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銀河フェニックス物語【出会い編】 第七話 真っ赤な魔法使いはパズルもお得意(一気読み版)
<これまでのお話>
第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話
「ジョンソン様、クロノス社のティリー・マイルドでございます。ご挨拶に伺いたいのですが、近く、ご都合の良い日はございませんか?」
ティリーは通信モニターに営業用の笑顔を見せた。初めての相手は緊張する。
「そうだなぁ、今度の日曜の午後は家にいるよ」
アポイントは取れそうだ。
宇宙船メーカーの営業であるわたしは、ソラ系へ引っ越してきたジョンソンさんの担当を、引き継ぐことになった。
「五年前に購入頂いた小型船の状態はいかがですか? 買い替えをご検討でしたら、試乗できる船をご紹介しますが」
前任者の引き継ぎメモを見ながら会話を進める。
「うーん」
気乗りのしない返事に嫌な予感がした。
「燃費のいい船を探しているんだよね」
わたしは息を飲んだ。燃費のいい船。今、ライバル会社のギーラル社が新型船の『ハール』を絶賛売り出し中だ。
悔しいことに同じランクの弊社の船と比べて燃費が抜群に良くて、ハールは月間売り上げでトップをキープしていた。
ジョンソンさんは間違いなくハールを意識している。
「わかりました。燃費のいい船を見繕っていくつかカタログをお持ちします」
*
モニターの画面が消えると、わたしは大きなため息をついた。
隣の席のベルがわたしを見ながら言った。
「アポイント取れたの良かったじゃん」
「聞こえてた?」
ベルはうなづいた。
「『ハールとの戦い』だね。わたしの仇を打ってね」
先週、ベルは『ハールとの戦い』に敗れた。
「あの燃費の良さは手強いよ。研究所が大慌てで対策考えてるけど」
*
配船係のメルネさんの嫌がらせだろうか。
「はぁい、ティリーさん。よ、ろ、し、く」
日曜日、指定された駐機場に停まっていたのはフェニックス号だった。
『厄病神』のレイターがわたしに手を振った。わたしはため息をついた。
「レイターの船だなんて聞いてないわ」
「俺もさっき聞いたんだ。お休みの日も俺のティリーさんと仕事ができるなんて、運命の赤い糸じゃねぇの」
「やめて下さい」
気持ちが塞いでいく。
厄病神のフェニックス号で出かけると契約が成立しない、というのが営業部のジンクスだ。前回の出張では、レイターと一緒にハイジャックに巻き込まれた。
これから『ハールとの戦い』だというのに、出かける前から負けを宣言された気分だ
*
宇宙空間へ出たフェニックス号の居間でレイターがわたしに聞いた。
「ティリーさん、ハールと戦うんだって?」
「そうと決まった訳じゃありません。先方が燃費のいい船を探しているだけです」
「ハールは燃費だけはいいからな」
手にしたうちの会社のデジタルカタログを見比べる。どの船も性能はハールよりいいと思うけれど燃費では勝てていない。
「ハールを欲しいって奴はケチだから、俺なら『ラムベル』勧めるぜ」
「ラムベル?」
ラムベルはハールと同じランクだけれど燃費はそんなに良くない。
良く言えばシンプル、悪く言えば平凡。定番の船だ。
「三年後にわかるさ」
「どういうこと?」
「ジョン・プーとも話したんだけどさ」
ジョン・プーとは研究所のジョン先輩のことだ。
「ハールは船の寿命が短い」
「え?」
「燃費のために軽くしてかなり無理した作りだ。おそらく、来年辺りから故障船が続出するぜ。だから、じっと待ってればいいのさ」
「その反対が、うちのラムベルってことなのね」
「そっ」
ラムベルは耐用年数が長い。長い目で見れば確かにお得な船だ。とりあえずラムベルのパンフレットも持って行こう。
「ハールがすぐに壊れるっていう証拠はあるの?」
「研究所が必死に耐久テストやってるが、結果が出るのはまだ先だな」
宇宙船お宅のレイターの情報はおそらく当たっている。ハールには耐用年数という弱点がある。
でも、まだ、研究所でも裏が取れていないということだ。
「折角の情報だけど武器にはならないわね」
「嘘でも何でも、売るのが営業のお仕事だろ」
「嘘はだめです」
「ティリーさんは相変わらずお行儀がいいねぇ。多分、ギーラル社の奴らはわかってるぜ。公表してる耐用年数は捏造だって」
嫌な気分だ。相手が嘘をついているとしても、嘘はつきたくない。
*
ジョンソンさんの自宅近くの駐機場にフェニックス号を停め、レイターが運転するエアカーで自宅へ向かう。
こじんまりとした一戸建てのジョンソンさん宅に着くとレイターが楽しそうな歓声をあげた。
「ほ、ほう」
「どうしたの?」
「ティリーさんの敵はハールだけじゃなさそうだぜ。ほら、隣のエアカー見てみなよ」
隣に駐車していたエアカー。ドアに貼られたステッカーに目が吸い寄せられる。
赤い髪の魔法使いが箒にまたがったマーク。
この業界で知らない者はいない。『ギーラル社の魔法使い』ケバカーン氏のエアカーだ。
ライバル会社ギーラルの男性トップ営業マン。魔法を使ってどんな船でも売るという。
魔法使いがハールを売る。これじゃ鬼に金棒だ。
目の前が真っ暗になる。『厄病神』が戦う前から発動している。
「はあぁ」
わたしは深いため息をついた。
*
ジョンソンさんの家の玄関からスーツ姿の『魔法使い』が出てきた。二十代後半のケバカーン氏本人を見るのは初めてだ。
わたしと背の高さは変わらない。小柄なリゲル星人。
真っ赤な髪の毛が印象的だ。普通の赤色じゃない。蛍光赤色だ。
「よう」
レイターが魔法使いに声をかけた。
「おや、レイターさん。お久しぶりです、営業ですか?」
どうやら知り合いのようだ。
「いやいや、僕ちゃんは銀河一の操縦士。営業はこちら」
レイターに紹介されてわたしは挨拶をした。
「初めまして、クロノスのティリー・マイルドです」
魔法使いはさわやかな笑顔を見せた。
「僕はギーラルのケバカーンです。こんな素敵な女性が僕のライバルだなんて光栄だなあ」
一瞬心がはずんだ。「素敵な女性」だなんて、口から出まかせ、白々しいお世辞に決まっている。
なのに、なんと自然に心をつかむのだろう。これは魔法だ。
あわてて気持ちを締めなおす。
「こちらこそ、お手柔らかにお願いいたします」
*
お客さまのジョンソンさんは三十代後半の独身男性。引継ぎメモには少々偏屈、とあった。緊張しながらあいさつをする。
「クロノスのティリー・マイルドです」
「ティリーさん、僕は、経済的な観点から船を選びたいんだ」
いきなり本題に入った。かなり合理的な人のようだ。
「だから、相見積もりはきちんと取ろうと思ってる。それでギーラルの人も呼んだんだ。面白い人だったよ。今来た真っ赤な営業マン」
「そうでしたか」
不安を感じながら相槌を打つ。
ギーラルの魔法使い。
あの、燃えるような赤毛は一度見たら忘れないインパクトがある。
一体どんなセールストークを展開したのだろう。
「ハールは燃費がいいから、僕の希望に沿うんだよね。僕、フリーのエンジニアなんだ。だから、収入が不安定でね。君みたいな大企業に勤めてる人にはわからないと思うけど」
「い、いえ」
わたしは慌てて首を振る。
「節約できるところは節約したいんだよ。だから、燃費は大事。ランニングコストがかからないっていうのはいい」
わたしはパンフレットを数冊並べた。
「弊社の燃費のよい船をそろえてみました」
「ふむふむ」
ジョンソンさんは燃費のコーナーを重点的に見ている。困ったことにどの船もハールより燃費は悪い。
「ふーん、さっきの彼も言っていたけれど、やっぱりハールはずば抜けて燃費がいいんだね」
胃が引っ張られるような感覚に襲われる。
燃費では負けてます。でもハールの耐久性は低いです。という言葉がのどまで出かかる。
弊社で一番燃費の良いアラマットを推してみる。
「こちらの船はハールよりは燃費が落ちますけれど、操縦性も安全性も格段にいいんです」
説明するわたしを遮るようにジョンソンさんが言った。
「そういうところは求めていないんだよね。あと、知りたいのは価格かな」
「は、はい」
パンフレットに価格は載せていない。急いで価格表を取り出す。
基本的にわたしが勤めるクロノス社の船は値段が高い。
今回はハールに苦戦しているため、値引き率を普段より多く設定してあるのだけれど・・・。
「このぐらいになります」
アラマットの価格表を見せる。
「ふ~ん」
反応が悪い。魔法使いはハールを一体いくらで提示したのだろう。価格表の別のページを開いて補足する。
「今でしたらこちらのシートカバーですとかこのあたりのオプションを無料でお付けできます」
「僕はオプションとかいらないんだよね」
スパンと断られた。
この交渉は厳しい。そもそも燃費重視じゃハールに太刀打ちできない。
厄病神のせいだ。
本体の価格はぎりぎりだけれど、課長と相談したらもう一声何とかなるかもしれない。
「では、お値段について、本社でもう一度検討して参ります」
「じゃあ、来週、この船持って来て」
ジョンソンさんはアラマットのパンフレットを指さした。
「さっきの彼にもハールの試乗をお願いしたんだ。だから乗り比べようと思う」
身が引き締まる。ギーラルの魔法使いと直接対決ということだ。
*
ジョンソンさんが思わぬことを聞いた。
「君、パズルは解くかい?」
「パズル、ですか」
引き継ぎメモを思い出した、ジョンソンさんの趣味はパズルだ。
ジョンソンさんがマスに数字が描かれたものをプリントアウトしてわたしに手渡した。
「さっき、ギーラルの彼にも渡したんだ。僕、銀河パズル協会の会長をやっていてね。これ、僕が作った問題だよ。是非解いてみてくれ」
この問題を解かないと船を買ってもらえないのだろうか。心配するわたしにジョンソンさんが笑顔で言った。
「別に正解した方の船を買うって訳じゃないけれど、見積りが同じレベルだったら、解けた方買おうかと思ってさ」
責任重大だ。あわてて問題を見た。
わたしたちアンタレス人は数字に強い。十桁の四則演算の暗算ぐらいは小学校へ上がる前にできるようになる。
マスに入った数字から法則性が見えてきた。空いたマスに数字を記入する。
「ほお」
ジョンソンさんが目を見開いた。
「そっか、君、アンタレス人だもんね。やっぱりこの問題は止めよう」
「え?」
「こっちにしよう」
ジョンソンさんが新たな問題を出した。三次元ホログラムで細かく描きこまれた図形だった。
「さあ、この中に立方体がいくつ隠されているかわかるかな?」
三次元の奥まで手が込んだ作りだ。これはすぐには解けない。
後ろにいたレイターが寄ってきた。
「俺もやっていい?」
ジョンソンさんが不敵に笑った。
「どうぞどうぞ。僕の作った問題だよ」
「ふむ」
いつもふざけているレイターが真剣な顔をして問題を凝視した。珍しい。
「263個」
さらっと、レイターが答えた。
「当たりだ」
ジョンソンさんが驚いている。わたしも驚いた。
「どうしてレイター、こんな問題解けるの?」
「あん? 俺は銀河一の操縦士だぜ」
意味がわからない。
「パズルとどんな関係があるわけ?」
「毎日、三次元の宙航座標見て裏側の計算もしてんだ」
ああ、そうか。
ジョンソンさんが拍手をした。
「素晴らしい。じゃあ、君たちにお願いがある。僕が解けないような難しいパズルを作って来週持ってきてくれたまえ」
「ええっ?!」
「よろしく頼むよ。ギーラル社の彼にもお願いしたんだ。僕はパズルに充てる時間を作るためにフリーランスで仕事をしていてね、パズルは僕の人生なんだよ」
パズル協会の会長に解けないような問題なんて作れっこない。
帰りの船で落ち込むわたしにレイターが軽く言った。
「俺に任せとけよ。木曜の晩、フェニックス号に最終兵器を用意しとくから」
*
翌日、隣の席のベルが同情した顔で話しかけてきた。
「厄病神はすごいね。ハールに魔法使いが乗ってたんだって? 噂になってるよ」
わたしはため息をついた。
「それって、わたしの負け確定って噂?」
ベルは否定せず、思わぬ言葉を続けた。
「よかったじゃん。うらやましいよ」
「うらやましい?」
意味がわからない。
「だって、ハールに魔法使いだよ。売れなくてもティリーのせいじゃないよ」
「そっか」
力なくわたしは相槌を打った。釈然としないけれどベルの言う通りだ。
「魔法使いに会ったの?」
ベルが興味津々で聞いてくる。
「挨拶しただけだけどね」
「どうだった?」
さわやかな笑顔で『素敵な女性』と口にするケバカーン氏とのやり取りが真っ赤なイメージとともに蘇った。
「流石だったわよ、わたしも魔法をかけられちゃったわ」
「すっごい、人たらし、って噂だもんね」
人の心をつかむ天才。あの人なら価値の無い石ころだって魔法をかけて売るのだろう。
*
その魔法使いと戦うために、わたしは課長に値下げの相談をした。
「アラマットを値引きしてジョンソンさんに販売したいのですが」
「これでギリギリの価格だとわかってるよね」
課長は渋い顔をしている。
「ハールより値段を下げないと売れないんです。ジョンソンさんはオプションはいらないと言っているので、オプション分の値引きができないでしょうか?」
言葉に力が入る。もうこの手しか思い付かない。
「ティリー君、相手はハールに乗った魔法使いなんだろ」
「は、はい」
「その値引きで勝てると思うかい」
「え?」
頭が固まった。
オプション分の値下げ、それしか手はないけれど、それでジョンソンさんを納得させられる自信はない。
課長は諭すように言った。
「オプション分の値下げをクロノスがしていると言う話が広まると困るんだよ。だから値引きできるのは、これ位だ」
課長が示した数字を見た瞬間、焼け石に水、と言う言葉が浮かんだ。
わたしは叫びくなった。
ハールと戦うのに、魔法使いと戦うのに、これでは武器になりません! わたしに死ねと?
でも、どうしようもない。課長はこの戦いをあきらめている。
そして、課長の言うことは正しい。
「わかりました」
わたしは意気消沈しながら席へと戻った。
*
更に、わたしに追い討ちをかける連絡が入った。研究所のジョン先輩だった。
「ティリーさん、魔法使いと対決してるんだって?」
「はい」
「彼は一体何をしようとしてるんだい?」
質問の意味がわからない。
「ハールを売ってますけど」
「ギーラルの研究所が大変なことになってるんだ。スーパースペシャルコンピュータを魔法使いが独占して、難解なパズルを作っているらしい」
「えええっ?!」
魔法使いは徹底的だ。顧客のニーズをあまねく満たすつもりなのだ。
ジョンソンさんは言っていた「パズルは僕の人生」と。
流石だ。
ケバカーン氏の真っ赤な髪と笑顔が頭に浮かぶ。彼はただ人あたりがいいだけじゃない。努力しているのだ。
わたしだってできることはやらなくては。
ジョン先輩に聞いてみた。
「うちの研究所のコンピューター使って、パズル作ってもいいでしょうか?」
「あはははは」
ジョン先輩が笑いながら答えた。
「何言ってるのティリーさん? そんなことできるわけ無いじゃん」
一笑に付された。
全身の力が抜ける。わたしには武器も何もない。でも、このまま何もせずに負けるわけにもいかない。
わたしの取り柄は真面目と努力。
とりあえず、難問パズルの本を購入した。
数学的なパズルは結構いける。わたしは数理能力に秀でたアンタレス人なのだ。パズルの一つや二つ、作れるかも知れない。
しかし、そんな甘い世界では無いことにすぐ気がついた。
解くのと作るのは大違いだ。
何と言っても魔法使いは研究所のスペシャルコンピュータを使って作成しているのだ。
*
打つ手がないまま、木曜日になった。
レイターが最終兵器を用意すると言っていたから、会社帰り、期待しないでフェニックス号へ行く。
と、そこに、最終兵器がいた。
「こ、こんばんわ」
恐縮しながらあいさつをする。
将軍家の御曹司であるアーサー・トライムスさんが居間のソファーに座っていた。
アーサーさんは銀河一の天才軍師だ。
「こんばんわ、ティリーさん」
物腰柔らかで、長い長髪を後ろで束ねているその姿は、軍人らしくない。
「天才の脳みそはこういう時に使わねぇともったいないだろ」
アーサーさんはレイターと昔から付き合いがあり、先日、ハイジャックに襲われた時には助けに来てくれた。
「難しいパズルを作ればいいのか?」
アーサーさんがレイターに聞いた。
「ああ、超難問を頼むよ」
「数学的なもの、言語的なもの、どんなものがいいんだ?」
「俺とティリーさんが得意な数学的なもので頼むぜ」
「お前は文学的才能はゼロだからな」
「うるせぇ!」
アーサーさんが何やら数式を書き始めた。二箇所に空欄がある。
「ここに入る数字を求めよという問題だ。どうだ?」
難解と言うか、式も問題の意味すらよく分からない。
「おい、アーサー、何じゃこりゃ?」
「ヒントは、先週、数理学会で発表された新説エレフランの解だ。挿入して解析すれば、解けるだろ」
「パズルじゃねぇだろ、それは。単なる数学の問題だ!」
「お前が超難問と言うから作ってみたんだ。これが解ければキンドレール数学賞が取れるレベルだな」
キンドレール賞って世界最高峰の数学賞だ。
「俺が解けなきゃパズルじゃねぇんだよ」
「百年かければ解けるだろう」
「・・・あんたねぇ」
「冗談だ」
「はぁ」
レイターがため息をついた。冗談というには面白くない。
「難しいな」
アーサーさんが眉間にシワを寄せた。
そして、わたしが買ったパズルの本を手に取った。パラパラとめくる。
その時間、三秒程度。
レイターがアーサーさんを指差して言った。
「ティリーさん知ってる? こいつインチキ何だぜ」
インチキ?
「今ので読書完了なんだ」
「え?」
「すべてのページが頭にインプットされて、しかも、一度見たものは二度と忘れねぇ。アーサー、二十五ページに何が書いてあるか言ってみろよ」
わたしはアーサーさんに見えないように二十五ページを開いた。
アーサーさんは一言一句間違えず文章題を読み上げ、ついでに答えも言った。
解答は別冊になっていてアーサーさんは見ていない。
今、解いたんだ。
すごい。天才とは聞いていたけれど。手品でも見ているようだ。
「インチキだろ」
茶化すレイターにアーサーさんが口を尖らせて応じた。
「民族的に情報処理方法が違うんだから仕方ないだろう」
「こいつ、絶滅民族インタレス人の末裔だからな」
将軍家に嫁いだアーサーさんの母親が高知能のインタレス人と言う記事を見た覚えがある。
アーサーさんがわたしの方を向いて言った。
「もう少し勉強して日曜日までに作ってみますね」
もうアーサーさんしか頼れる人はいない。
「よろしくお願いします」
頭を下げるわたしにアーサーさんが思わぬ提案をした。
「その交渉に私も同行しましょうか?」
「いえいえ、滅相も無い」
わたしは手を振って答えた。
それでなくても将軍家の手を煩わせた上に時間まで取らせるわけにはいかない。
レイターが口を挟んだ。
「いや、ティリーさん、こいつを連れて行った方がいい。パズルオタクは何を言い出すかわかんねぇぞ」
「どういうこと?」
「魔法使いが作ってきたパズルを解けって言われたらどうするよ?」
あり得る。ジョンソンさんは少し変わったところがある。
魔法使いは研究所のスペシャルコンピュータを使って問題を作成しているのだ。それを解くように言われたらアーサーさん無しには無理だ。
「ティリーさん、私で良ければ同行しますよ」
アーサーさんの優しい笑顔が神様に見える。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
わたしは再度頭を下げた。
*
「あんたら、夕飯食ってくだろ?」
レイターがわたしたちに聞いた。
「いいの?」
反射的に答えてしまった。悔しいけれどレイターが作る料理は美味しい。
「久しぶりにいただこう」
とアーサーさんも応じた。
「魚のソテーと野菜炒めだぜ」
そう言いながらレイターはキッチンに立った。
この船は操縦席とリビングダイニングがくっついていて、キッチンも一つの空間の中に設置されている。こんな船は見たことがない。
いつもはジョン先輩と一緒に料理ができるのを待っているけれど、アーサーさんと二人で待つのはなんだか居心地が悪い。
「お手伝いするわ」
と、カウンター越しに言ってから後悔した。
この間、レースを見るためにジョン先輩とここフェニックス号を訪れた時のことを思い出した。
料理が下手なわたしに、レイターは嫌がらせで料理を作らせようとしたのだ。
どんな意地悪されるかわからない。 恐る恐るキッチンへと入る。
「そりゃ、ありがてぇ。野菜切ってくれる? 俺、魚の下ごしらえするから」
きょうは意地悪するつもりはないようだ。
料理が下手とはいえ、野菜を切ることぐらいはできる。
「わかったわ」
レイターに合わせてあるからか調理台が高い。
*
アーサーさんがレイターに声をかけた。
「申し訳ないが、私は調べ物をしたいからマザーのデータベースを借りていいか?」
「いいも何も、あんたんちの金だ好きに使えよ」
「了解」
わたしはレイターに詰め寄った。
「将軍家のお金ってどういうこと? また、悪いことしてるんじゃないでしょうね」
この人は将軍家に税金を払わせようとした前科がある。
「俺の住民登録が将軍家の住所になってるって言ったろ」
「それは聞いたわ」
「だから、正規のファミリー契約してんだよ。嘘じゃねぇよ。あいつに聞いてみな」
そういうことか。
レイターはほとんど本を読まないのに、この船のデータベースは最新刊から何から何まで読み放題の高額契約で不思議に思っていたのだ。
*
さて、調理台の前で悩んだ。
包丁立てにたくさん包丁が刺さっていた。
レイターは調理師免許を持っている。本格的すぎてどれを使えばいいのかわからない。
まあ、野菜ならどれでも切れそうだ。手ごろな大きさの包丁を適当に抜いて持った。
そして、ピーマンを手に困ってしまった。
いつもわたしが調理に使うクイックレシピではピーマンはすでに細く切られている。
このヘタの部分はどうすればいいのだろう。
先に切り落としちゃえばいいのかな。恐る恐るヘタのところへ包丁を入れる。
スパっ。気持ちいいほど包丁が進む。
恐ろしい切れ味だ。うちで使っている包丁とは全然違う。
まな板に種がこぼれた。
ピーマンの種とワタってどうすればいいんだろう。手で取っちゃっていいのだろうか。
レイターが隣に寄ってきた。
「ティリーさん、あんた、もしかして料理やんねぇの? それ、肉切り包丁だぜ。野菜切りにくいだろ?」
嫌味な人だ。やっぱりわたしに恥をかかせたかったんだ。
「わざわざ言わなくてもいいでしょ。わたしが料理下手だって知ってるくせに」
「はあ?」
レイターが驚いた顔をした。
「俺、あんたが料理してるところ今初めて見たぜ?」
「だって、この間わたしが料理作らないって言ったら、嫌がらせのチャンスを逃したって悔しそうにしてたじゃない」
「俺が?」
レイターは首を傾げた。
この人にとってはどうでもいいやり取りだったのだろう。いじめる側は覚えていないものだ。
「あっ、あれか?!」
思い出したようだ。
「俺、ティリーさんの手料理を食べるチャンスを逃した、って言ったんだぜ」
「えっ?」
レイターが笑った。
「被害妄想だな。あんたが勝手に勘違いしてくれて助かったぜ。何、食わせられたか危ねぇところだった」
いつもわたしのことをからかうから、てっきり嫌がらせだと思っていた。
「ほれ、料理はちょっとしたコツで変わるんだ。あんた、右足をちょっと後ろに引いてみな」
「右足?」
レイターが言う通り調理台と並行に置いていた足の位置を変える。
本当だ、包丁が使いやすい。
「すごい」
思わず感嘆の声が出る。
「ま、ガキだから仕方ねぇな」
レイターの言葉にカチンときた。
「ガキじゃありません。料理が下手なだけです。何度も言いましたけど、わたしたちアンタレス人は十六歳は成人なんです。結婚だってできるんです」
「ほう」
しまった、余計なことを言った。
結婚なんて例を出さなきゃよかった。
「ティリーさんの気持ちはありがたく受け取っておくよ。俺との結婚を考えていたとは・・・」
「ちがいます!」
「悪いが俺は特定の女性とはつきあわねぇ主義なんだ。残念だったな」
「残念でも何でもありません!」
アーサーさんがこっちを見て笑っている。恥ずかしい。
* *
二人のやり取りを見ながらアーサーは思った。レイターのあんな表情を見るのは久しぶりだ。
ティリーさんと初めて会ったのはここフェニックス号のリビングだった。
その瞬間、似ていると思った。
レイターは即座に否定した。
だが、私のファースインプレッションは間違っていない。
* *
約束の日曜日。
本社の駐機場でレイターがフェニックス号に試乗船のアラマットを積み込んでいた。
ペーパードライバーのティリーはその様子を見ながら感心していた。
銀河一の操縦士はいつ見ても腕がいいわ。
フェニックス号に乗り込むと、居間のソファーに白衣を着たアーサーさんが座っていた。
わたしはあいさつした。
「お忙しいところすみません」
「こちらから言い出したことですから、気になさらないでください。それより、問題を作ってみました」
アーサーさんが楽しそうにタブレットを操作した。
図形の問題だ。
「これが自分の中では一番の良問です。この図の中にある三角形を十個探してください」
不思議な幾何学模様だ。じっと見つめる。
レイターも問題をのぞき込んだ。
小さいもの、大きいもの次々と三角形が見つかる。けれど、七個から先が見つからない。
「ヒントはこの辺りです」
アーサーさんが示したヒントの辺りを見ると急に視界が広がった。
八個目、九個目がわかった。あと一つ。
見つけた、と思うと、さっきすでに見つけたものだ。
わかりそうで、わからない。
「全体を見るようにしてみて下さい」
アーサーさんの声にかぶせるようにレイターが叫んだ。
「十個目見つけた!」
悔しい。と思った瞬間に見えた。大きな三角形が。
「わかったわ!」
思わず膝を手で打ちたくなった。爽快だ。どうして今まで気がつかなかったんだろう。
でもこれ、ヒントが無ければかなりの難問だ。
「もしくはこちら」
次の問題をアーサーさんが示した。これも面白い。
「こんなものも作ってみました」
次から次へとアーサーさんがパズルを提示する。
「あんた、いくつ作ったんだ?」
「とりあえず百問だ。まだいけたが、キリの良いところでやめておいた」
「すいません」
驚きながらわたしは頭を下げた。
いったいどのくらいの時間と手間を取らせてしまったのか。何時間、いや下手したら一日じゃ終わらない。
「ティリーさん、謝ることないぜ。こいつ、こういうことやるの大好きだから。あんた、楽しかっただろう?」
アーサーさんが笑顔で答えた。
「ああ、つい時間が経つのを忘れてしまった」
「ちなみにどのくらいかかった?」
「問題はすぐ頭に浮かぶんだが、解答含めて文字におこすのに手間がかかった。二十分ぐらいか」
「・・・」
もう、わたしは何も言えなかった。
本物の最終兵器だ、この人は。
*
ジョンソンさんの自宅近くにある公共駐機場にライバル社ギーラルのハールが停まっていた。
その前に真っ赤な髪の毛の魔法使いが立っている。
フェニックス号からレイターがアラマットをハールの隣へと降ろした。
見た感じ、軽さが売りのハールは安っぽい。
それと比べるとうちのアラマットの方が断然カッコいいし、高級感がある。
ジョンソンさんがやってきた。
「いやあ、比べてみるもんだねぇ。パンフレットと実物はかなり違うね」
これは、うちにとって良い評価だ。
ハールの実物はパンフレットの写真よりかなりチープだ。
魔法使いは一向に気にせず、ジョンソンさんに話しかけた。
「どうです、ハールは? 燃費の向上という一点をとことん追及して作り上げました。合理的なお考えのジョンソンさんにピッタリですよ」
「そうだね。僕に合いそうだね」
わたしも負ける訳にはいかない。
「アラマットをご覧ください。質感もデザインも洗練されています」
「そうだね。格好いいね。まあ、僕は見た目にはこだわらないけど」
うまく返す言葉が見つからない。
魔法使いがチラリと勝ち誇った目でわたしを見た。
思わず唇を噛む。
ジョンソンさんはまずハールに乗り込んだ。
助手席に魔法使いが座り、甲高いエンジン音と共に飛び立っていった。
*
十五分程してハールが戻ってきた。
操縦席のジョンソンさんが笑っている。魔法使いと楽しそうだ。
あんな風に弾んだ会話がわたしにできるだろうか。趣味のパズルの話をすればいいのだろうか。いや、無理だ。
不安になる。
ジョンソンさんがハールから降りた。
「中々面白い船だね」
「ありがとうございます」
魔法使いが頭を下げた。
「さて、クロノスさんの船も楽しみだね」
そう言って、ジョンソンさんはアラマットの操縦席に乗り込んだ。わたしは説明のため助手席に座る。
アラマットがスタートした。
「このアラマットは走り出しも静かで乗り心地もお勧めです」
「そうだね。ハールとはかなり違うね」
好感触だ。
「長時間の操縦でも疲れないんですよ」
「そうかもね。僕は長く乗ることはないけれど」
会話がはずまない。アラマットが宇宙空間へ飛び出した。
*
この試乗の間にライバルの魔法使いに聞かれないように金額の話をしてしまいたい。わたしは切り出した。
「価格の件ですが、若干の値引きが可能です」
「それは嬉しいな」
わたしは課長と相談した額を操縦席のジョンソンさんに伝えた。
「へえ」
ジョンソンさんは意外だという声で言った。
「この船、ハールよりもかなり高いんだね」
わたしは息をのんだ。
魔法使いは一体いくらを提示したのだろう。
もう、アラマットはこれ以上引けない。そもそも武器にならない値引きということはわかっていたけれど。
「僕が求めるものと、違うんだよなあ」
価格と節約を重視するジョンソンさんの興味がアラマットから消えていくのを感じた。
負けた。ハールとの戦いに。
もう、難問パズルの出番もない。折角アーサーさんに作ってもらったのに。
ジョンソンさんと何を話したらいいのだろう。
沈黙のままアラマットは衛星を折り返し、帰途に就いた。
その時、気がついた。
「ジョンソンさんって、操縦お上手ですね」
「よく言われるよ」
「わたし、S1レースが大好きで、操縦は見る目があるんですよ」
「僕は自分の船には興味が無いんだけど、エンジニアだからね。機械を動かすことは好きなんだ」
ジョンソンさんに親近感を感じた。
今回ハールに負けても、次がある。ハールの寿命が短ければ、すぐにチャンスはやってくる。
その時には、ジョンソンさん好みの船をお勧めできるはずだ。燃費だってギーラルに負けない船を研究所が開発しているに違いない。
急に気分が明るくなった。
「末長くお付き合いお願いしますね」
「何だか、プロポーズみたいだね」
「ほんとですね」
ジョンソンさんと二人で笑った。
地上へ戻り笑顔で船から降りると、魔法使いが探るようにわたしたちを見ていた。
アラマットか、ハールか。
二隻の船の間に立つジョンソンさんをじっと見つめた。負けるとわかっていても、やっぱり緊張する。
隣の魔法使いは余裕の表情を見せている。
ジョンソンさんが口を開いた。
「じゃあ、家でパズル大会をしよう。その結果を見て決めるよ」
魔法使いが驚いて息を呑んだのがわかった。
この場でハールの契約が取れると思っていたのだろう。
でも、すぐに彼は切り替え、笑顔で応じた。
「わかりました、ジョンソンさん。ギーラル社の英知が結集したパズルをお見せしますよ」
そうか、パズル好きのジョンソンさんは、パズル大会がやりたいんだ。
ハールの購入を伝えるのはパズル大会の後でいいと思っているに違いない。
わたしだって折角アーサーさんにパズルを考えてもらったのだ。
この茶番劇に乗ろう。
「クロノスの調査部がとっておきの問題を作りました。作成者も呼んでおりますので、ぜひ、お試しください」
「それは楽しみだ」
ジョンソンさんは本当にうれしそうな顔でわたしたちを家へと案内した。
アーサーさんは度の強い眼鏡にマスク、野暮ったいよれた白衣という変装で、わたしたちの後ろからついてきた。
冴えない調査部員、アーサー・ブラウン。
というのがレイターが書いたシナリオだった。
*
「パズル大会のルールを説明するよ」
ジョンソンさんが上機嫌でわたしたちに話しかけた。
「君たちが持ってきたパズルを僕が解く。そして、君たちも問題を交換して解きあう」
予想通りだ。
レイターの言う通りアーサーさんに来てもらってよかった。
「それから僕も問題を作っておいたからこれも合わせて、全員二問ずつ解いて、速く正解したチームに得点が入る。あとは審査員の僕がパズルの美しさを芸術点として追加する」
芸術点。
随分と主観的な勝負だ。いくらでもハールの勝ちを宣言できる。
魔法使いもそのことに気付いたようだ。わたしの顔を見てニヤリと笑った。
そして、魔法使いはポケッタブルコンピューターを取り出した。
「すみません、ジョンソンさん。僕は、ジョンソンさんのようにパズルに精通していないんです。そこで、このコンピューターを使わせてもらっていいですか?」
あれは研究所のスペシャルコンピューターとつながっているに違いない。
「インチキじゃねぇかよ」
レイターが文句を言った。
こちらも天才のアーサーさんを連れてきていてインチキみたいなものだけれど。
ジョンソンさんが答えた。
「どうぞ、ケバカーンさん、使ってください。クロノスさんも、コンピューター使っていいですよ。僕は僕の脳で解きますけどコンピューターの知能と戦うのもまた、楽しいんです」
魔法使いは真っ赤な頭を下げた。
「ありがとうございます。難問パズルを相当数ラーニングさせましたので、負けないとは思いますが」
自信たっぷりにわたしを見つめた。
*
ジョンソンさんがそれぞれの問題をプリントアウトし、見えないように裏返して二枚ずつわたしたちの前においた。
そして、スタートを宣言した。
「では、始めましょう」
それを合図に、三者一斉に紙をひっくり返した。
「できました」
と言いながらアーサーさんが二枚の解答を一気に書き上げた。
「え?」
ジョンソンさんが驚いている。
魔法使いはまだ、問題をコンピューターに読み込ませているところだった。
ジョンソンさんは問題を解くのも忘れてアーサーさんの解答を見に来た。
急いで書いたのに美しい、しっかりとした文字。
「素晴らしい、少なくとも、僕の作った問題は正解だ。ケバカーンさんが作ったパズルの方もこれは正解だなあ」
魔法使いがあわてて叫んだ。
「こちらもできました!」
わたしたちは、ジョンソンさんがパズルを解き終えるのを待った。
先にパズルを解いたのはアーサーさんだ。
ジョンソンさんはどんな判断をするのだろう。
魔法使いはにこやかな表情を見せていたけれど、目は笑っていなかった。
研究所のスペシャルコンピューターがスピード勝負で負けるとは思っていなかったに違いない。
*
ジョンソンさんが解答を書き終えた。
満足そうな顔をしている。
「本当にみなさんありがとう。パズルは僕の人生なんだけれど、このところ、マンネリというか、パターンが読めてしまって、行き詰まりを感じていたんだ。だけど、きょうは新しい世界を見ることができた。どちらの問題も素晴らしかった」
そこで、ジョンソンさんは一息入れてわたしたちを見回した。
「甲乙つけがたいんだけれど、あえて、勝敗をつけるとすれば、僕はクロノスさんに軍配を上げたい」
「え?」
わたしと魔法使いが、同時に驚きの声をあげた。
「僕はクロノスさんから船を買うよ。あの三角形パズルの美しさは、キンドレール数学賞ものだ」
「そ、そんな」
肩を落とす魔法使いにジョンソンさんが声をかけた。
「ギーラルさんの問題はこれまでのラーニングから生まれた、まさに英知の結集という最高傑作だった。でもね、クロノスさんのパズルはその枠を超えていた。脳の深いところから刺激を受けたんだ。素晴らしい。人知を超えるパズルだ」
そう言ってジョンソンさんはアーサーさんの手をしっかと握った。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
アーサーさんははにかみながらその手を握り返した。
魔法使いと戦う武器を全く持っていなかったわたしに、最終兵器が大逆転をもたらした。
「きょうはこの感動の余韻に浸りたいから、契約はまた後日にお願いするよ」
とジョンソンさんが言った。
一抹の不安を感じたけれど、正式な手続きはあらためて行うことになった。
*
ジョンソンさんの家を出てエアカーの助手席に乗り込んだわたしは、後部座席のアーサーさんに頭を下げた。
「本当にありがとうございました。アーサーさんのおかげです」
隣の操縦席のレイターが不満げに口をとがらせた。
「おいおい、こいつを連れてきたのは俺だぜ」
「そうだっけ」
ちっ、レイターが舌打ちしながらエアカーを発進させた。
フェニックス号が停めてある公共駐機場へと向かう、その時。
「おい、何か変だぞ?」
レイターが緊張した声を出してエアカーの速度を上げようとした。
それを後部座席からアーサーさんが止めた。
「レイター、一旦スピードを落とせ」
「あん?」
加速が緩む。
次の瞬間、窓の外が光った。
「馬鹿野郎!」
レイターが叫びながらアクセルを踏んだ。
急加速で思いっきりGがかかり、シートに身体が押し付けられた。と、
ダダダダダーン。
背後から大きな爆発音。
衝撃がエアカーを襲う。
レイターが必死にハンドルを押さえてエアカーの振動を防ぐ。
外は爆風が吹き荒れている。
な、何? 厄病神の発動?
衝撃がおさまったところで、レイターがエアカーを停車させた。
振り向くと砂煙が舞い上がっている。
「アーサー、てめぇ」
怒っているレイターを無視してアーサーさんは腕につけた通信機に話しかけた。
「カルロス、どうだ?」
軍服を着た若い男性の姿が浮かび上がった。
「成功です。敵のアジトも割れました」
「よし、後は任せる」
「了解しました」
アーサーさんは通信機のスイッチを切るとわたしを見てにっこり笑った。
「もう、安全です」
もう、安全って、アーサーさんは爆発をわかっていたということ?
「カルロスさんって誰ですか?」
わたしの疑問にアーサーさんが答えた。
「将軍家付きの秘書官です」
「ポチだよポチ、将軍家の下僕。で、アーサー、説明してもらおうじゃねぇか。何だよあの爆発は?」
かみつくようにレイターが言った。
「道路に穴が空いてしまったな。反連邦の過激派組織による砲撃だ。最近、彼らが私の命を狙っているという情報が入ったんだ」
え?
「そういうことは先に言え!」
アーサーさんが平然とした顔で続けた。
「私が、軍用車で移動しているからか、動きが止まっていてね」
「それで、あんた、囮になって俺のエアカーに乗ったところを狙わせたってことかよ」
「彼らが動いたお陰で敵のアジトも突き止められた。感謝するよ」
この人は銀河一の天才軍師だった。
「俺を利用しやがって」
「お互い様だろ」
「ティリーさんが乗ってんだぞ」
「銀河一の操縦士であるお前の運転なら大丈夫だと思ったからだ。ただ、焦ったぞ」
「何がだよ?」
「お前が不穏な気配に早く気付き過ぎて、敵が撃つ前に加速しようとするから、私が立てた作戦が失敗するんじゃないかとヒヤヒヤした」
アーサーさんが笑った。
ああ、それでレイターに「スピードを落とせ」と言ったんだ。
レイターが苛立った声で言った。
「俺は朝からずっと違和感を感じてたんだよ。このせいかよ。くっそー」
何だろう、この二人のやりとり。
命を狙われているという話なのに、まるでスポーツ談義のような軽いノリ。
わたしにはついていけない世界の人たちだ。
* *
本社でベルが喜んでくれた。
「よく、ハールとの戦いでわたしの仇を打ってくれたね、しかも魔法使い相手に」
「まだ、正式には契約してないけどね」
「一体、どんな手を使ったの?」
「最終兵器というか」
「最終兵器?」
これはちょっとベルにも言えない。
*
課長には信じられないという顔をされた。
「契約できたのか?」
「い、いえ、まだですけど。アラマットを購入したいとおっしゃっていまして」
「何、のんびりしてるんだ。早く作業を進めないと。敵は魔法使いだぞ!」
「は、はい」
あわてぶりを見ていて思う。課長はわたしが魔法使いに勝つなんてみじんも思っていなかったのだろうな。
けど、その分、気持ちが良かった。
*
そして、わたしは再度アポイントを入れ、フェニックス号でジョンソンさんの自宅へ向かった。
リビングでジョンソンさんと向かい合って座った。ここへ来るのも三度目だ。慣れてきた。
「こちらが、契約書になります」
バッグから契約ボードを取り出す。
契約書を見た瞬間、ジョンソンさんが首を捻った。
「う~ん」
明らかに様子がおかしい。不安になる。
「これじゃないんだよね」
心臓がドキンとなった。
ジョンソンさんが不満げな声で言った。
「僕が欲しいのは、経済的に節約出来る船だって伝えたよね」
わたしは青ざめた。ここへ来て、厄病神が発動した。
課長のあせった声が耳の奥で聞こえた。「何、のんびりしているんだ。敵は魔法使いだぞ!」と。
ケバカーン氏の真っ赤な髪と人懐っこい笑顔が頭に浮かんだ。
ギーラルの魔法使いは一体どんな魔法を使ったのだろう。
「やっぱり、ハールがよろしいんですか?」
自分の声が震えている。
「ん? ハール? あれは燃費はいいけれど、剛性が弱すぎるよね。耐用年数が短くて経済的には高くつくと思うんだよね」
ジョンソンさんが言っていることは正しい。
「僕はエンジニアだから、その辺りはきちんと見極めるよ。ハールは実際に乗ってみてよかった。だから、本当は試乗してから決めたいところだけれど、まあ、定番品で何度か乗ったことはあるからいいんじゃないかと思って・・・」
そう言いながらジョンソンさんが机の上にあったパンフレットを手に取った。
初めてここへ来た日に渡した『ラムベル』のパンフレットだった。
わたしは思わず振り向いた。
ドアの前に立っているレイターが笑っている。
あの日、レイターが「俺ならラムベル勧める」と言ったからたまたま持ってきたパンフレットだ。
「この船、いいよね。定番でパーツもそろっていて、メンテナンスも安くすむ。長く乗れてどう考えても割安で費用対効果がいい。君が、もっと推してくれてもよかったのに」
「す、すみません」
契約ボードを開いた。ラムベルを入力する。
定価が出てきた。
わたしの権限で割引ける最大まで値引きした。それでも、アラマットより高い。
「これでいかがでしょうか?」
恐る恐る数字をジョンソンさんに見せる。
「うん、いいよ。ここへサインすればいいのかな?」
「はい」
あっけない程簡単に契約が成立した。
厄病神の船で来たのに。いや、厄病神の船で来たから成約できたのだ。
契約データを本社に送信する。
課長は驚いているだろうな。わたしがミスしたと思っているかも知れない。どうしてアラマットじゃなくてラムベルなんだ、って。
「オプション、ただでお付けしますね」
「僕はオプションはいらないと言ったでしよ」
「でも、お付けしたいんです。感謝の気持ちです」
ジョンソンさんは振り向くと、レイターと目を合わせた。
「僕は十分彼に感謝しているよ」
意味がわからない。
確かにラムベルはレイターのお勧めだったけれど・・・。
「わたし、ラムベル勧めたのが彼だってジョンソンさんにお伝えしましたっけ?」
「何のこと? ぼくが感謝しているのは新規パズル本企画のことだよ」
「パズル本?」
「『超難問百問パズル』だよ。君の会社の調査部の人が原稿書いてくれたんでしょ」
アーサーさんのことだ。
「僕が会長を務めているパズル協会には出版部門もあるんだ。あの百問は素晴らしい。パズル界を揺るがす名著だよ」
ジョンソンさんの声が感動で上ずっている。
レイターがニヤリと笑って近づき、データカードをジョンソンさんに渡した。
「原稿料と十パーセントの印税はこちらの口座へ頼むぜ」
口座番号だ。名義がレイターになっている。
アーサーさんが作った百問のパズル案を勝手に売って儲けようとしているに違いない。
小声でレイターを問い詰める。
「ちょっとコレ一体どういうことよ?」
「あいつ、利用するのはお互いさま、って言ってただろ」
そう言ってレイターはウインクした。 (おしまい)
第八話「唇よ、熱く営業トークを語れ」へ続く
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