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永世中立星の叛乱 (第3話) 銀河フェニックス物語<出会い編> 原作大賞応募作品
最初からいい返事がもらえるわけはない。想定内だ。一言も聞き逃すまいとメモを取る。
「金額面でご要望があれば交渉させていただきます」
「そういう訳ではないのです」
「では、どの様な理由でしょうか?」
「理由もお伝えできません」
「基本契約では一方的な解除の場合、違約金が発生することになりますが」
「構いません。お支払いいたします」
記録を取る手が思わず止まる。判断に迷いがない。しなやかな大人の女性。
「これまでの、私共クロノスとの関係に何か不満がございましたでしょうか?」
「いえ、そうではございません」
「でしたら、ぜひ、関係を続けさせてください。御社の素晴らしい技術が弊社をどれほど支えているかお分かりのはず。こちらに改善できるところがあれば何なりとお伝えください」
アドゥールさんは少しだけ顔を曇らせた。
「御社だけでなく、全体的に検査の受注を控えることになったのです。ラールの御心のままに」
「それは、ラール王室からの指示と言うことですか」
「そう、考えていただいて結構です。私たちにとってラールの指示は絶対です」
アドゥールさんは絶対という言葉に力を入れた。
ラールシータは独裁の星だ。部屋に飾られた肖像画をちらりと見る。社長は王弟で、社長秘書室というのはラール王室と繋がった部署だ。これは厳しい。
禍が降りかかり契約は成立しない、という厄病神のジンクス通りの展開になっている。レイターはわたしたちの仕事に全く興味がないのだろう。首を左右に動かし、授業に飽きた子どもの様だ。
成約率百パーセントを誇るフレッド先輩もさすがに苦しい表情をみせていた。先輩は時間を稼ぐ作戦に出た。
「いったん持ち帰らせていただけますか。本社と相談いたします。その上で、明日、あらためてお話させていただきたいのです」
「答えは変わりませんがよろしいですか。それでは、あす十時に本社でお待ちいたします。この後はガロン技師長が地下にある検査場をご案内します」
高重力耐久検査の状況を見て、何とかあすの交渉のヒントを探さなくては。
白衣を着た技師長は優しそうな人だった。
「地下検査場に入るにあたり、こちらのカードにサインをお願いします」
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わたしたち一人一人に首から下げるIDカードが手渡された。
「地下に入ったら、このカードを絶対に身体から離さないで下さい。識別重力制御の個別キーになっているので、誤ってカードを外すと10Gに襲われます」
カードの裏面に「ガーディア社の責任は問いません」という文字が浮かんだ。ぺしゃんこにつぶれた自分を想像し背中に冷たいものが走る。カードがそのまま誓約書になっていた。
「俺のサインは高いぜ」
レイターはバカなことを言っている。わたしよりよっぽど子どもだ。
*
セキュリティゲートの前に立つとフラップが開いた。IDカードを認識して開錠する仕組みだ。
ガロン技師長に続いて一人ずつエレベーターホールへと入る。
「私どもは連邦、同盟を問わず、多くの政府や企業から請け負っており、検査場はフロアごとに分かれております。クロノス様は地下四十二階になります」
エレベーターが動き始める。フレッド先輩が笑顔でガロン技師長に話しかけた。
「ライバル社の未発表船もこの検査場にあるということですね。一目見ることはできませんかね?」
ガロン技師長は真剣な顔で言った。
「お客さまごとに検査場のフロアーは独立しています。御社の地下四十二階以外はご案内できません。このカードもそのように設定してあります。以前、他社のフロアをのぞこうとしたお客様が亡くなられたことがありますので、気を付けて下さい」
先輩の顔が青ざめた。「ガーディア社の責任を問いません」というカードを見つめる。
「我々ラール人は企業秘密を厳守します。重力制御装置の技術が物理的にも経済的にもこの星を支えておりますので、中立と信用が絶対です」
「どこにも属さず永世中立か」
レイターがつぶやいた。
「そうです。そのかわり我々にはラール王室があります。教皇が重力制御装置を管理しこの星の運営を行うことで、どこにも属さなくても我々の星は成り立っています。ラールの御心のままに」
地下四十二階へ到着した。
セキュリティーゲートを抜けて、白衣を着た四、五人の研究員が作業する検査室へ案内された。
大きな窓の向こうに来シーズン発売予定の高級船が置かれていた。実機を見るのは初めてだ。10Gの中をロボットアームがゆっくりと動き回っている。
研究員の一人が先輩に説明をはじめた。
「現在、最終チェック段階です。ここまでの検査はすべて合格ラインに達しています」
「来期の予約はどうしてできないんですか?」
フレッド先輩は何とか理由を調べようとしている。答えにつまる研究員の代わりにガロン技師長が答えた。
「先ほどアドゥールが申し上げた通り、その件については何もお話しできません」
話の途中にレイターが割り込んだ。
「なあ、技師長さん。俺、エアカーに戻りたいんだけどさぁ」
ガロン技師長が困った顔をした。
「ここ女っ気ねぇし」
し、失礼な。
「今、案内できる者がいないのですが、お一人で戻れますか?」
「エレベーター上るだけじゃん」
ガロン技師長がわたしたちの方を見て尋ねた。
「戻ってもらってよろしいのですか?」
わたしもフレッド先輩もレイターがいなくても困らない。それどころか厄病神はいない方がいいと思っているからレイターを止めようともしない。
「では、必ず一階で降りてくださいね。他の階で降りてもゲートは開きませんが、誤って入ると10Gにつぶされますから。気をつけて下さい」
「あいよ」
レイターはエレベーターに乗って駐車場へと戻って行った。
* *
さてと、アーサーが作ったこのIDカード、ほんとに使えるんだろうな。
レイターはポケットからカードを取り出した。こんなところで潰れて死にたかねぇぞ。
俺はボディーガード、警備のプロだ。不審者を見破る仕事。裏を返せばどうすりゃ不審に見えないか分かってる。ネクタイを締め直す。
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敵のアリオロン軍の検査場は地下二十六階。俺はエレベーターを降りてセキュリティゲートに近づく。偽のIDカードだがちゃんと反応してゲートが開いた。
10Gで潰されるのはごめんだぜ。さっき技師長は死んだ奴がいるって言ってたな。慎重に一歩を踏み出す。
ふむ。行けるな。
ま、天才の仕事だからな。あいつと組んだらどこでも泥棒に入れるぞ。
初めて入る場所だが、いつも来ているかのように振る舞う。
ここで働いている奴らは識別重力制御を信じているから不審者は絶対入り込めねぇと思い込んでやがる。10G信仰だな。
警備員は立っているが、この検査場には毎日視察がやって来る。知らない奴が歩いているのが普通だ。その隙をつく。
* *
ティリーは検査についての説明を感心しながら聞いていた。高重力の検査場はソラ系にもあるけれど、これだけ大規模なものはない。
知れば知るほど、ラールシータの重要性がわかる。でも、どうやって契約の継続をお願いすればいいのだろう。
ガロン技師長はこの後、ドーム市内にあるガーディア社の本社に戻るという。
「ガロンさん、車でお送りしますよ。これから市内へ戻るので」
フレッド先輩が誘った。
「お言葉に甘えて同乗させてもらってよろしいですか。次の社内便まで時間が空いていて」
ガロンさんが嬉しそうに笑顔を見せた。
フレッド先輩は親切で誘ったわけじゃない。社内便の時間をこっそりチェックしていた。ガロン技師長から情報を引き出そうとしている。
ガロン技師長を連れて駐車場に戻るとレイターはエアカーの運転席のシー トを倒して寝転んでいた。
「ふああ、お帰り」
お客様がいるのに恥ずかしい。
後ろのシートにフレッド先輩とガロン技師長、わたしは助手席に座った。
エアカーがすぅーっと滑らかに走り始める。銀河一の操縦士を名乗るレイターの運転は確かに上手い。
「どうですかねぇ、ガロンさん。さっきの話だけれど僕たちの来期の契約は」
フレッド先輩が話を切り出した。
「厳しいと思いますよ。ラールのご指示は絶対ですから」
「でも、御社の売り上げにも響きますよね」
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先輩の言葉にガロン技師長はため息をついた。
「そうなんですよ。詳しくはお話できませんが連邦系の仕事を減らしているんです」
「永世中立はどうなっているんですか?」
「……」
ガロン技師長が黙った。
運転しているレイターがチラリと後ろを気にした。チューブ道路の外を代わり映えのしない茶色い平原の景色が流れていく。フレッド先輩が続けた。
「御社の素晴らしい技術はどんどん活用すべきです」
「ありがとうございます。現場の僕たちはお受けしたいんですよ。ここ最近、ラールシータの高重力産業は宇宙船と建築以外は低迷していて、僕たちがこの星を支えているという自負があるんですけどね」
技師長は誰にも話を聞かれないエアカーの中だから気が緩むのだろう。口が軽くなった。フレッド先輩の作戦勝ちだ。
重力制御の技術は近年ラールシータ以外でも進んできて、わざわざ辺境のこの星まで来るのは宇宙船のような大きな製品に限られてきているのだと言う。
そのため、外貨獲得の力が落ちて星系内格差が広がっている。
「でも、私どもにとってラールの指示は絶対ですから仕方ありません」
レイターが口を挟んだ。
「国民議会求めて学生運動が盛り上がってんだろ?」
学生運動のことは初耳だ。最新のガイドブックにも載っていなかった。車内の沈黙に押されるようにガロンさんはゆっくりと話し始めた。
「ええ、そうです。僕の弟も運動に参加しています。両親はびっくりしていますよ。神に逆らうなんて天罰が下ると言って。この星の何かが狂ってきているんです」
これも厄病神のせいなの? 第4話に続く
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