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銀河フェニックス物語<出会い編> 第四十一話(17) パスワードはお忘れなく
レイターが諜報部員だという秘密をチャムールが知っていた。それを聞いたティリーは不快感に襲われた。
・銀河フェニックス物語 総目次
・第四十話 まとめ読み版① (11)(12)(13)(14)(15)(16)
特命諜報部のことは家族にも話してはいけない機密なのだから、わたしが知らないのは当然で、チャムールは将軍家のアーサーさんと結婚を前提につきあっているのだから、知っていても不思議じゃない。
チャムールに怒るのは筋違いだ。怒り? 怒りじゃない。嫉妬だ。
レイターのことは、わたしの方がよく知っていると思っていた。
でも、全然わかっていなかった。
厄病神のその本当の理由も。
チャムールがコーヒーに砂糖とミルクを入れた。チャムールは甘党だ。かきまぜながら、わたしの顔を見た。
「ティリーに伝えたかった。レイターが特定の人とつきあわないと言っているのは、フローラを忘れられないということもあるのだけれど、それだけじゃなくて、特命諜報部員ということもあるのよ。危険な仕事だし、特命諜報部であることは家族にも言えない」
チャムールはずっとわたしに話したかったのだろう。
いつもより饒舌だった。
「家族にも言えないことを、どうしてアーサーさんはわたしに話したの?」
「将軍家の特権」
と言ってチャムールは少しだけ笑った。
「レイターは自分が諜報部員だという秘密を持って女性とおつきあいをすることはできないと考えているわ」
前にベルから出張先で聞いた話が頭に浮かんだ。
レイターが特定の彼女を作らないのは、亡くなったフローラさんのこと以外にも理由がある、と本人が言っていたと。
ずっと気になっていた。それが、これだ。
「ティリーは、レイターがフローラの余命について聞かされていなかった話って聞いてる?」
「うん」
とまどいながらうなずいた。
あれは、将軍の就任二十周年パーティでレイターと月のお屋敷へ出かけた時のことだ。
壁に飾られたフローラさんとの結婚写真を見ながら、彼は辛そうな顔で口にした。
「アーサーは知ってたんだ、フローラの命が長くないって。俺は…バカ息子だから知らされてなかった」と。
チャムールはコーヒーを一口口にしてから続けた。
「レイター自身が最愛のフローラの隠し事に傷ついたから、交際相手に秘密を抱えた恋はしたくないのだろうって、アーサーは分析している。だから、ティリーともつきあえない、って彼は自分で決めつけてるのよ。アーサーはレイターに幸せになってほしいと思ってる。だから、お父上の将軍にレイターが諜報部員であることをあなたに伝えることを以前から了解取っていたの。レイターをフローラの呪縛から解き放ちたいのよ。レイターはティリー、あなたを愛してるのだから」
愛してる、という言葉を聞いた瞬間、胸がドキンとなった。
『ティリーさん、愛してる』
レイターの声が耳の奥で聞こえた気がした。
「レイターはね、宇宙が崩壊してもティリーを守る、ってアーサーに言ったそうよ」
「えっ?」
「あなたが人質に取られたら、パスワードでも何でも敵側にばらすんですって」
チャムールの話からわかった、レイターはきちんとアーサーさんに説明したんだ。キーパスワードを明かしたのは自白剤ではなく、わたしを人質に取られたからだということを。
また一つ肩の荷が下りた。
それにしても、宇宙が崩壊してもわたしを守るって、まるでプロポーズだ。
ほんのりと湧き上がってくるうれしさを封じ込めて応じる。
「ま、わたしを守るのはレイターのお仕事だからね」
チャムールがわたしの目をじっと見つめた。思慮深い彼女の瞳がいつもと違う色に見えた。
「ティリーがうらやましい」
「え?」
チャムールがわたしをうらやむ理由に心当たりがない。
「アーサーはね、私が人質にとられても、軍のパスワードは漏らさない。たとえ私が目の前で殺されても」
「そ、そんなことないでしょ。アーサーさんはチャムールのこと愛してるんだし」
わたしはあわててフォローした。けれどそれが空虚に空回りした。
「将軍家でなければね…」
チャムールはさびしそうに続けた。
「つきあう前にアーサーから言われたの。連邦軍かわたしのどちらかを選択することになったら、軍を選択します、あなたを守ることはできませんって」
「知らなかった…」
チャムールとアーサーさん。お似合いの二人はいつも仲睦まじくて、お互いを信頼していて、わたしはうらやましかった。
「私はアーサーのそういう所も含めて好きなの。だから、あの人のためになら死んでもいいと思ってる。でも、やっぱり本音ではティリーがうらやましい」
わたしは言葉を無くした。チャムールの覚悟に。 (18)へ続く
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