
銀河フェニックス物語<少年編> 自由自在に宙を飛ぶ(8)
一流パイロットだったハミルトンは、自分の何がいけなかったのかと思い返していた。
・銀河フェニックス物語 総目次
・【自由自在に宙を飛ぶ】(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)
「もう少し休めないの?」
と妻が聞いた。今、思えばあれが最初のサインだった。
遠距離航路を希望する機長は少なかった。俺にはすぐ仕事が回ってきた。
仕事は辛い。
だが、報酬はそれに見合ったものだった。
「他の奴ができないなら、俺がやるしかないだろ」
俺は船の操縦が好きだ。やりがいもある。
嫌がらずにどんな仕事も受けた。社内の評価が上がった。
会社にとって俺は都合の良いパイロットだった。それを、俺は期待されていると勘違いしていた。
仕事も、プライベートもすべてがうまくいっていると俺は信じていた。
俺の幻想が崩れたのは一瞬だった。
金属疲労を見落とした宇宙船は、臨界を超えて突然事故を起こす。俺は、家族の変化を見落としていた。
息子が学校へ通うようになった頃のことだ。
地上へ戻った俺は久しぶりに息子と公園で遊んだ。息子と手をつないで帰る。
「お父さんの手は大きいね」
息子の温かさを直接感じる。それだけでうれしい。
「お父さんのこと、好きか?」
「うん、大好きだよ」
俺は幸せだった。
「だって、お父さんは優しいし、何でも買ってくれるし。カネズルなんでしょ?」
無邪気な顔で話す息子の言葉の意味がわからなかった。
カネズル?
一瞬、子どもたちの間ではやっている称賛の言葉かと考えた。いや違う。脳内で変換する。『カネズル』は『金づる』か。
「誰かそんな話をしてるのかい?」
動揺を抑えて精いっぱい優しく聞いた。
「ママとおじさんはいつも話してるよ」
おじさん? 息子はハッとした顔で俺を見た。
妻に口止めされていたのだろう。浮気か。
その晩、俺は妻を問いただした。
そしてわかった。妻は浮気ではなく、本気だった。
「別れて欲しいの」
「そんなことできるわけがない」
俺は初めて妻を殴った。
「どうして? どうせあなたはお金を持ってくるだけ。別れたらあなたはお金を使わなくて済む。私たち夫婦にとって離婚はウインウインよ」
「子供に父親は必要だろう」
「じゃあ、遠距離航路に出るのをやめてくれる?」
「それは俺の仕事だ。この話とは関係ない」
「あなたは、あの子に何をしたというの。父親らしいことって何? たまに一緒に遊ぶこと? あの子が病気になった時には、私は一人で深夜に病院へ連れて行ったのよ。子育てがどれほど大変で辛いか想像したことある? 何でも私に任せて投げてたくせに」
「……」
俺は言い返せなかった。
俺はいつも伝えていた。「お前に任せるよ」と。それは、妻を信頼していたからだ。そう答える以外に、なんと言えばよかったというんだ。
「あの子だって、あなたより彼のことを慕っているのよ」
俺は頭を棒で殴られたような気がした。
俺の愛するかわいい息子。あいつは誰にも渡さない。
息子と話をした。
息子は完全に母親の味方だった。
「ぼくはお母さんと、おじさんといっしょにくらしたい」
何のために自分は生きているのだろう。
何のために働いているのだろう。
「俺は絶対に離婚しない」
そう宣言して俺は仕事に逃げ込んだ。
妻から離婚を求める書類が送られてきたが、サインせずに破棄した。
そんな時だった、密輸の話が持ちかけられたのは。
*
「金のためではありません」
犯行動機を聞かれた俺は、法廷でそう証言した。
給料は十分もらっていた。ギャンブルも無縁。借金もない。
「では、なぜ犯罪に手を染めたのですか?」
裁判長に聞かれて俺は素直に答えた。
「破滅に憧れていたんです」
判決は執行猶予付きの有罪。
貯金をはたいて膨大な額の罰金を支払った。妻は正式に離婚調停を申し立てた。
もう、妻のことは愛していなかった。だが、息子のことは愛している。
一緒に過ごした時間は短いが、俺はこんなにもあいつのことが好きだ。
どうしてそれが伝わらないのだろう。俺は親権が欲しい。
元々は妻の不倫から始まったことだった。
だが、今や俺は犯罪者だ。妻に有利に交渉が進むのが目に見えていた。
起訴された時点で会社は首になった。俺の周りには誰もいなくなった。 (9)へ続く
裏話や雑談を掲載した公式ツイッターはこちら
・第一話からの連載をまとめたマガジン
・イラスト集のマガジン
いいなと思ったら応援しよう!
