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銀河フェニックス物語 <番外編> わたしの本棚 ショートショート
わたしは本を読むのが好きだ。
幼い頃から両親はわたしが欲しいと言えば、おもちゃはダメでも本なら買ってくれた。公務員の父、教師だった母はどちらも読書家だ。
アンタレスの実家には紙の本がたくさんある。
最近、読むのはデジタル本が多い。特に、レイターとつきあうようになって、自分で買う機会が減った。
というのも、フェニックス号にいけば銀河中の本が読めるからだ。将軍家が高額な一括データベース契約をしていて、レイターもそのファミリープランを利用している。別れたら読めなくなっちゃうな、という考えが浮かんであわてて打ち消す。いやいやそんな打算的なことでつきあっている訳じゃない。
家で読み返したい本は購入する。でも、それもデジタル本が多い。一人暮らしのわたしの狭い部屋には小さな本棚しかない。
そこには宇宙船関連の本や資料がずらりと並んでいる。わたしは宇宙船メーカーに勤めているから、ぱっと見た感じは仕事の書籍と思われているけれど。
「すごいよね、この収集は。さすがお宅だわ」
同期のベルが背表紙を指さす。
「ピザで汚れた手で触らないでね」
「ハイハイ。推しの顔を汚すようなことはしませんよ」
学生時代から集めに集めたS1レーサー『無敗の貴公子』エース・ギリアムの推しグッズ。写真集やエッセイはもちろんのこと、宇宙船レース映像のディスクに加えS1機の整備書や非売品の社内報まで。
「このファッションデザイナーの自伝はエースとどういう関係があるわけ?」
「ベルったら知らないの? エースが愛用しているスーツのブランドで、五年前のS1機のデザインでコラボしたんだよ。感性をめぐるエースとのやり取りは必見だよ。頂点に立つ人にだけ見える世界があってね」
熱く語るわたしをベルが軽くいなす。
「よかったね。このブランドは好きだけど、入社前のS1のことなんて知らないよ。フェル兄と一緒に働きたいと思ってうちの会社選んだんだから。そうだ、フェル兄に頼んでエース社長の最新動画を撮って送ってもらう?」
一瞬、推し時代の心が蘇ってうなずきそうになった。ベルの彼氏フェルナンドさんはエース社長の専属ボディガードだ。
わたしの推しS1レーサーのエース・ギリアムは、社長業に専念するため昨シーズンにレーサーを引退した。
「いや、いい」
何とか踏みとどまる。
「ティリーは推し活卒業したんだ。まあ、社長も『無敗の貴公子』やめたしね」
「エースロス中なの」
「彼氏がいるのに、社長のこと、今も好きなの?」
「う~ん、恋愛とはちがうもの。レースは引退したけど、それで嫌いになる訳じゃないし」
エースとの関係はカテゴリー的には友人ということになっている。
「で、レイターが家に来た時もこの本棚はこのままなんだ?」
「そうよ」
「レイターが妬きそうじゃん。社長への愛があふれたこの本棚見たら」
「愛社精神と言ってほしいわ。けど、ここにあるのは、よそいきだから大丈夫」
「よそいき?」
「ぱっと見たら、普通の本しか置いていないでしょ。封が切ってない保存用の写真集とか、寝室にはもっと濃いものが隠してあるから」
ベルが笑った。
「何がおかしいの?」
「レイターはベッドルームに入れてもらえないってことだ」
「ベル!」
レイターと実家のわたしの部屋へ入った時の気まずさを思い出した。部屋中にエースのデジタルポスターが張りめぐらされているあの部屋。
元カレのアンドレは全然気にしていなかった。いや、気にしていたのかも知れない。わたしが気づいていなかっただけで。
みんな、どうしているのだろう。推しのグッズを手放すなんて考えたことがなかった。辛い時、疲れた時、いつも力をもらっていたのだ。
でも、今は、彼氏がおいしい料理を作ってくれる。
リアルは推しより意地悪で面倒だ。けれど、双方向だから得られるものは倍になっている気がする。
小さなわたしの本棚を見つめた。一歩、前へ進もう。
「よし、ここからはみ出したモノは、全部、実家に送っちゃおう」
少し冷たくなったピザを口にしながら、わたしはベルに微笑んだ。 (おしまい)
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