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銀河フェニックス物語 <ハイスクール編> 花は咲き、花は散る(最終回)
・銀河フェニックス物語 総目次
・<ハイスクール編>マガジン
・「花は咲き、花は散る」(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
「俺をここで死なせてくれ!」
「レイター!」
「俺にはもう何もねぇんだ。俺の家族も俺の夢も未来も・・・生きていても意味がねぇ。フローラと一緒に逝かせてくれ」
レイターの孤独と絶望は伝播した。このままここで彼を死なせてやった方が幸せなのではないだろうか。
父がゆっくりとレイターの前へ進み出て静かに語りかけた。
「レイター、お前はフローラと約束したはずだ」
「約束…?」
「お前は『銀河一の操縦士』になると」
『銀河一の操縦士』と言う言葉が、死へ向かおうとするレイターの心の片隅をつかんだように見えた。
「お前が『銀河一の操縦士』になることはフローラの夢だ。それを叶えるまでお前を死なせるわけにはいかん」
「フローラの夢…」
レイターは自分に託されたフローラの想いに触れるところがあったのだろう。今ここで死ぬべきか逡巡し、身体が固まっている。
父はレイターの指から慎重に銃をはずした。
フローラの棺がゆっくりと宇宙空間へと滑り出た。
レイターの目がうつろにその行方を追っている。
星の周りをまわる棺は、いつしか重力圏にとらえられ、燃え尽きて宇宙の一部となる。
宇宙葬が終わった。
レイターは船を操縦できる状態ではなかった。アレック大佐がレイターの小さな身体を抱きかかえるようにして副操縦席に座らせた。帰りは大佐が操縦した。
* *
中型船は月の御屋敷のエリアに入った。
アレックが将軍付の筆頭秘書官だったころ、ここへは毎日通った。目を閉じていても着陸できる。その時、アレックは思い出した。
十年以上前、インタレス人の奥方様が亡くなった時もこうして自分が操縦したことを。
将軍やアーサーは下船したが、レイターは副操縦席から立ち上がれないでいた。隣の操縦席からアレックは声をかけた。
「おい、レイター、お前に命令を与える」
「命令?」
アレックの顔を横目で見る。アレクサンドリア号を下船して以来、久しぶりに耳にした言葉だった。
「おまえ、アーサーのこと気にしてやれ。おまえも辛いと思うが、あいつも相当参ってるはずだ。アーサーにとってフローラは単なる妹じゃない」
「あん?」
「これで、インタレス人の血を引くものはアーサー一人になってしまったということだ。民族が滅びていくことをあいつ一人が背負うことになった」
「俺に、どうしろってんだ?」
困惑した表情でレイターはたずねた。
「今のおまえは自分のことで精一杯で、余裕は無さそうだが、まあいい。そのことを覚えておいてやるだけでいい」
「…わかった」
*
アレック大佐が帰った後、レイターは久しぶりにアーサーの部屋に足を踏み入れた。相変わらず何もない部屋だ。
アレックが言う通り、椅子に座るアーサーは疲れた顔をしていた。こんなやつれた表情を見るのは久しぶりだ。ここ数日、近くにいたのに全然気づかなかった。
レイターは昔を思い出し、アーサーの目をのぞきこんだ。
「どうした?」
アーサーが怪訝そうな顔をした。
「瞬きしてるかなと思ってさ」
アーサーは記憶の制御ができなくなると、ほとんど瞬きをしない。
「大丈夫だ、もうおさまった」
「ループ再生のバグが起きたのか?」
アーサーが小さくうなずいた。
全ての情報を記憶するアーサーは、感情の許容範囲を超える出来事に遭遇した際、その記憶が制御できず繰り返し眼前に再現されることがある。
「命が消えたフローラを抱いているおまえの姿、悪夢とは言わないが、何度も見た」
「すまん」
「お前が謝ることじゃない。……お前、もしかして私のこと心配してくれているのか?」
「別に。あんたを見張れって、アレックの命令だ」
辛いのは俺だけじゃねぇ。わかっているが、今はどうすることもできない。
ふと、レイターの頭にフローラの棺の中の情景が浮かび上がった。アーサーがおさめたインタレス語の辞書が記憶を揺さぶる。
レイターはインタレス語を口にした。
「もし、あなたがインタレス語を話したいのなら、わたしに話しかければいい」
「なっ?!」
その美しい調べを聞いたアーサーは思わずレイターを見つめた。
どうしてレイターがインタレス語を? 絶滅民族の言葉なぞ皇宮警備でも教えない。
レイターの口調はフローラが話すイントネーションそのままの発音だった。
* *
レイターは銀河共通語でフローラとのやりとりを語りだした。
「フローラはさ、『新婚旅行の準備だ』っつって、俺に熱心にインタレス語を教えたんだ。俺は、どうせ誰も使わねぇじゃん、って言ったんだけど、あいつは必死だった。フローラは、こう言ったんだ『これは秘密の言葉で暗号にも使えるの。いつか、お兄さまとも話してみてね』ってな。俺は『ばっかばかしい』って笑い飛ばした。あいつの本当の気持ちに気づきもしねぇで…」
レイターはそこで苦し気に言葉を詰まらせた。
インタレス語の会話は消滅していなかった。レイターは他言語の習得能力が高い。
「ありがとう、レイター」
私はインタレス語で謝意を示した。
「礼を言うなら、フローラに言ってやってくれ」
レイターもインタレス語で応えた。
瞼にフローラの顔が浮かんだ。白昼夢だが悪夢ではない。
フローラはレイターの中にインタレス語を生かしておいてくれたのだ。
「……ありがとう、フローラ」
フローラの名を母国語で口にすると目の奥が熱くなった。
涙がこぼれ落ち、頬を伝った。あふれ出る涙を自分の意思で止めることができない。
人体の六割は水分でできている。このまま涙を流し続けたら、人は脱水症状を起こして死ぬことができるのだろうか。
そんなことはない。あれだけ泣いたレイターですら死ねないのだ。
泣き続ける私にレイターはアンタレス語ではっきりと告げた。
「俺は、フローラに約束したとおり、銀河一の操縦士になる」
レイターの顔を見ると決意のこもった瞳で私を見つめ返した。
「そんで、あんたをインタレスへ連れてってやる」
その時、私は気がついた。
フローラが私のために未来を残してくれていたことに。
(おしまい) 時系列では次の話は
<裏将軍編>第一話「涙と風の交差点」ですが、
<出会い編>第三十九話「決別の儀式」へ続きます
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