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大きなネズミは小さなネズミ(第2話)銀河フェニックス物語 <少年編>  原作大賞応募作品

 機体は美しくぶれずに飛んでいる。敵の迎撃機が飛んで来た。トリガーを引いて撃つ。命中。
「いやっほーい!」
 次の敵機がミサイルを撃ってきた。交わしながら撃墜。

 続いて制宙空戦闘機が接近戦を仕掛ける。 

 三機の小型機が機関砲を連射しながら近づいてきた。レイターは器用にかいくぐりながら一発で撃ち落していく。

 あっと言う間にレベルワンをクリアした。

 アレック艦長があきれて笑っている。
「お前、学校行かずにゲームばっかりやってたんじゃないのか?」
「あはは、ご名答」

「うまいもんだな」
「へへ、俺は銀河一の操縦士になるんだ、っつったろ」
 ほめられたのがうれしくてたまらない、という表情だ。レベルワンは初心者向けだ。ゲームが得意な子どもでもクリアできる難易度だ。だからみんな笑っている。

 とは言え、僕はまた違和感を感じた。
 シミュレーターと彼の体のサイズはまったく合っていない。しかもこれはゲーム機ではない。Gもかかるし、よりシビアな反応が求められる。それなのにあのスピードで一発クリアだ。
 ゲーム機でやり慣れていると言っても本物の船を飛ばす感覚なしに、あそこまでできるのだろうか。

「遊びはこのぐらいにしておけ」 

「イエッサー。いつか本物も操縦させてくれよ」

 真面目なモリノ副長が苦笑しながら諭す。
「ゲームと本物は違うぞ。大人になって連邦軍に入隊したらいくらでも乗せてやる」
「うん。銀河一の操縦士の俺がいれば、向かうところ敵なしだぜ」

 無邪気に子供が夢を語っているように見える。
 レイターはしつこい要求はしない。分をわきまえている。どうすれば大人に気に入られるかを彼はよく知っていた。
 彼をこの艦に残す権限を持つ者にうまく取り入りながら、やりたい放題だ。
 一見、素直な子供のような彼の計算高い演出に、大人たちはだまされている。

 他人のことは言えないか。私自身、大人社会の中で彼らが求める子供像を演じて生きているのだから。

 アレクサンドリア号が地球を出航した時の空港爆発のニュースを見返していて気になったことがあった。

「レイター、君はどうして空港のこんなところにいたんだ?」
「え? 遊んでたんだよ」
 レイターの瞳に一瞬動揺が見えた。
「激しいマフィアの抗争が続いていて、民間人は外出自粛していたそうじゃないか」
「俺、親がいねぇから適当だったんだ」

 空港の爆発によって、その場にいたマフィアのガーラファミリーは構成員二十人が死亡し壊滅的な打撃を受けていた。抗争というが相手の姿が見えない。

 何かがおかしい。

 裏社会事情に詳しいメディアにアクセスしてみる。
 今回の第三次裏社会抗争は、老舗マフィアの首領のダグ・グレゴリーが『緋の回状』と呼ばれる十億リルの懸賞金付き殺害命令を出したことが発端だという。

 その対象人物の命を狙って銀河中のマフィアが探し回り、グレゴリーファミリーの縄張りである地球の街を荒らした。狙われた人物は、空港の爆発事故によって死亡。懸賞金は支払われなかったと記載されていた。
 この抗争でマフィアの勢力図は塗り替わり、結局、グレゴリーファミリーが一人勝ちしたとある。

 嫌な予感がする。懸賞金をかけられて空港で死亡したのは一体誰なんだ。ガーラファミリーの構成員なのだろうか。
 将軍家が持つディープな情報バンクへアクセスする。

 検索データを見た瞬間、僕は思わずまばたきをして見直した。

” 『裏社会の帝王』ダグ・グレゴリーが『緋の回状』で殺害命令を下した対象はレイター・フェニックス十二歳。殺害命令発出の理由は不明。”

 十二歳の殺害に十億リルの懸賞金。常識では考えられない。だが、納得する自分がいた。
「生き延びるため」
 レイターはこの艦ふねに乗り込んだ理由をそう語った。

 ちょっと試してみるか。

「緋の回状」
 レイターの前でつぶやいてみた。 
「なっ!」
 思ったとおりだ。レイターはビクッと顔色を変えて固まった。わかりやす過ぎる。
「一体君は何をしたんだい?」
「何をって、何がだよ」
「どうして君に十億リルの懸賞金がかけられているんだ」
 レイターが警戒した様子で僕の目を見た。
「俺は何にもやってねぇ。ただ、家出しただけだ」
 家出?

「君はグレゴリーファミリーの一員なのか」
「違う」
「どうもよくわからないな。今、君は家出をしたと言った。それはマフィアから足抜けしたという意味なのか?」
 と自分で言いながら違和感を感じていた。こんな子どもの足抜けに高額な懸賞金が動くわけがない。

「俺はダグん家に居候してたんだ」
「君は何か組織の秘密を知っているということかい?」
「秘密? ……ああ、それで俺、命狙われてんのかなぁ。でも、金庫の暗証番号なんて変えりゃすむだろ」
 彼がグレゴリーファミリーと深くかかわっていることはわかった。だが、十億リルはいくら何でも不自然だ。

 レイターをこのまま地球に返す訳にはいかない。
 生きていることがわかったら、マフィアの餌食になる。だが、彼を乗せておくことはこの艦のリスクにもなる。

 どうやら僕は厄介な地雷を踏んでしまったようだ。

「頼む、誰にも言わねぇでくれ。もう掃除当番さぼらねぇから」
 レイターが手を合わせて必死に頭を下げる。リスク情報を上官に報告しないというのはありえない。だが、この情報を知ったらアレック艦長はどう判断するだろうか。直感で動くあの人の行動を読むのは難しい。

 今、レイターは死亡扱いされ、『緋の回状』も効力を失っている。マフィアがこの艦を狙ってくる可能性はほとんどない。ほとぼりが冷めるまで、動かないのが賢明だ。
「僕は何も聞かなかったことにする」

 たまたまその日、一緒にパトロールへでかけるはずだった僕の相手が体調を崩した。
 アレック艦長は思いつきで僕に指示をした。
「トライムス少尉、レイターをパトロールに連れてってやれ」

 レイターが常に機会があれば船に乗りたいと艦長にアピールを続けていたからだ。
 やりたいことを口にすれば実現する、というのはどうやら本当らしい。レイターの粘り勝ちだ。
「うわぁい宇宙船だ」
 大はしゃぎするレイターを僕は冷ややかに見た。

 無人小惑星帯の見回り。ゲリラや犯罪組織が拠点を作らないように定期巡回している。
 僕が小型船の操縦棹を握り、彼は普段着のTシャツで隣の助手席に座った。
「なあなあ、俺にも操縦させてくれよ。俺はあんたよりうまいぜ。安心して任せろよ」
 レイターがしつこくてイライラする。大人に対する態度とはまるで違う。

 僕はシミュレーター訓練を見て疑問に思っていたことを聞いてみた。
「君は本物の船を操縦したことあるのか?」

「ああ、ダグを乗せてよく出かけたぜ」
 やはりそうか。あの操縦感覚はゲームセンターで身に着けたものじゃなかった。
「君は『裏社会の帝王』の操縦士を務めていたのかい?」
「ダグのお抱えパイロットにちょくちょく代わってもらってたんだ。だからさあ、なあ、ちょっとでいいんだよ、ちょっとで。操縦桿を握らせてくれよぉ」
 マフィアにとって無免許操縦は問題にならないのだろう。
 シュミレーターを操る様子からは、かなりの技術があるように見えた。確認してみたいという興味はあるがここは公道だ。

「無免許の人間に操縦させるわけにはいかない」
「ったく、坊ちゃんのくせにケチな野郎だぜ」
 とレイターは舌打ちした。
 ケチな野郎とは、こういう時に使う言葉なのだろうか。自分のことを指されているとは思えないのに腹は立った。

 小惑星帯を抜け、帰ろうとした時だった。

 PPPPPPP……
 突然、警報音が鳴った。
 と同時に小惑星の重力場に捕らえられた。
「人工重力か」
「こいつは宇宙海賊の手口だぜ」
 気が付くとレイターは僕の腰につけたホルスターから銃を抜き取っていた。 

「おい、何をする気だ?」
 慌てて取り返そうと手を伸ばすと、レイターは銃のグリップをぶつけて抵抗してきた。
 違う。レイターの奴、僕の手のひらに銃を押し付けて掌紋個人認証を解除したのか。何てことだ、銃が使える状態になっている。
 
「アーサー、下を見てみな、奴ら集まってきやがったぜ」
 宇宙海賊とおぼしき武装した中型船が停泊していた。大気が環境制御されているようだ。甲板に大型銃を抱えた海賊たちが宇宙服を着用せずに出てきた。レイターと揉めている場合ではない。

 僕たちは金目の物は持っていない。海賊らもわかっているだろう。狙いはこの連邦軍の船か。性能の高い中古船は辺境地域で高く売れる。
 僕たちを殺して船を奪う気だ。レーザー弾が飛んでくる。

 突然、レイターが窓を開けて発砲した。

 ぶれのない美しいフォーム。

 海賊の額から血が噴き出した。いきなり急所を撃ち抜いた。銃を持ったまま巨体がバタリと倒れる。即死だ。僕は思わず叫んだ。
「殺すな!」
「あん?」
「過剰防衛を取られる」
「あんた、甘いな」
 その鋭い眼光は十二歳には見えなかった。  第3話へ続く

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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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