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銀河フェニックス物語<少年編>第八話(11)ムーサの微笑み

ランニングをしていたバルダンは美しい声に魅かれて足を止めた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>「ムーサの微笑み」 (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10
<少年編>マガジン

* *

 
 『ギミラブ』を熱唱するレイターの背中をヌイは見ていた。

 レイターが歌がうまいことはわかっていた。けど、これだけの人の足を止める表現力には恐れ入った。惹きつけるものがある。プロだった僕の心が揺れる。 

 人だかりの中に、背の高いバルダンの頭が飛び出ていた。僕と目があった。レイターを見て驚いている。

『ギミラブ』が歌い終わると喝采が起こった。
「ブラボー!」

 レイターは深く一礼して僕のギターケースを開いた。手慣れている。次々と投げ銭が飛んできた。

「ヌイ、次は『夏の日の雲』な」

12レイター小@前目にやり逆

「あ、ああ」
 レイターが僕にギターを渡した。

 集まった観客は五十人位か。
 前にここでライヴをした時は、公園の警備担当者が飛んでくるほど人が集まった。僕の歌を聞きたい、というファンで溢れていた。あの頃にこの人数だったら、僕はがっかりしたことだろう。

 今の僕は緊張していた。
 そして嫉妬していた。彼らが僕ではなくレイターが歌うことを期待して集まっていることに。

 でも、ギターを肩からかけた瞬間、もやもやした気持ちは一気に消えた。
 昔の感覚が僕の中に流れ込んでくる。

「みなさん今日はありがとう。こうして出会えたことに感謝して、僕の新曲を聴いて下さい。『夏の日の雲』」
 ピックを握り、前奏を奏でる。

 レイターとのハーモニーから歌は始まる。
 あいつの高音と僕の声が調和を生み出す。聴衆が静まり返る。

ヌイとギター2

 ああ、気持ちいい。

 夏の雲は入道雲。
 僕の心のように狂わしくエネルギーを蓄えてドンドンと膨らむ。
 そして、一気に涙の雨を降らす。でもね、

 ”ほら、雨が上がる。虹ができる。僕の前に”
 サビのハーモニーは天まで届く気がした。


 二番は僕が一人で歌う。

 ボイストレーニングが足りていない僕の声。これが今の僕。
 レイターほど伸びやかじゃない僕の声。

t30ギター3@

 でも、なぜだろう。
 昔の僕より上手く歌えている気がする。がむしゃらだったあの頃の僕より。

「次の曲、いきます」
 僕は赴くままに、僕の中の音楽を解放した。昔のオーソドックスな曲、誰にも聴かせていない尖った曲、僕の中に蓄積されていたソウルが溢れ出て止まらない。

 歌うための楽器は僕自身の身体だ。
 僕を中心に震えた糸がするすると伸びていく。人々に触れて、繋ぎとめる。

 アップテンポな曲は糸の振動が大きくなる。相手の身体もどんどん揺らす。
 誰からともなく自然発生する手拍子が、僕のリズムと共鳴する。

 音楽の女神ムーサは、これでいいと言ってくれる。
 観客とレイターとバルダンと、同じ時を共有する。

バルダンT前目にやり逆

 聴いてくれる人がいるというのは、何と幸せなことか。
 誰に聴かれなくても自己満足で充分だ、なんてウソだ。

 少しでも伝われ! 僕の歌たちよ!

 歌い終わると、暖かい拍手が僕を包んだ。 

 ギターを片付ける僕の前に、女性が笑顔で立っていた。
「ヌイさん。音楽、続けていたんですね」
 年のころは僕と同じぐらいだ。誰だろう。思い出せない。

「えっと……」
「あなたのファンです。七年前、ここであなたのライブを聞いて、アルバムを買ったんですよ。でも、すぐ後に活動を休止されたって聞いて、がっかりしていたんです。活動再開したんですね。うれしいです」
 こんな偶然ってあるのだろうか。

「いや、あの、今日はたまたまで」

「偶然でもよかったです。今日はヌイさんの知らない一面が聴けて、興奮しました。新曲、『夏の日の雲』すごくよかったです。買えますか?」
「いや、あれは」
 売ることなんて考えていなかった。そもそも、ライヴを予定していたわけじゃないのだ。

 と、そこへレイターが割り込んできた。    (12)へ続く

<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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