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銀河フェニックス物語<少年編>第十一話 情報の海を泳いで渡れ(8)
補助エンジンが止まった理由が見つからず、アーサーは小型の磁気爆弾の可能性を考えた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十一話「情報の海を泳いで渡れ」
<少年編>マガジン
張り詰めた空気を、幼く高い声が撹拌した。
「なあ爺さん、制御装置を塩水で洗ってみれば?」
部外者は黙っていろ、とレイターに注意しようとした時、ハインラインさんが手を叩いた。
「それじゃ。前にも似た状況があったぞ」
「デンジゴケで大騒ぎしたんだろ」
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デンジゴケ? 磁気を帯びた粉末が緩く結合した物質だ。宇宙空間に存在し、小型船の計器類に影響を与えることが時にあるが、エンジンを止めたという事例は聞いたことがない。
まさか、こいつが仕掛けたんじゃないだろうな。
レイターが元機関長にウインクした。
「イド海戦の惑星攻撃じゃ、噴出口から入ってきたデンジゴケで戦艦のメインエンジンが止まって、海に落ちた、って言ってたじゃん」
「そうじゃ、それで海の中から敵基地を攻撃したんじゃ」
イド海戦の報告書は読んだ。
「有名な死んだふり攻撃ですね。現場判断で海中からの攻撃に切り替えて成功したという報告があがっていました。でも、そこにデンジゴケについての記載はありませんでしたが」
ハインライン元機関長が照れた笑いをした。
「現場判断と言えば聞こえがいいが、突然エンジンが止まって海に墜落したんじゃよ。幸いなことに海に落ちたお陰でエンジンが復活して、無我夢中で攻撃して勝利したんだ。海水の塩分とデンジゴケが反応して磁気が消えたんじゃな。報告書を出したあとに、デンジゴケが原因の墜落とわかったんじゃが、そのころには現場の死んだふり判断で成功、と持ち上げられていたから報告書の修正をしなかったんじゃ」
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二十年前のイド海戦。正しい報告がなされていなかったとは。当時の司令官の不作為。職務怠慢だ。
*
デンジゴケの探査を調査ロボに指示する。
補助エンジンの起動センサーにデンジゴケが付着していたことが確認された。侵入ルートを解析すると噴出口の隙間から入り込んだことが判明した。デンジゴケを塩水で洗い流して一件落着となった。
宇宙空間を浮遊するデンジゴケと船が接触する確率は低い。噴出口からデンジゴケが入り込み、エンジンを止める確率はさらに低い。これまで、危険な存在とは認識されてこなかった。だが、これは重大インシデントだ。
部屋に戻ると僕はレイターに聞いた。
「デンジゴケのことを、よく知っていたな」
「突然、エンジンが止まるって怖ぇじゃん。なのに、デンジゴケってどの飛行教則本読んでも載ってねぇんだよ。ハインライン爺さんの昔話って貴重だぜ」
レイターは眠そうにあくびをしながら話を続けた。
「あんたは全部記憶するから気が付いているかも知れねぇが、爺さんの話って毎回微妙に違ってんだ。こないだは初めて通信兵が出てきたし。爺さんの手持ちの札を全部つなげた話を知りてぇんだけど、爺さんの頭ん中にしかねぇから、毎回ちょっとずつ聞くしかねぇんだよな」
それで三十二回も聞いているのか。僕はイド海戦の話を三回聞かされた。あらためて記憶を引き出すと、確かに話の構成要素が微妙に違う。レイターに言われるまで気が付かなかった。
ベッドからレイターの寝息が聞こえてくる。
僕は机に向かいアレック艦長へ提出する報告書の作成を始めた。ここで、きちんと対応しておかなくては。
「本案件は軍本部、並びに宙航業界と共有し、デンジゴケが宇宙船のエンジンに与える影響について注意喚起することが必要である」と。
*
基本的にレイターは好奇心が強いのだ。そして、興味のあることについてはしつこいほどねばり強く聞き続ける。似たような話の中の微妙な差異をのがさない。情報への収集欲と感度が高い。
だからだろうか。レイターの周りに情報が集まってくるように見える。
僕はストレートに聞いてみた。
「どうして君のところに情報が集まるんだ?」 (9:最終回)へ続く
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