銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(31 最終回)量産型ひまわりの七日間
俺は夢見心地で頷く。戦闘機乗りだったモリノ副長が「お前ならS1レーサーにだってなれる」って言ったのは本気だったのか。お人好しの副長。俺はずっとあんたを殺す方法を考えてたってのに。
ジュニアクラスではエース・ギリアムが連戦連勝中だ。
師匠のカーペンターに俺は聞いた。
「俺、エースに勝てるかな?」
「エースの持ち味は強さだ。お前は速いがまだ無理だな」
あれからどれだけ経っただろう。俺はこの艦で戦闘機に乗った。地球にいたころより実機の操縦感覚が鋭くなった。エースを打ち破るイメージが浮かぶ。
だが、ワクワクした気分は一瞬でしぼんだ。表街道を歩くことは、俺が生きてることをダグに知らせるってことだ。楽しい夢は虫けらのように潰される。
ダグと決別した時からわかっていたことだ。
「俺は『銀河一の操縦士』になる。だからこの家から出ていく」
「ほう、『緋の回状』の力は、お前が一番よく知っているよな。この宇宙のどこにも逃げ場はないぞ。戻るか死ぬか、好きにしろ」
戻りたくも死にたくもねぇ。そして、どうにか俺は今、生きてる。今回、俺は死にそうだったらしいが、もっとヤバい危険なところを潜り抜けてここまできた。
アレクサンドリア号にいる間は生きていられる。時間稼ぎにしかならなくても、いや、時間稼ぎこそ俺には必要だ。ガキってのは一人じゃ生きられねぇ。
S1なんて明るい道には近づかず、ダグに気付かれねぇように真っ暗な道をこっそりと歩いていけば、あいつが先に死ぬかもしれねぇ。
アレックはアーサーを見た。
「モリノの提案とは逆に、アーサーからはお前を艦に残してほしい、と頼まれた。こいつが他人に興味を持って、俺に頼んでくるのは珍しいことだ」
あいつは無表情のまま直立不動で立っている。
「アーサー、お前はどう考える」
「レイターは今回、鮫ノ口の機密情報を見つけました。この情報を外で話されては困ります。この艦で監視するのが得策と考えます」
「フン、お前、レイターを残すためににここで話を聞かせたな。策士め」
アーサーの奴。俺を助けようとしてくれている。記憶のバグに気づいた俺に借りを返そうとしてるのか。いや違うな。あいつが考えてるのは社会秩序の維持だ。俺を狙ってダグが動くことを避けたいだけだ。
「だがな、アーサー、このガキはバカじゃない。喋るなと約束させれば守ることのできる奴だ。なんせ、未来のS1レーサー様だ。その芽を摘むのが正しい選択とは思えんな」
「……」
アーサーは無言だ。何か言ってくれ。ダグのことをアレックに正直に説明した方がいいのか。どうするよ、天才軍師。
アレックは無表情のアーサーから俺に視線を戻すと、グイッと俺に顔を近づけた。ギョロリとした大きな目。ダグとは違う凄みに気圧される。
「艦から出るか出ないか、お前が決めろ。レイター・フェニックス。S1のレーサーを目指すもよし、ここで飯炊きのバイトをするもよし、お前の判断が正解だ、と俺の直感が言っている」
真っ暗な道に明かりがともる。ひまわりのコクピットで見たカラフルな3Dモニターのきらめきのようだ。道の両脇で咲けないひまわりが太陽に向けて黄色い花を咲かせていく。俺が生き延びるための道。
アーサーはアレックがどう判断するかわかっていたのか。俺の答えは一択だ。
「これからもこの艦でお世話になりたいです。よろしくお願いします」
思いっきり頭を下げる。
「ほぉ、そうか。S1レーサーよりここがいいのか。変わった奴だ。お前が死んでも俺は責任とらんからな」
アレックの大きな手が俺の頭をくしゃくしゃとなでた。
おしまい