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銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第五話(4)最終回 発熱の理由
ティリーの代わりに出掛けたレイターが、大口契約を取り付けて帰ってきた。
銀河フェニックス物語 総目次
<恋愛編>発熱の理由 (1)(2)(3)
<恋愛編>のマガジン
「そのムントル社長が、俺のファンだっつうんだよ」
「あなたのファン?」
「あの親父、S1が好きで、ずっとスチュワートのチームを応援してるんだとさ。俺と話が合っちゃってさ」
この人は前シーズン、宇宙船の最高峰レースS1の最終戦にチームスチュワートのパイロットとして出場し、『無敗の貴公子』と歴史に残るデッドヒートを繰り広げた。
「俺、S1辞めた、ってちゃんと説明したんだけど、そのまま社長室に呼ばれてさ」
レイターはうれしそうだ。なんだかんだ言って『銀河一の操縦士』は、操縦が褒められるのが好きなのだ。
「クライアントを怒らせるのもよくねぇだろ。あの親父、いい客だぜ。燃費がいいってアラマットを勧めたら即決だ」
レイターだから、この条件で契約が取れたのだ。
わたしが必死に徹夜して作った資料は読まれなかったに違いない。不完全燃焼のまま心の奥がくすぶり続ける。
「オーナー社長だからって、契約を精査しないで自分の趣味で決めるなんて、あとでトラブルになるかもしれないわ」
チッチッチ。レイターは人差し指を左右に揺らした。
「あいつ趣味だけで決めたんじゃねぇぜ。ビジネスセンスがある。俺に何て言ったと思う?」
「さあ」
「将軍閣下にもよろしくお伝えください、だとさ」
レイターの後見人は連邦軍の将軍家だ。S1にレイターが出場した際にプロフィールで伝えられたから知っている人は多い。
「ムントルは連邦軍と取引したいそうだ。流石、成金。使えるものはエレベーターですれ違っても逃さない。ウインウインな契約ってことさ」
ハル・ムントル社長のしたたかな笑顔を思い出す。ニュース番組の中で事業拡大のコツについて聞かれ「秘訣なんてありません。皆さまとのご縁のおかげです」と語っていた貪欲な経営者。
連邦軍との取引にレイターのコネクションを使うため、うちの船を言い値で買ったということだ。
「で、ティリーさん、どうする?」
レイターが心配げにわたしの顔をのぞきこんだ。
白い契約カードをじっと見つめる。わたしのプライドは納得していない。けれど、先方の社長のサインが入った契約をやり直すなんてできるわけがない。
「レイターのせいじゃないし、受けるしかないでしょ」
わたしは頬を膨らませながらサインを入力した。
「よかった」
レイターが歯を見せて笑った。こわばっていた空気が一気に緩む。わたしに気を使ってくれてたんだ。
「わたしが拗ねると思った?」
「流石、俺のティリーさん、俺の考えてることがよくわかってる」
レイターの手がわたしの頭に軽く触れる。温かくて気持ちがいい。
そう、わたしは、あなたの彼女で、レイターの考えてることがよくわかる。だから気がついた。
「それで、あなたはムントル社長と、どんな取引をしたわけ?」
「あん?」
レイターがギクっとしたのを、わたしは見逃さなかった。
「悪いことはしない、って約束したわよね」
わたしの愛しい人は、いたずらがバレた子どものように後ずさりながら両手を広げた。
「悪いことなんてしてねぇよ。普通の商取引さ」
「連邦軍への紹介料を取ったんでしょ」
「大丈夫。口外禁止契約にしてあるから、あんたやクロノスには迷惑かけない、三方よしってやつさ」
「そういう問題じゃないの!」
「落ち着けよ。違法なことはしてねぇよ。けど、あの親父、入札情報を流してやったらいくらでもカネ出してくれそうだな」
ニヤリと笑うレイターを見てわたしは叫んだ。
「そんなことしたら別れます!」
どうして、わたしは、わたしの神経を逆なでするような人を好きになっちゃったんだろう。幸せと苛立ちが紙一重のところに存在している。
折角下がりかけた熱が、また、上がりそうだ。
わたしは頭を抱えて再度ソファーへ倒れ込んだ。
(おしまい)<恋愛編>第六話「父の出張」へ続く
<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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