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銀河フェニックス物語<少年編>第十三話 銀行までお出かけしたら(3)
アーサーはレイターを治療したが麻酔をかけ忘れたことを医療兵のジェームズに指摘された。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十三話「銀行までお出かけしたら」 (1) (2)
<少年編>マガジン
*
食堂に人はまばらだった。
定番の『アレクサンドリアカレー』を食べて気が付く。きょうは金曜日だった。
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慣れた辛さが口の中を刺激するが、うまく味わえない。
自分はなぜ、レイターに振り回されてしまうのだろうか。
ジェームズに指摘されるまで麻酔のことを失念していた。自分の経験値が不足していることを自覚する。常に完璧な行動を取ることはできないとしても、最善手が打てなかったことは反省すべきだ。冷静に落ち着いていれば麻酔薬の存在に気が付いたはずなのだ。
焦燥感が判断力をにぶらせた。指揮官として失格だ。
このところ気になっている『お友だち』という言葉。
自分には友人と呼べる関係性の人間が思いつかない。同期のジェームズのことは信頼しているし、友情に近いカテゴリーに位置しているが、友だちと呼ぶには抵抗がある。
「友人がいないのは寂しいだろ」
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とアレック艦長に言われたことがある。だが、その感覚は友を失った者が感じるもので、一度も手にしたことがない者には理解し難いものだ。
銃創を負って帰ってきたレイターを見て、身体の心配より、苛立ちが先に立った。友人でないことの証左と言えるだろう。何があったのかたずねても、答えない態度にさらに腹が立った。
艦に戻らないことを心配していた自分が馬鹿にされたように感じたからだ。
僕は自分が思っている以上に自分本位な人間だな。
食堂の壁面モニターでニュースが流れていた。
先程まで滞在していた惑星のローカルニュースだ。パトカーの赤色灯が目に入る。繁華街の現場から記者が中継していた。立てこもり事件があったようだ。
「犯人が客を人質に立てこもったこちらの銀行では、警察の現場検証が続いています。三億リルの身代金が犯人に手渡されたところで、突然の逮捕劇となりました」
銀行というワードが引っかかりモニターを見上げる。
レイターと別れたあの場所だ。
店内にいたという女性客が興奮しながらインタビューに答えた。
「犯人が現金を受け取ったその時ですよ。男の子が飛び出していったのは」
カレーを食べる手が止まった。
女性の甲高い声が耳に入ってくる。
「その子は現金チャージの列に並んでいて、巻き込まれたんです。とにかく、犯人も油断したんでしょうね。だって十歳ぐらいの男の子ですよ。『危ないっ』て止める間もなく走り出して。犯人が発砲したんですけど、気が付くと、その男の子が銃を奪い取っていたんです。ほんと見事に。後はよくわからなくて。三億リル分のお札が宙を舞っていたものですから……」
ニュースでは、お手柄の少年がいつの間にか立ち去り警察が行方を探している、と伝えていた。
記者のリポートが気になった。
「現場で散らばった身代金三億リルのうち十万リル紙幣が一枚回収されておらず、警察が現在も探しています」
僕は部屋に戻った。
椅子の背に血の付いたレイターのシャツがかけてある。胸ポケットを探るとしわくちゃに丸まった十万リル札が出てきた。紙幣に触れるのは久しぶりだ。
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「俺のだ。盗るなよ」
ベッドの上でレイターがゆっくりと体を起こした。熱っぽい顔はしているが思いの外、回復が早い。
「大丈夫なのか?」
「ああ、手当てしてくれて、ありがとよ」
ベッドの上にあぐらをかいた彼に薬を手渡す。
「化膿止めだ」
「あんた、珍しく親切だな」
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僕が手荒な治療をしたことには気づいていない。彼が元気なのはジェームズが打った痛み止めが効いているからだが、そのことは伝えなかった。
(4:最終回)へ続く
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