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銀河フェニックス物語<少年編>第九話(2)「金曜日はカレーの日」
白兵戦部隊のバルダン軍曹はカレーが大嫌いだという。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>「金曜はカレーの日」 (1)
<少年編>マガジン
カレー、と聞くだけで匂いがしてくるのだそうだ。そんなことはあるはずないが、バルダン本人は感じるらしい。
「ちっ、俺、昨日泣きながら玉ねぎ刻んだんだぜ。スパイスは身体にもいいんだぞ」
レイターが文句を言っている。話をしていたら無性に食べたくなってきた。カレーには圧倒的な誘引力がある。
「じゃ、僕は食堂へ行ってくるよ」
「食べた後はうがいしてから帰ってこいよ」
「わかった。わかった」
バルダンは僕からカレーの匂いがするだけで気分が悪くなるという。
食堂に近づくとカレーのスパイシーな香りが漂ってきた。
条件反射的に楽しい気分になる。金曜カレーの効果だ。今週末は勤務のシフトが入っていない。
バルダンがカレーを苦手とする理由はわかっている。
僕とバルダンが育った星は温暖で、郷土料理に激辛のような刺激的な食べ物がないのだ。僕も初めて口にした時は戸惑ったけれど、いろいろな星系を飛び回っているうちに食べ慣れるものだ。今では辛い料理がクセになっている。
時間の遅い食堂に人はまばらだった。
僕の前に坊ちゃんが並んで姿勢良くカレーを受け取っていた。
僕はつい、声をかけてしまった。
「通信兵のヌイです。ご一緒してもよろしいですか?」
坊ちゃんは少し驚いた顔をして振り向き「ええ」と答えた。
この表情から察するに、これまでバルダン以外に隊員から声をかけられたことがないのかもしれない。
坊ちゃんは十二歳で士官学校を首席で卒業して、軍曹の僕より階級が上の少尉だ。ほかの隊員と談笑をしているところを見たことがない。いつも一人で本を読んでいる。
一見すると成人男性に見える。身長も僕より高い。まだ、伸びるのだろう。声変わりも終えて少年ではなく男の声だ。
向かい合って座った。
「いただきます」
坊ちゃんは礼儀正しい。
「いただきます」
スプーンですくって口にする。
料理長のザブリートさんが『アレクサンドリアカレー』と名付けた色の濃いビーフカレー。
ブロック肉が柔らかく煮込まれていて、口の中でほどける。ライスと相性抜群の辛さだ。
食べ始めてから気がついた。坊ちゃんとの話題を何も考えてなかったことに。
さて、どう切り出そうか。
「美味しいですね」
坊ちゃんが僕の顔を見て言った。
絶妙のタイミングだ。無言の空気で場が重たくなる寸前に言葉を投げかける。計算、と言う言葉がチラリと頭に浮かんだ。会話のタイミングも完璧に管理しているんじゃないだろうか。
「そうですね。レイターが泣きながら玉ねぎを切ったそうですよ」
と、僕も言葉のキャッチボールを投げ返す。
彼は軽い笑顔を見せた。微笑むと少年らしさが残っている。
父親譲りの黒い髪。知性を湛える緑がかった黒い瞳。美しく整った顔立ちは目を引く。少しだけ芸能界にいた僕が見てもスターの要素が満載だ。
坊ちゃんを特集した軍の広報誌が、一般女性陣による購入で見る間に売り切れたことは話題になった。
「ヌイさんは暗号通信士としてトップレベルとうかがっています。オグランド戦線で活躍されたんですね」
「活躍と言うほどではないですが」
彼は一目見ればすべてを記憶する能力の持ち主だ。履歴書を書いた僕より僕のテキスト情報を持っているに違いない。
「僕は実戦に出るのは初めてなので、色々と教えてください」
「いやいや、少尉にお伝えできることなんてありませんよ」
人当たりもいい。けれど、そこにも作り物のような完璧さが漂っている。 (3)へ続く
<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
イラストのマガジン
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