしそうだわ」
うれしそう? わたしが? ベルの勘違いだ。
「出張前にジュディ先輩がレイターのこと、わたしに聞いてきたのよ。つき合ってる人いるのかって。だから、いないって答えたの。それだけよ」
「ふむふむ。それで、先輩がレイターに告ったところ、レイターが断ったと」
その時、気がついた。
「ねえ、ベル。経理から嫌がらせを受けてるように感じるんだけど、それって、ジュディ先輩の逆恨みかしら?」
「逆恨みじゃないわよ。正真正銘の恨みだと思う」
「どうして? わたしは関係ないわ」
「だって、レイターは『俺には好きな人がいるから』って断ったんだって」
レイターの好きな人って。
「それは、わたしのことじゃなくて『愛しの君』のことだわ」
「でも、ジュディ先輩が『それはティリーのこと?』って聞いたら、レイターは否定しなかったらしいよ」
「は?」
あの男。絶対許さない。
*
パキ星の第二工場に関する予算会議が、あさっての午後に設定された。
ここの場で、ダルダさんが第二工場の着工状況について報告する。
出張の鍬入れ式の報告書は、わたしがまとめた。
その会議の三十分前に、わたしには別のお客様とのアポイントがすでに入っていた。話が長いお客様だから心配だ。
ダルダさんに相談した。
「予算会議の前に、お客様の先約が入っているので、冒頭、遅れるかもしれません。配布資料は、出席者に事前送信しておきます」
「ガハハハ、安心してくれ。ティリー君の書いた資料を、俺はもう読み終わった。だから大丈夫だ」
わたしは、ほっと胸をなでおろした。
ダルダさんはいつも資料を読まないから、心配していた。
でも、これで、アシスタントであるわたしの仕事は、終わったも同然だ。
*
そして、予算会議当日を迎えた。
案の定、話の長いお客様との打ち合わせは長引いた。
わたしは急いで駆けつけたけれど、パキ星第二工場の会議に、五分遅刻した。
「遅くなってすみません」
謝りながら部屋に入ったわたしを、ジュディ先輩が怖い顔をしてにらみつけた。
「あなた、仕事を何だと思ってるの?」
まずい。ここは謝った方がいい。
「すみませんでした。前の仕事が長引いてしまって」
「事前にわかっていたなら、伝えておきなさいよ。社会人でしょ」
そう言われて、つい答えてしまった。
「伝えてあります。ダルダさんに」
この一言が失敗した。「はい」と返事だけしておけばよかったのだ。
一度口から出た言葉は消去できない。
振りあげた拳を下ろせなくなったジュディ先輩は、冷たい声で言った。
「もういいわ、会議を進めましょう」
それっきり、わたしの方へ一度も顔を向けなかった。
ジュディ先輩の怒りに、燃料を投下してしまった。
ジュディ先輩にも、事前に一言かけておけばよかった。
けど、もう後の祭りだ。
ああ、これで絶望的に伝票が回らない。
*
会議が終わると、ダルダさんがわたしに聞いた。
「ティリー君、ジュディ君と何かあったのかい?」
ダルダさんはこのプロジェクトの責任者だ。
経理、すなわちジュディ先輩とうまくいかないのはまずい、と思ったのだろう。
「厄病神のせいだと思います」
わたしは正直に話した。
レイターがジュディ先輩を振って、逆恨みされているようだ、と。
「そうだったのか、俺に任せなさい。ロマンスはリスクだ。ガハハハ」
ダルダさんが胸を叩いた。
わたしはダルダさんに話したことを、急に後悔した。
*
翌日、驚いたことに伝票は止まることなく回った。
出張の精算をした伝票も戻ってこない。
わたしの心配に反して、ジュディ先輩の嫌がらせは、ピタリと止まった。
「あら、ティリー、おはよう」
「おはようございます」
あいさつも普通に戻った。
ダルダさんは、一体どんな魔法を使ったのだろうか。
*
会議で一緒になったダルダさんにお礼を伝えた。
「ありがとうございました。ジュディ先輩に一体、何て説明したんですか?」
「俺は何にもしてないよ」
「え? でも、伝票は回りましたよ」
「ガハハハ、レイターに頼んだんだ。ティリー君が困っているぞって。あいつは女の扱いが上手いから」
「え、えええっ?」
レイター本人に伝えるとは思わなかった。
「ティリー君、今晩、フェニックス号で飯を食おう」
とダルダさんに誘われた。
レイターとは顔を合わせたくない気分だけれど、ダルダ先輩に言われては断れない。
*
フェニックス号のキッチンから、いい匂いがする。
香ばしくて懐かしい香り。
レイターが、きのこ料理を作っていた。
「いらっしゃい、ティリーさん。きょうは天然物のパキールだぜ」
「えっ?! 天然物ってパキ星から持ち出すのって違法じゃないの?」
「俺はいいのさ」
と答えるレイターに、ダルダさんが言った。
「こいつは、パキ星政府の恩人だからな。持ち出し許可も簡単だ」
政府は工場誘致の推進役だ。
ダルダさんが、いきなり本題を切り出した。
「それで、レイターは、ジュディ君に何て言ったんだ?」
ドキっとした。
答えを聞きたいような、聞きたくないような。
ダルダさんが重ねて聞く。
「『愛しの君』の話でもしたのか?」
気になる。
思わず、レイターの次の言葉を待ってしまう。
「あん? 男と女の秘め事を聞くなんて、野暮だぜ」
と言って、レイターはわたしに頭を下げた。
「ティリーさん、悪かったな。迷惑かけて。すまなかった」
「・・・・・・」
わたしは混乱した。
レイターに謝られるとは思ってなかった。
わたしはレイターに、お礼を言わなくてはいけないのではないか。
いや、そもそもの原因は厄病神だ。
ダルダさんがレイターに言った。
「おまえ、三百億リル儲けたんだろ。謝るならティリーさんを高級レストランに誘うとかしても、いいんじゃないか」
「っつっても、もう、手元にねぇんだよな」
手元に無い?
わたしはびっくりした。
流石のダルダさんも驚いている。
「おいおい、三百億を一ヶ月で何に使ったんだ、女か?」
「うーん。借金の八割が返せた、ってところかな」
どんな金銭感覚をしているのか。
「あなた、一体いくら借金してるのよ?」
「船を維持するにゃ、金がかかんのさ」
ダルダさんがうなずきながら言った。
「まあ、お前には立派な保証人がついてるからな。将軍の名前を出せば、いくらでも金は借りられるんだろうが」
「そうでもねぇんだぜ、あいつケチだから」
レイターの後見人は将軍だ。
思わず聞いてしまう。
「将軍ってケチなの?」
「違う違う、アーサーさ。あいつジャックがいい、って言ってんのに、ジャックにサインさせねぇよう、妨害しやがるんだ」
アーサーさんは将軍のご子息。
「そんな借金、しないのが普通よ」
「俺が死んだら、チャラになる借金しかしてねぇんだぜ。将軍家に迷惑もかかんねぇのに。そうだ、今度はダルさんが保証人になってくれよ」
ダルダさんは、実家から一億リルをお小遣いとしてもらう大金持ちだ。
「ガハハハハ、お断りだね」
「じゃあ、ティリーさん」
「わたしが保証人になったところで、あなたの希望するような額は借りられません」
「そうでもねぇんだ。三十万リルあったら、エンジンのパーツが買える」
三十万リル。
それならわたしでも借りられそうだ。でも、そんな借金生活は良くない。
「お断りします。お金はちゃんと計画的に使わないとダメでしょ。欲しいものがあるからって、我慢しないで借金して買っていたら高くつくのよ」
「わかってねぇなあ。今、必要だから借りるんだよ」
議論にもならない。
「あなたと結婚したら、大変ね」
ダルダさんが慌てた声を出した。
「そ、それは大変だぞ、ティリー君。レイターと結婚だなんて。スリルとデンジャラスだぞ」
「は?」
わたしは一般論を言っただけだ。
「いやあ、ティリーさんが俺の連帯保証人を、一生務めてくれるってのは助かるぜ」
レイターも悪乗りしてニヤリと笑った。
「ち、違います、勘違いしないでください。一般論です」
大慌てで否定した。
厄病神と結婚だなんてありえない。
*
「ほれ、高級レストランの味だぜ」
天然物のパキールは一年前と変わらず、美味しかった。
調理師免許を持つレイターの腕は確かだ。
ダルダさんとレイターが大声で武勇伝、というか、ナンパの失敗談を始めた。
「ガハハハ、ティリー君。人生はロマンとスリルとロマンスだよ」
この人たちは、出張先で何をやっているんだか。
高級なレストランに憧れはあるけれど、こんな風に楽しくは過ごせないだろうな。人目が恥ずかしくて、と思った。
*
翌日、ベルが近づいてきて言った。
「ティリーはレイターと結婚するって宣言したの? 噂になってるよ」
「はあ?」
ダルダさんだ。あの人、声が大きいから。
ありえない。
わたしは頭を抱えた。 (おしまい)
第二十話「バレンタインとフェアトレード」へ続く
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