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銀河フェニックス物語<少年編>第十六話(15)感謝祭の大魔術
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十五話「量産型ひまわりの七日間」
<少年編>第十六話「感謝祭の大魔術」(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14)
<少年編>マガジン
「将軍、おめでとう!」
冷やかしの歓声が更に爆笑を誘う。無礼講だ。今日の出し物で一番笑いを取っているのではないだろうか。
もう、どうにでもなれ。
やけを起こすとはこういうことか。私は手にしていたハートのクイーンのカード五十二枚を観客に向けて一気に投げつけた。
「連邦軍に幸あれ!」
気持ちがいいほど飛んでいく。まるで花吹雪だ。快感だ。皆が笑いながらカードを奪い合う。可笑しい。腹筋が揺れ、笑い声を止めることができない。腹の底から笑うというのはこういうことか。
「坊ちゃん、サイコー!」
いつもなら快く思わない言葉だ。だが、今日は私の拙い手品への賛辞に聞こえた。努力が実る実感をこんな形で感じるとは。
最後に私はレイターと手を繋ぎ、もう一度正面に向けて深々と礼をした。
やり切った充実感と共に私は舞台を降り、ヌイとレイターに主役を譲った。
*
プロと言うのは、やはり違う。感謝祭と言う名の隠し芸大会の中で、全てが違っていた。ヌイの歌はレベルも完成度も。
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そこにレイターがコーラスを添える。目立ちたがり屋のレイターが主張しすぎず、ヌイの主旋律をうまく引き立てている。
これはお金を払ってでも聴きたいレベルだ。
途中でレイターがギターをヌイから受け取った。
「バルダンのリクエスト、やります」
ギターの前奏の後、レイターの身体から美しい声が響きだした。
「”愛しかった人との時間が、今はもう”」
銀河の歌姫のヒット曲「ギブ・ミー・ラブ」だ。笑い声が起こった。レイターの幼い姿と不倫を歌う歌詞の違和感は笑いを誘う。
だが、すぐに静かになった。
声変り前のボーイソプラノ。透明感のある澄んだ声が男性への恨みを告げ、艶美な女性のイメージが浮かび上がる。
静かな歌い出しから、誰もが知っているサビへと移行する。
音楽の女神ムーサが微笑んだと言う圧倒的な歌唱力で七オクターブを歌いきる。
「”貴方の優しさは裏切り。私に愛を与えなさい。ギム・ミー・ラブ”」
オペラ歌手の様な声量。あの小さな身体のどこからあふれてくるのか。
聴く者の気持ちが高揚し、心が揺さぶられる。ヌイの言葉を思い出す。レイターは歌なら感情を表現できると。
レイターの初恋の相手ジュリエッタ・ローズが頭に浮かんだ。
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あいつは今、自分の恋愛を歌っている。報われなかった恋。失われた命。あいつが血を吐きながら叫んでいる。命に代えても愛を与えて下さい、と。叶わぬ願いが声とともに宙に消えていく。
思うように息ができない。私は恋をしたことはない。なのに苦しい。あいつと共鳴するのはなぜだ。音楽の女神ムーサが、魔法をかけているのか。
あいつは無意識のうちに自らの経験を芸術へと昇華させている。レイターの母がこの才能を育てたのだ。ヌイが言う通り素晴らしき一流の師匠だったに違いない。
*
レイターは舞台の袖へと下がり、ヌイ単独のオンステージとなった。
感謝祭の最後はヌイの新曲『故郷のあなたへ』だった。
「僕たちの任務はまだまだ続きますが、皆んな無事でいられることを願って」
イントロの後、ヌイの柔らかい声が語りかけてくる。
故郷で待っている人はどうしているだろう。
後ろを向いても星空しか見えない。
街からは遠く離れてしまった。
ヌイの歌声が前線で過ごす私たちの寂しい心の奥を刺激し、普段は忘れている記憶を呼び起こす。月の家で待つ妹はどうしているだろう。
(16)へ続く
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