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銀河フェニックス物語<裏将軍編>第一話(1) 涙と風の交差点
・銀河フェニックス物語 総目次
・<ハイスクール編>「花は咲き、花は散る」(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)(最終回)
・<出会い編>第三十九話「決別の儀式」① ②
フローラが亡くなって三ヶ月。
レイターは毎日学校へ来るようになった。俺の隣の席で一日静かに座っている。
アーサーが言ってた。月の屋敷にいるのが辛いようだ、と。
あいつは誰ともほとんど会話しなかった。
こちらから話しかければ答えるけれど必要最低限のことしか返事しない。脳まで言葉は伝わってない。脊髄反射で会話してるって感じ。
感情がないロボットみたいだ。喜怒哀楽を何一つ表に出さない。出さないのか出せないのか。
あんなにおしゃべりだったあいつが、まるで自分の存在を消しているかのようだった。
アーサーからは、レイターにおかしな様子があったら知らせて欲しいと頼まれていた。
葬儀の時にレイターはフローラの後を追おうとしたという。
「これ以上、父に負担をかけたくないので」
とアーサーは言っていたが、アーサーだって相当参っているだろうに。
*
オレはフローラと約束したことを思い出す。あの日、レイターは隣の部屋で寝ていた。
フローラはまっすぐに正面からオレを見つめて言った。
「ロッキー、レイターを助けて支えてあげてほしいの。ずっと」
オレはフローラの迫力に気圧されながらも胸を張った。
「ああ、約束するよ」
思えばフローラはあの時にはすでにこう言う事態を想定していたのだ。
それにしても助ける、ってどうすればいいんだ。オレにはさっぱりわからない。
学校ってところは大人になるためにいろいろ学ぶ場所のはずなのに、教師も誰もレイターにどう声をかければいいのか教えてくれなかった。そっとして置いたほうがいい、って本当かよ。
レイターは地球人だ。俺は情報ネットを検索した。親しい人を亡くした地球人の言い伝えとか、レイターに聞かせてみた。反応はなかった。
まるで空気に向かって話しているようだ。
*
そんなある日、俺は一枚のチラシを拾った。
『宇宙船修理工場 アルバイト求む』
手作りみたいな安っぽいチラシだった。
レイターは『銀河一の操縦士』になるのが夢で宇宙船が好きだ。これならあいつも興味があるかもしれない。
宇宙港の裏の荒れ地、スクラップ置き場の中に工場があるって書いてある。
「なあ、レイター。あんなところに工場あったっけ? 覚えがないけど行ってみないか?」
オレはダメもとで誘ってみた。あいつはチラシに目を向けると案外簡単に乗ってきた。
「いいぜ」
オレたちは学校帰りに出かけることにした。
宇宙港の裏には船の残骸が無造作に捨てられていた。地図で示された場所に着いたが、そこには工場らしい建物も何もない。スクラップになった船が落ちてるだけだ。
「だまされたか」
折角レイターを誘ったのに、オレはばつが悪かった。
「ちょっと待て」
レイターが船にスプレーで書かれた落書きを見ていた。数字の殴り書きだ。
「銀河座標だ」
「銀河座標? 宇宙を飛ぶときに使う奴かい?」
「そっか、地上でも位置を示せるんだ」
何だかよくわからないがレイターは感心している。
「ロッキー、あっちだ」
レイターは舗装もされていない荒れ地の奥へ向かって歩き始めた。オレは黙って後についていく。廃船が山なりに捨てられている。その隙間に移動式の組立小屋が立っていた。
「ここだ」
レイターが足を止めた。小屋のドアに鍵がかかっている。呼び出しボタンも何もない。
ノックをする。返事はない。
「何だこの小屋。また出直すかい?」
レイターがドアの横に手をかざした。
テンキーが空中ディスプレイに浮かび上がった。レイターが番号を入力すると、すっとドアが開いた。
「お前、暗証番号知ってたのか?」
「ここの座標を入れてみたんだ」
レイターはちょっと得意げに笑った。オレは驚いた。ドアが開いたことにも、そしてレイターが笑ったことにも。
そろりそろりと足を踏み入れると、中は思った以上に近代的だった。モニターが何台も並んでいる。
「こりゃすげぇ。最新中型船の改造設計図だ」
レイターが目を見開いている。こいつは筋金入りの宇宙船お宅だ。とその時、
「誰だ!」
禿げ上がった小柄な爺さんが奥から出てきた。レイターより背が低い。オレたちを不審そうな目で睨んだ。目つきが怖い。
「何だおまえら」
「このチラシを見て来たんだけど」
オレはチラシを差し出した。
「どうしてここがわかった?」
レイターが答えた。
「地図の場所の機体に銀河座標が書いてあった」
「ふむ。おまえ座標読めるのか」
「ああ。宙空理論は一通りやった。なあ、じいさん。そこのモニターに出てるのT65のエンジンだろ」
爺さんは答えない。
レイターはモニターを指さしながら聞いた。
「何で、ここにピンかましてんのさ?」
「企業秘密だ」
それだけ言うと爺さんはモニターを切ってしまった。
「あ、そうか!」
突然レイターが大声を出した。
「排熱か。じいさん、そうだろ!」
「知らん」
爺さんはプイっと横を向いた。
「企業秘密ってことは、ここで働いたら教えてくれるのか?」
「子供は駄目だ」
「子どもじゃねぇよ。十七だ」
そう言ってレイターは学生証を見せた。
「十七も駄目だ。船が操縦できん奴はいらん」
「船は操縦できる。仮免しかねぇけど、十八になればおりる」
レイターは胸元からカードを取り出し爺さんに見せた。あいつが肌身離さず持っている小型二級の仮免だ。
爺さんは少し考えて言った。
「奥へ来い」 (2)へ続く
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