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銀河フェニックス物語<少年編>第八話(10)ムーサの微笑み
久しぶりのオフ。港町公園でギターを演奏しようとレイターがヌイを誘った。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>「ムーサの微笑み」 (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)
<少年編>マガジン
*
僕はただ、空の下でのんびりギターを弾いて歌えば、気持ちいいだろうと思っていた。が、レイターは違ったようだ。
アレクサンドリア号から降りると、レイターは港町公園へ一目散に駆けていった。
子どもは元気だな、と思ったら、ライヴ向きの一番いい場所を陣取っていた。
「ヌイ、青空ライブやるぜ。俺に前座をやらさせてくれ」
とレイターは僕のギターを肩から下げた。
すっかりギターが板について来た。コードで弾くだけじゃ飽き足らず、最近は速弾きにも挑戦している。鍵盤で超絶技巧ができる能力が役に立っている。
前座と言っていたが、どうやら弾き語りをするようだ。何を歌うつもりなのだろう。バルダンの相手をしているから曲のレパートリーはかなり広い。
アルペジオを鳴らす。
短調から入る聞き慣れたフレーズ。おいおい、僕は目を見開いてレイターを見た。本気かよ。
去年、『銀河の歌姫』が大ヒットさせた泥沼不倫のバラード『ギミラブ』。
格調高いメロディだが、実は過激な隠語がちりばめられていて教育上よろしくない楽曲だ。
昼間の公園で歌う歌じゃない。しかも、子どもが……
「”愛しかった人との時間が、今はもう”」
透き通る高音がレイターから流れ出る。
大きな声じゃないのに、よく聞こえる。
歩いている人たちが驚いて足を止めた。いや、これは、僕だって足を止める。
「”貴方を探して、雨に濡れたわ。中に入れてほしいの”」
歌詞に隠された意味が分かって歌ってるのか。際どいエロティックな内容と、歌っている子どもの幼い姿がアンバランス過ぎる。
高く透き通った天使の様な声。なのに、色っぽく情感込めて歌い上げる。不均衡が生み出す不思議な艶めかしさ。
ギターのアレンジが絶妙だ。自分の声を消さない程度にシンプルかつ美しい。
この曲は半音が多い。音程取るのが難しくて有名だ。
しかも、七オクターブの声を持つと称される歌姫の音域を、こいつ、きっちりカバーしている。
「”貴方の優しさは裏切り。私に愛を与えなさい。ギム・ミー・ラブ”」
サビの高音は歌姫さながら、オペラの様だ。『銀河の歌姫』もレイターの母親と同じセントラル音楽学院の出身だったことを思い出す。
小さな身体から、音量いっぱいの声が溢れ出す。正しい発声。その技術だけじゃない。あふれ出す音の波が僕を含めた聴衆の身体の奥底に訴えかけてくる。
引き裂かれる想いを音と詩が紡ぎ出す。レイターの声が描く世界観に魂が揺さぶられる。これは芸術の域だ。
一体誰を想って歌っているのか。
一瞬だけ、音程が狂って声がひっくり返った。絶妙のタイミング。嗚咽で声が震えたように聞こえて、逆に胸を打つ。切ない。
これは技巧じゃない。歌とシンクロしてレイターは本当に泣いている。絶望という心の叫びが伝わってくる。
僕は不倫はしたことはないけれど、辛い恋愛はした。歌と重なる。聞いているこっちまで涙が出そうだ。
十二歳のレイターは、こんな苦しい恋なんて知らないだろうに……
* *
軍曹のバルダンは公園を走っていた。
やっぱり、外の空気はいいな。
広場ではストリートミュージシャンが各所に集い、音楽を奏でている。
ヌイとレイターはどこにいるんだろう。
アーティストによって観客が集まっていたりいなかったりする。
俺の大好きな『ギミラブ』が聞こえてきた。綺麗な透き通った声。
サビを一緒に口ずさむ。こいつはうまい。
歌声につられるように人が集まっていた。
あの曲をこんなに上手に歌うって、一体どんな女性だ。
足を止めて、人だかりの頭越しに覗いてみた。 (11)へ続く
<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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