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銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第六話 父の出張(19)
レイターが打つ球にティリーの元カレのアンドレが追い付けないでいた。
銀河フェニックス物語 総目次
<恋愛編>第五話「父の出張」① ② (12)(13)(14)(15)(16)(17)(18)
<恋愛編>のマガジン
努力家のアンドレ。彼は真面目で何に対しても一生懸命で、そんな誠実なところが好きだった。
レイターほどの天才じゃない。
でも、彼は一歩ずつ進むことで乗り越えてきた。だからきっとこのままでは終わらない。
レイターの球を打ち返したアンドレの返球がわたしの正面に飛んできた。さあ、ボレーだ。
ラケットを前に出す。
あ、空振り。次の瞬間、身体に衝撃と痛みが走った。
息が詰まる。打ち損ねた球がみぞおちを直撃した。吐きそう。お腹を押さえて座り込む。
レイターがわたしの横に腕を組んで立った。
「あんた、ほんと、どんくせぇな」
それが、彼女にかける言葉だろうか。
その時、
「ティリー、すまない」
アンドレがネットを飛び越えて駆け寄ってきた。
「大丈夫かい?」
そのままアンドレはしゃがみんでわたしの背中をさすった。懐かしい、シトラスの香り。アンドレのシャツから漂う柔軟剤の匂いが時間を引き戻していく。
「う、うん。大丈夫」
わたしたちを見下ろしながら、あきれたようにレイターが言った。
「あんなへなちょこだま、ゆっくり息吐きゃ平気だろが」
アンドレが声を荒げた。
「君、彼氏なんだろ! ティリーのことが心配じゃないのか?」
ベンチでティリーの父親も怒っていた。
「ほんとにあいつは何て奴だ。アンドレ君はあんなに心配しているのに」
「まあまあ、お父さん」
横から母親がなだめる。
*
アンドレに支えられながらゆっくり立ち上がると痛みも吐き気も引いていた。レイターの言うとおりだ。大したことはなかった。ただ、ちょっとぐらい気を使ってくれてもいいのに、と腹が立った。アンドレは昔と変わらず優しい。
「ありがとう、アンドレ。もう大丈夫」
「無理するなよ」
レイターが鼻で笑った。
「けっ、敵に無理するなとは、笑わせるぜ」
「レイター!」
わたしは思いっきり睨みつけた。心配してくれたアンドレに失礼だ。
「フン。ったく『無理するな』は俺が言う台詞だろが」
背を向けたレイターのつぶやきが、かすかに風に乗って聞こえた。
試合が再開した。
暑さに体力を奪われる。
わたしは更に調子をくずして、レイターの足を引っ張ってばかりいた。ボールが当たったせいではない、単なる運動不足だ。ハイスクールの頃は平気だったのに、すぐ息が切れる。足が重たくて思うように走れない。明日は筋肉痛が確定だ。
レイターがわたしの守備範囲までカバーしてくれている。
でも、少しずつ押されている。
レイターの剛速球にアンドレが食らいついているからだ。
* *
いつものアンドレと違う、とリオは感じていた。粘り強いのはいつものことだけれど、きょうは執念のようなものを感じる。
「アンドレ、あなた、ムキになってない?」
「そうかもな。負けたくないんだ」
ティリーの前で無様な姿は見せたくない。でも、それだけじゃない。
*
ハイスクールの頃、女の子と何を話していいのか僕はよくわからなかった。男同士なら馬鹿話もできる。硬派な政治の話も好きだ。けれど、芸能やファッションの話題には疎く、女の子が喜ぶ話というものが想像できなかった。告白されても、受け入れられないでいた。
そんな中、たまたま同じテニス部のティリーとS1レースの話になった。
ポニーテールが似合う彼女は、テニスの腕はそれほどではないけれど、後輩の面倒見も良くクラブのムードメーカーだった。
僕は子どもの頃からS1が好きで観ている。ティリーとならいくらでも話すことができた。実際のところ、彼女が好きなのはS1というより、『無敗の貴公子』エース・ギリアムだった。
ただ、推しに関することならどんなことでも知りたい、という貪欲さから、彼女はどんどんとレースそのものへの興味を深めていった。機体の性能や構造といった話にもついてくるようになった。
S1の翌日は、テニスの練習後にレースの感想を話し合う。身振り手振りを交えてしゃべる姿がかわいくて、その時間が待ち遠しくてたまらなかった。もっと彼女と話したい。
僕は交際を申し込んだ。ティリーは驚いていたけれど僕の申し出を受けてくれた。 (20)へ続く
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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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