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銀河フェニックス物語【出会い編】 第十三話 人生にトラブルはつきものだけど③
第一話のスタート版
人生にトラブルはつきものだけど① ②
感謝祭で浮かれる街をレイターは歩いていた。
大通りの角を曲がって曲がって寂れた裏道に入る。つけてる奴はいねぇな。
小さな雑貨店の前で足を止めた。
塗料の剥げた「ドロゴス商店」という看板があいつの年季を感じさせる。
店へ入ると店番の小僧が頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
「ドロゴスに会いてぇんだけど」
「どの様なご用件でしょうか?」
「薬を買いに来たんだ、調合を頼みてぇ」
小僧に百リル札を握らせた。
「ご主人さまに聞いてまいります。お待ち下さい」
ドロゴスが在宅でよかった。
十五時にお嬢さま迎えに行かなきゃなんねぇからな。
小僧が出てきた。
「中で症状を伺うとのことです」
勝手知ったるドロゴスの店内へ入る。
「はぁい、ドロゴス。薬買いてぇんだけど」
痩せた白髪のじいさんが不快そうな顔で俺を見た。
「客と言うのはレイター、お前か」
「よく効く奴が出回ってんじゃん」
間髪おかずドロゴスはピシャリと言った。
「知らん。わしは手を切った。銀河警察が乗り出したからな」
このじいさんは俺が生まれる前からこの業界でひっそりと生きてる。薬物密売の裏業界。足がつかねぇように客を選ぶ慎重な男だ。
手を切ったというのは本当だな。
「じゃあ、あんたの代わりに誰が仕入れてるのか教えてくれよ。そっから買うよ」
「知らん」
「ふ〜ん」
俺は懐疑の目を向けた。
「ほんとに知らんのだ。個人じゃ扱えん代物だ」
嘘は言ってねぇな。個人じゃなく組織とくればマフィアか。
俺は質問を変えた。
「取引場所は?」
「・・・」
ドロゴスは目を閉じて腕を組んだ。蛇の道は蛇。知っていても答えない気だ。
しょうがねぇ、ゆするか。
「あんた、俺に借りがあるよな。商売出来なくなっても知らねぇぜ」
過去にこのじいさんは一度だけ失敗した。その時俺は銀河警察の捜査データを改竄して助けてやった。
ドロゴスが細く目を開けた。
「俺から聞いたと言うなよ」
「分かってるさ」
「ヤバい奴が関わっているんだ。銀河警察じゃ手に負えん」
ドロゴスは危険な橋は渡らねぇ。臆病でそういう鼻が利く。
「あんたは賢いよ。アリオロンからの密輸入品だろ」
「知っていたのか」
「安心しろ。あんたに迷惑はかけねぇ。俺が嘘ついたことあるかよ」
俺はいつもの様にじいさんにカードを渡した。
十万リルのプリペイドカード。後でアーサーに請求だ。
「邪魔したな」
*
ドロゴスの店を出た俺はアーサーに連絡を入れた。
「アーサー、ロン星の麻薬取引場所が分かったぞ」
「どこだ?」
「裏ライブ会場だとさ」
さて、これで俺のお仕事終了。後はアーサーのお仕事だ。
* *
「あなた、ザガプロジェクトの発案者なんですって?」
ああ、どうしてこういう時だけ発案者って言われてしまうんだろう。
ティリーは支社の給湯室で身体を小さくしていた。本社では誰もそんなこと言わないのに。
でも、隠しても仕方がない。
「ええ、そうです」
彼女たちが顔を見合わせた。
ザガがリコールになって、これから支社が大変になることをみんな知っている。申し訳ない。
「すごいわよね。やっぱり、本社採用は違うわよ」
わたしを手招きした彼女が言った。
「い、いえ。そんな」
文句を言われるかと思ったのに、彼女たちは笑顔だった。
「私はギーギ。ここで営業をやってるの」
三人は次々と自己紹介した。わたしを呼び出したギーギが質問を投げかけた。
「ねぇ、ザガート・リン本人に会ったことあるの?」
「きのう会いました」
「ひぇええ。ほんと? どうだった? かっこよかった?」
昨日のことを思い出す。
本物のザガート・リンとわたしは直接話をしたのだ。
誰かに話したい、自慢したい気持ちがもたげてくる。
顔がにやけないように抑えて答える。
「ええ。本当に格好よかったです。今回のリコールも気にしていないって言って下さって」
彼女たちがうなずく。
「そうよねぇ。私たちのザガートだもの。せこいこと言うはずないと思ってたわ。なのに上はびくびくしちゃって。ほんとバカなんじゃない」
みんなザガート・リンのファンだった。
「あの船『ザガ』を売る仕事はこれまでで一番楽しかったわ。あなたが発案者だって聞いてお礼が言いたかったの」
わたしはびっくりした。そしてうれしかった。
「ねぇ、ティリーさん。今度ザガートに会うことがあったら『応援してます』って伝えておいて。彼女は私たちの誇りだから」
「わかりました」
ってつい調子に乗って答えたけれど、次に会うことなんてあるのだろうか。
「今晩は裏ライブだから、残業しないで早く帰るわよ」
「裏ライブ?」
「そう、ザガートが感謝祭記念のコンサートを開くのよ。その映像が生配信されるから三人で一緒に見ようと思ってるの。ライブ会場がどこなのか秘密だから裏ライブ。抽選で選ばれた人だけが入れるのよ」
うらやましい。 限定ライブだ。
「わたしたち、親戚中の名前を借りて何通も応募したんだけど」
「倍率五百倍よ。あっという間の完売で、誰も当たらなかったわ」
「だからそのライブ映像をリアルタイムで楽しもうってわけ」
ライブチャンネルの番号を教えてもらった。
わたしもフェニックス号で観よう。
「久しぶりの地元ライブだから、きっとザガートも気合が入ってると思うの。リコールなんかには負けないわよ。ところで、ティリーさんあなたのそれ、本物?」
ギーギがわたしの首元を見てたずねた。
「ニルディスでしょ」
「え、ええ」
「いいなあ。彼氏のプレゼント?」
「ち、違います」
「違うの? じゃあ自分で買ったの?」
ギーギが目を丸くしている。
「そうじゃないですけど」
自分で買ったとうそをついても門が立ちそうだった。
本社採用と現地採用では給与に差がある。
「知り合いからもらったんです」
これはうそじゃない。
とその時、
「ティリーさん、仕事は終わったかい?」
給湯室にレイターが顔を出した。
思わずあわてた。
「レ、レイター。どうしてここへ」
「どうしてじゃねぇよ。十五時だぜ、迎えにきたのさ。残念だなあ」
レイターはギーギたちを見回した。
「こんな素敵なお嬢さん方とお知り合いになるチャンスなのに。俺、レイター・フェニックス。ティリーさんのボディーガード。よろしく」
笑顔でギーギたちと握手した。
「で、俺のプレゼントがどうかしたわけ?」
この人、ニルディスの話を聞いてたんだ。
ギーギたちが顔を見合わせた。
ああ、ばれてしまった。レイター、それ以上は言わないで。
彼氏でもない人からニルディスをプレゼントされる、っていうのもこれはこれで恥ずかしい。
わたしは顔が真っ赤になった。
「何でもありません。調べることがあるので、すぐに船へ戻ります!」
「へいへい」
ギーギたちが笑っている。
ボディーガードからニルディスをもらうなんて、変だと思われたに違いない。
だけど本当のことだけにうまい言い訳が思いつかない。
「これで、失礼します。リコール処理をよろしくお願いします」
ギーギたちにあいさつして支社を離れた。
* *
ティリーが帰った後も給湯室のおしゃべりは続いていた。
「隠さなくてもいいのにね、あんなカッコいい彼氏がいるなら」
「本社の人はいろいろと気を使うのよ」
* *
フェニックス号に着くとレイターに聞かれた。
「なあ、ティリーさん。今晩、空いてるかい?」
「さあ、わかりません」
わたしはぶっきらぼうに答えた。
副支社長に言われたことを確認しておかなくては。
ザガの不具合を発売前に把握していたことが表に出たりしたら、会社の立場は更に悪くなる。
場合によっては夜も仕事だ。
ザガート・リンの裏ライブが見たいからできれば残業はしたくない。
部屋に入ると研究所のジョン先輩に至急フラグをたてて連絡を取った。返事が来た。
ジョン先輩の顔がモニターに映る。
「どうしたんだいティリーさん、あわてて」
「教えて欲しいんです。『ザガ』の不具合を発売前に研究所が把握していたって本当ですか?」
「知らなかったの? ティリーさん」
その答えでわかった。副支社長の言っていたことは事実だ。
ジョン先輩が不思議そうな顔でわたしを見た。
ジョン先輩はのんびりしているところがある。
研究所では当たり前のことでも社内にでてないことはたくさんあるのだ。
「ティリーさんはレイターの船でロン星へ行ったって聞いたんだけど」
ジョン先輩の反応がよくわからない。レイターとは関係ない。
「ええ、そうですけど」
「レイターに聞いたほうが早いよ。だって、不具合を見つけたのは彼だもの」
「え?」
「発売前の試乗会でレイターが気づいたんだよ。レイターに言われたとおりパッドの形状を変更すれば対応できるってわかったけど、不具合が起きるのは、規定外の乗り方をした時だけだし、変更には工場の金型を変えなくちゃいけない。もうその時には先行予約分の生産ラインがスタートしてたから当初は直す必要ない、って営業というかフレッドが経営に上げないまま判断したというわけさ」
副支社長の言うとおりだった。
そして、レイターがきのう『あいつの(すなわちフレッド先輩の)判断ミスだと思うぜ』と言っていたことを思い出した。
「まあ、レイターのおかげで随分助かったよ」
「助かった?」
「今回のリコールも先行予約のロン星だけで済んだだろ。大慌てでレイターの提案どおりにパッドを変更して、ほかは間に合わせたんだ。あれだけ売れた船だったから、他の星系まで広がってたら今頃、営業さんはもっと大変だったと思うよ」
思い出してみればきのうのわたしの仕事も、結局レイターに助けられたのだ。
大きな仕事を成し遂げた気でいたけれど、ザガート・リンの機嫌を取ったのはレイターだ。
*
本人に確認しよう。
レイターはエプロン姿でキッチンに立っていた。
「ふぅむ」
眉間にしわを寄せている。
「どうしたの?」
「グレの調理は結構難しいな」
「グレ?」
言っている意味がわからない。
わたしは調理台をのぞき込んだ。
「あの屋台のおやっさん、相当なもんだ」
まな板の上に、鮮やかな色の魚が乗っていた。
「これが、グレ?」
「ああ、皮が信じられねぇぐらい硬い」
「ちょ、ちょっと待ってよ。これ、どうしたの?」
「昨日のバスケゲームの賞品が届いたんだ。高級食材の中からグレも選べたから」
「どうする気?」
「食べるだろ?」
「食べない」
「どうして? うまかっただろ?」
「おいしかったわよ」
「じゃ、食べようぜ」
「だって、毒があるのよ。危険だわ。あなた免許もってないでしょうが」
「調理師免許持ってりゃ、法にゃ触れねぇんだ。それにしても、レーザーナイフじゃ味が落ちるしなぁ。グレ専用のナイフがあるんだよ。そいつが欲しいな」
「いずれにしても、わたしは食べません」
本題を忘れそうになった。
「ねぇ。聞きたいことがあるんだけど。今回の不具合を見つけたのはあなたなの?」
「あん?『ザガ』かい。あの船、飛ばし屋が好きそうだから普通じゃねぇ乗り方も飛ばしてみたんだ。いい船なんだけどブレーキの効きが悪いってのはいただけねぇだろ。フレッドには直せ、って言ったんだけどな」
他人事のように言った。
「レイターがもっとちゃんと言ってくれればこんな事態にならなかったのに」
「金払ってくれるなら真剣にやるぜ」
「・・・」
そうだ、彼にとってこの問題は他人事なのだ。
「で、どうよ。ティリーさんの今晩の予定」
「何があるの?」
フフフン、と笑いながらレイターがカードを取りだした。
何かのチケットだ。
手にとって見る。
驚いた。
「ザガートのライブチケットじゃないの!」
しかも今晩の裏ライブだ。
「感謝祭の記念ライブやるんだってさ」
「知ってるわ。でも、もうチケット完売してるんでしょ」
もう一度しげしげと見つめる。VIPチケットと書いてある。
「どうしてVIPチケットがあるの?」
「言っただろ、ティリーさんは俺のVIPだって。行くかい?」
チケットがある理由はどうでも良かった。
わたしは正直に答えた。
「行きたいっ」
*
フェニックス号の居間には古いギターが置いてある。
グレの調理を終えたレイターはソファーに腰掛けてギターを鳴らした。いい音がする。
「心はもう止められない〜。ブレーキなんてきかない~」
ザガのノンストップを弾き語り始めた。
歌もギターも何度聞いても上手い。
「どうして止めなきゃいけないの。心の声は真実だ」
サビの部分を優しく歌ったり、情熱的に歌ったりバージョンを変えて何度も繰り返す。
試して練習しているようだ。
ライブを見ながら一緒に口ずさむつもりだろうか。
「ティリーさんはどんな感じがいい?」
レイターに聞かれた。
「そうね、やっぱり情熱的な感じかしら」
「オッケー」
わたしのリクエスト通りに歌いだした。
この人の歌声はなぜか心に響く。
年季の入ったギターを大切そうに弾くレイターは普段の五割増しだ。思わず見とれる。
「レイターって、音楽が好きなのね」
わたしの目を見てレイターはニヤリと笑った。
「ティリーさん、知ってる? ギター弾けると、女性にモテるなんだぜ」
この人にとってギターはナンパの道具なんだろうか。
何だかそれに自分が引っかかった様な気がして不愉快になった。
*
外に月が出ていた。
レイターに連れられて街のはずれにやってきた。
暗い工事現場の柵の前に人が並んでいる。建設中の巨大な建物が養生シートで覆われていた。
ここがライブ会場だなんて知らない人は絶対に気づかない。
まさに、『裏ライブ』だ。ワクワクする。
チケットを見せて入ると、中は巨大な工場だった。生産ラインはまだ設置されていない。そこにライブ会場ができていた。
ライブハウスより広く、コンサートホールより狭い、といった感じ。
「開業前の工場を借りたんだとさ」
と言いながらレイターはどんどん前の方へと歩いていく。
VIPチケットってすごすぎる。
座席番号は最前列のど真ん中だった。ステージが目の前だ。
「どうして?」
「嫌なら別にかえてもらってもいいんだぜ」
「嫌じゃないわよ!」
*
開幕のベルが鳴り、照明が落ちた。
ドラムがリズムを取り、キーボードのイントロが鳴り出す。
最初の音だけで何の曲だかわかった。ドキドキしてきた。
まぶしい、スポットライトが舞台を照らした。と思ったら、目の前にザガート・リンが現れた。
ち、近い。
ザガートの迫力ある歌声がぶつかってくる。
わたしは新しい曲はもちろん古いナンバーも口ずさめる。学生時代すべてのアルバムを友人とシェアしたのだ。
* *
裏ライブが始まったか。
アーサーは裏ライブ会場の工場内を見回っていた。各所に連邦軍の特命諜報部員を配置している。
麻薬の密売取引のためアリオロンの売人とロン星の仕入れ人は会場のどこかに紛れている。
観客か、業者か、運営サイドか。
観客は抽選で選ばれたというが、レイターは当日に関係者席のチケットを入手できた。
手引き者がいれば簡単に入れる。
裏ライブの設営は秘密が多い。
運営側によれば、全ての出入り業者と機密保持契約を結んでいて信頼できるという。だがそれにも抜け穴はある。
いずれにせよマフィアが組織的に関与している。
麻薬探知虫を会場に放しているが反応がない。
厳重に隠匿しているのかまだ持ち込まれていないのか。
レイターの情報によれば売人と仕入れ人は初めての取引だ。
どこで、どのタイミングで接触するつもりなのか。
* *
「次の曲、スタンドアローンです」
ザガート・リンの声に引っ張られるように。観客が一斉に立ち上がった。
ティリーもあわてて立ち上がる。
仕事が頭によぎる。この曲と新型船のザガがコラボしたのだ。
リコールの発表前だから、ここにいる観客はまだ誰も知らないで盛り上がっている。
ザガート・リンは気にしないと言ってくれたけれど、ザガートにもファンにも本当に申し訳ない。
歌うのが難しい速いテンポ。
隣のレイターはリズムも狂わないで口ずさんでいる。
サビは一気に盛り上がる。
「一人で立ってる、一人で待ってる、一人で生きてる、さあ、一人でさようなら」
手拍子が会場の空気を震わせている。
熱気の中にザガートの声が降り注いできた。
仕事のことなんて頭から飛んでいく。
興奮と幸福が一緒にやってきた。恍惚状態だ。
* *
「次の曲、スタンドアローンです」
というザガートの声で、最後尾の一番ドア寄りの席に座っていた男も他の観客と一緒に立ち上がった。
マスクをしたその男は手拍子をしながらすぐ横のドアから通路へと出る。
肩に下げたショルダーバッグがずしりと重い。
そろそろサビだ。
「一人で立ってる、一人で待ってる、一人で生きてる、さあ、一人でさようなら」
足早にトイレへ駆け込む。
清掃業者がワゴンを引きながら掃除していた。予定通りだ。
ショルダーバッグのカギを開けて中身を取り出す。
「この本を捨てておいてください」
「はい、スタンドアローンですね。お預かりします」
合言葉も間違いない。
* *
ピピピピピッ。
アーサーの耳に張り付けた受信機が鳴った。
麻薬探知虫が反応した。
一階の男性トイレだ。
連邦軍の特命諜報部員が一斉に走り出した。
アーサーは一階の出入口付近にいた。トイレはすぐ裏だ。
トイレからマスクを付けた男が出てきた。
職務質問をかける。
「お話を聴かせていただけませんか?」
「ライブの途中なんで」
そう言いながら男は走って逃げ出した。
男を追い掛けようとした時、トイレの中に人がいることに気がついた。
清掃業者だ。
諜報部員の一人が走ってきた。
「中の業者を頼む」
それだけ言ってアーサーは逃げたマスクの男を追って走り出した。
と、アーサーの背後で発砲音がした。
ピピビュンッ。ビュン。
アーサーが振り向く。
諜報部員が清掃業者と撃ち合っていた。銃撃戦だ。
* *
ほれほれ、始まりましたか。
レイターは観客席で特命諜報部の無線を聞いていた。
即席ホールには外の銃撃戦の音は聞こえていない。
ライブはアップテンポの曲が続いていた。
隣のティリーさんは幸せそうな顔をしてザガートを見つめている。
アーサー、ちゃんと部屋の外で仕留めろよ。
ここに入ってきたらお前も一緒にぶっ殺すぞ。
* *
なぜ、バレた。
ショルダーバッグを肩から下げたまま、マスクの男は走った。
もう、ブツはマフィアに渡した。
あとは逃げるだけだ。こういうことも想定して逃走経路は確保してある。 この先、E出口の外には仲間が車を用意している。
追いかけてくる長髪の男に向けてガス弾を撃つ。
バスッツ。
背後に煙が充満する。
追っ手の足が止まった。
この隙だ。
* *
白い煙。
神経ガス弾だ。
アーサーは目を閉じ、息を止めた。このまま突っ込んだら敵の思うツボだ。手にした銃を握りしめる。
逃がさない。
工場の設計図を思い浮かべる。私は見たもの全てを記憶する。
現在位置、相手との距離、建築構造、屋内配線・・・。
彼はE出口から逃走する気だ。
《屋外班、E出口へ》
呼吸を止め、目をつぶったまま連絡ボードに指でメッセージを入力し指示を出す。
だが、このままでは間に合わない。
彼の足を止める最適解。
ここから二十メートル先にある。
アーサーは目を閉じたまま引き金を引いた。
* *
マスクをつけた男は外部に通じるE出口の前にたどり着いた。
ガス弾は有効だった。追っ手の黒髪の男を足止めできた。
このドアの向こうに仲間はいる。
ショルダーバッグから用意してあったカード型の電子キーを取り出す。
読み取り機に合鍵の電子キーを差し込めばドアが開く。
その時。
バンッ
破裂音がした。
レーザー弾が何かに当たった音だ。それと共に、照明が落ちた。
停電か。
真っ暗な中、手探りで読み取り機に電子キーを差し込む。
カシッカシッ。
まずい。電子キーが反応しない。
あの黒髪の男め、主電源ケーブルを切断したのか。
* *
ティリーは驚いた。突然、ステージの照明が消え、目の前が暗くなった。
ど、どうしたんだろう? これは演出じゃない。
停電? ザガートの声も、バックの演奏も止まってしまった。
非常灯だけがゆらゆらと光っている。
「あら、面白い」
ザガート・リンの地声が響いた。
「闇ライブといきましょうか。みんな静かに聞いてくれる?」
場内は静まり返った。
薄明かりの中、ザガートがギターを取り出した。
ザガートがギターを弾くというのはこれまで聞いたことがない。
一体何が起こるのだろう。
「じゃあ、ノンストップ行きます」
ザガートの声に引き寄せられるように、隣の席のレイターが立ち上がった。
ちょ、ちょっとレイター、何するの?
この人は時々、突拍子もないことを始める。お願いだから、やめて。 人生にトラブルはつきものだけど ④へ続く
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