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銀河フェニックス物語【少年編】第六話「一に練習、二に訓練 」(まとめ読み版)
教育係のアーサーはレイターと行動を共にすることが増えていた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第五話「誰にでもミスはある」
<ハイスクール編>第九話「早い者勝ちの世界」
<少年編>マガジン
戦艦アレクサンドリア号、通称アレックの艦。
銀河連邦軍のどの艦隊にも所属しないこの艦は、要請があれば前線のどこへでも出かけていく。いわゆる遊軍。お呼びがかからない時には、ゆるゆると領空内をパトロールしていた。
*
「逃げるな、アーサー。俺が相手だ」
またか。僕はうんざりした。
レイターは格闘技の訓練にも顔を出した。食事係のアルバイトである彼が訓練に参加する必要はないのに。
アレクサンドリア号の後部に訓練場はある。
その日は、地上作戦を想定した訓練だった。
白兵戦部隊班長のバルダン軍曹は、大声で騒ぐレイターを止めようともしない。
レイターと初めて遭遇した時、僕が彼に蹴りを入れたことを、彼は今も根に持っている。隙あらば倒そうと狙っている。
今朝も、起き掛けに二段ベッドの上から飛びかかってきた。
「うぉりゃあ」
将軍家の僕は、子供の頃から戦闘格闘技を続けている。
軽く読み切ってかわした。
士官学校でも実技の成績トップだった僕が、素人に負ける訳がない。ましてや三十センチも背の低い同年代の子供になど。
ねばり強いと言えば聞こえがいいが、とにかく彼はしつこいのだ。
レイターに絡まれるたびに、殴り飛ばしたい気持ちを理性で抑える。身に着けた武術を、個人の感情に任せて使用してはならない。
他人に対して鬱陶しい、という感情を生まれて初めて抱いた。
訓練の場だと言うのに、バルダン軍曹は面白がっている。
僕はレイターと一対一で素手で戦うことになった。
「トライムス少尉、大怪我させん程度にな」
多少の怪我は許すと言う意味だ。
戦闘格闘技の訓練だ、蹴ろうが殴ろうが投げようが自由だ。遠慮をする必要はない。ここで力の差をはっきりさせておきたい。
レイターと向かい合った。
他の隊員たちは遠巻きに僕たちを見守っている。
きょうの床材は土で固くない。投げ飛ばしても怪我はしないだろう。風が吹くと砂埃が舞い上がる。
「いつでもどうぞ」
僕は構えた。
レイターはじっと僕を見たまま動こうとしない。「逃げるな」と言ったのは一体誰だったか。こちらから攻めるか。
その時、僕は気がついた。
彼が僕の攻撃を待っている事に。
喧嘩の場数を踏んでいるな。リーチの違いをどうカバーするかを考え、落ち着いて僕の隙を探っている。
じゃあ、乗ってやろう。
僕はわざと隙を作りながら、レイターに殴りかかった。
思った通りだ、彼は低い体勢で僕の隙を狙ってきた。
想定通りにレイターの腕を掴む。
そのまま投げ飛ばそうとした時だった。
「わっ」
思わず僕は目をつぶって声を上げた。
レイターは僕の顔面に砂を投げつけた。片方の目に砂が入った。手の力が一瞬緩んだ隙にレイターが逃げる。
油断した、というか卑怯なやり口。そのままレイターは飛び上がると僕の髪を後ろから力いっぱい引っ張った。
こんな攻撃は受けた事がない。
振り払おうとする僕の手のひらに激痛が走る。レイターが噛み付いた。出血する。
力で引きはがす。
今度は顎を狙った頭突き。想定外のジャンプ力だ。
僕のリーチを活かさせないように飛び込んでくる。接近戦だ。
身体が近すぎて突きや蹴りが出せない。
他の隊員たちが、子どもの喧嘩だと笑っている。
笑い事ではない。士官学校の訓練でも感じたことの無い鋭い気配。
「真剣」という二文字が頭をよぎる。
少しでも気を抜いたら、切られて死ぬ。
動きを封じ込めたいのに、思った以上に素早い。片目が見えなくて遠近感が狂っている。
危ない!
短い間合いからレイターが蹴り込んできた。
レイターの足を、紙一枚のところでかわす。
このまま、好きにさせておくわけにはいかない。
リーチを生かして腕を掴んだ。
「エイやぁっ!」
力任せに振り回すようにして投げる。
レイターの小さな身体を、仰向けに地面に叩きつけた。
その瞬間、首に痛みがはしった。
はあ、はぁ。
僕は肩で息をしていた。
こんな短時間で息が切れるとは。緊張と集中、そして少しの恐怖。レイターの身体が軽いとわかっていたから、強引に投げ技をかけた。
レイターは地面に転がったまま動かない。背中を地面で強く打ったが、怪我はしていないはずだ。
バルダン軍曹が寄ってきた。
「レイターの負けだ」
レイターは寝転がったまま、プイっと横を向いた。
「悔しかったら練習しろ。一に練習、二に訓練だ」
「ちっ」
レイターは砂をはたきながらふらふら起き上がると、そのまま立ち去った。
バルダン軍曹は僕を見た。
「お手本になる、いい戦いだったなぁ。さすが首席の坊ちゃんだ。しっかし、あいつがナイフを持っていたら大変だった」
バルダン軍曹は僕の首を指差して笑った。
首筋に手を当てると血が出ていた。
レイターは僕に投げられながら、僕の首を爪で思いっきり引っ掻いていた。
正確な頸動脈への攻撃。レイターが僕を殺す気だったら、僕は死んでいた。
彼に噛まれた手も痛い。
勝ったとはいえ、僕の方が負傷の程度は大きかった。
バルダン軍曹は隊員たちの方を向いた。
「フフフ、あいつゲリラ兵の様だな。次に、レイターと対戦したい奴いるか?」
手を挙げる隊員はいなかった。
僕は格闘技戦でバルダン軍曹の次に勝率が高い。その僕をあれだけ手こずらせたのだ。
将軍家の跡取りである僕は、幼いころから人を殺すための訓練を受けてきた。
だが、これまでに人を手に掛けたことは無い。
一方、先日、レイターは、僕の目の前で躊躇なく宇宙海賊を撃ち殺した。
あの時交わした会話を思い出す。
「君は、本当は銃を扱えるんだな」
「ダグんとこにいたら、銃ぐらい撃てねぇと」
老舗マフィアで『裏社会の帝王』ダグ・グレゴリー。
「これまでにも、人に向けて銃を撃ったことがあるのか?」
「そりゃそうさ、他に何を撃つんだよ」
僕は様々なものを撃ってきた。練習の的、人型ロボット、無人偵察機、野生動物……
だが、人に実弾を撃ったことは無い。
戦いながらレイターから感じた鋭い気配。あれは「殺気」だ。
殺らなければ、殺される。
マフィアの抗争の中で、彼はこれまでに何人殺めてきたのだろうか。
* *
バルダンの部屋をレイターが訪ねた。
「四十三、四十四・・・」
指立て伏せをしているバルダンの背中にレイターが飛び乗り、胡坐を組んだ。
「なあ、バルダン、どうしたらアーサーの奴、倒せる?」
「四十八、四十九、五十。難しい質問だな。お前のウエイトじゃ、俺の重りにもならんぞ」
「フン」
レイターがピョンと飛び降りると、バルダンは立ち上がった。
「アーサーは体格にも恵まれとるし、ガキの頃からずっと訓練してきてるんだ。この俺が負けることもあるんだぞ。お前が付け焼き刃で戦って、かなう相手じゃない」
レイターは口を尖らせた。
「ちっ、勝たなくてもいいんだよ。一発、蹴りてぇんだ」
「ふむ、じゃあ、極意を教えてやる」
「ほんと?」
レイターが期待の目でバルダンを見上げた。
バルダンは、レイターの目の前に人差し指を立てた。
「いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。一に練習、二に訓練、三、四が無くて、五に鍛錬だ」
「はあ? 秘密の技とかじゃねぇのかよ」
レイターはがっくりと肩を落とした。
「お前、今回、たまたま、床に砂があったから善戦したが」
レイターが手を振りながら遮った。
「たまたまじゃねぇよ。地上戦の訓練だ、ってわかっていたから行ったんだ」
「ほう、策士だな。だが、もうあの目つぶしの手は使えんぞ」
「わかってるよ。あの一回に賭けてたんだ。俺は、アーサーの動きを裏の裏まで見切ってた。全部想定の範囲内だった。だけど、勝てなかった。……あいつ、強かった」
レイターが唇を噛み締めた。
相手の強さを認めることのできる奴は強くなる。こいつは面白い。
「ふむ、お前、最後よくアーサーの首を引っ掻いたな」
「蹴りをはずした後のことは、無我夢中でよく覚えてねぇ」
意識せずに敵の首を狙った、ということか。こいつ、急所を身体で覚えていやがる。
「お前の攻撃はめちゃくちゃなようで無駄がない。一体どこで覚えた?」
「あん? 街だよ」
レイターがマフィアで荒れた街の出だとは聞いていた。
笑って見ていた隊員たちのうち、何人が気付いただろうか。
こいつからほとばしる殺気に。
命ギリギリの喧嘩、ってヤツを俺は久しぶりに思い出した。
レイターをきちんと鍛えてやりたい。
「お前が、街の喧嘩で使わないというのなら、アーサーを蹴れるように俺が教えてやる」
「ほんと? お願いします」
「あとで訓練場へ来い」
「アイアイサー!」
レイターは大げさに敬礼をした。
* *
「逃げるな、アーサー。俺が相手だ」
レイターがまた、僕に突っかかってきた。
彼の突きや蹴りが、日に日に良くなっているのがわかる。レイターは空き時間を利用して、バルダン軍曹に戦闘格闘技を基礎から教えてもらっていた。
僕を倒すためにだ。
興味のあることには執念を燃やす。あまりにも彼らしい。
艦内では隊員たちの間で、彼が僕を蹴ることができるか、賭けが行われているようだ。
レイターは、パワーも持久力もないが、自分の思った通りに身体を動かす、という能力に長けていた。
柔らかい身体を器用に操る。動きが正確だ。
加えて、生きるか死ぬかという修羅場で身につけた、動物的な勘が恐ろしく鋭い。
ある日、廊下ですれ違いざま、レイターが突然、蹴りかかってきた。
僕はすんでのところでよけたが、彼の足先が、僕の軍服を汚した。
レイターは「ちっ」と悔しそうな顔をして、僕から離れていった。
僕は服の汚れを払いながら、嫌な予感に襲われた。狭い廊下で逃げ場が限られていたということはあるが、蹴りの伸びが想定以上の速さだった。
レイターはこのところ指数関数的に急成長している。
一方で、完成系に近い僕の成長曲線はほとんど止まっている。
グラフを重ね合わせると、いつか彼に蹴られる日が来てもおかしくない。
いや、正規の軍人である僕が負けるわけにはいかない。僕は将軍家の人間なのだ。
戦闘格闘技の訓練に自然と身が入る。
バルダン軍曹が笑った。
「いいなあ、同い年のライバルがいるっていうのは」
僕ははっきりと否定した。
「レイターは僕のライバルではありません」
軍曹は間違っている。
ライバルとは同程度の能力を持ち、共に切磋琢磨する相手のことを言うのだ。
と考えたところで、頭がフリーズした。
レイターの現在の能力は、僕よりはるかに劣っている。
だが、潜在的に持つ才能には、計り知れないものがあった。
そんなレイターに追いつかれたくないと研鑽する自分の姿は、彼をライバル視し、切磋琢磨していると言えるのではないだろうか。
そのことに気づいた時、僕は自分で自分に愕然とした。 (おしまい)
<少年編>第七話「初恋は夢とともに」へ続く
<出会い編>から来た方は第三十二話「キャスト交代でお食事を」へ
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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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