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銀河フェニックス物語<少年編>第十一話 情報の海を泳いで渡れ(5)
レイターが知っている両親の情報は少なかった。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十一話「情報の海を泳いで渡れ」
<少年編>マガジン
*
レイターがベッドで眠ったあと、僕はこっそりと地球の個人情報データベースにアクセスした。連邦のプライバシー管理は厳重だが、将軍家には閲覧権が許されている。
マリア・フェニックスの情報を追いかけると、フェニックス家の親族は全員既に故人だった。おかしい。どこがどうおかしいと聞かれると説明ができないが、妙に引っかかる。折り目のついた紙を、さらに丸めて折り目を消したような違和感。
「偽造なんだろ? その登録」
僕は驚いて振り向いた。レイターが後ろに立っているのに気が付かなかった。
「君は何か知っているのか?」
「ダグが言ってた。巧妙で緻密な偽造だって。裏社会でもここまでは中々できないんだってさ。何のためだかわかんねぇけど、天才のあんたならわかるか?」
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偽造と言われて自分が感じた違和感に納得する。何世紀にもわたる系譜が作りこまれている。移民ではなく純正地球人の偽造か。将軍家である我が家クラスの関与がなければ難しい。
「偽造の方法はわかるが、理由まではわからない」
レイター自身が今、データベース登録上は死亡扱いになっている。
アレック艦長は未成年を軍艦に乗せていると知られるのを面倒くさがって修正登録を先伸ばしている。裏社会からレイターの身を守るにはこの状態が望ましいため艦長に意見はしていない。だが、いつかは登録しなくてはいけない日が来る。修正登録か、別人を偽造するか。その作業を艦長は僕に押し付けるのだろう。
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やはりレイターの母親は、どこかから逃げてきて架空の人物になりすましたに違いない。犯罪者という言葉が頭に浮かぶ。だがこれは、あくまで推測だ。レイターに伝える必要はない。
*
レイターは将軍家に限らず、誰にでも興味があった。
「艦長のアレックは随分大ざっぱだよな。反対にモリノ副長は細かい。副長がいなかったら、この船はやってけないぜ」
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僕も同意見だ。
「どうしてそう思うんだい?」
「食堂ってところは、みんなの素の顔がよく見えるんだよ。副長は皿やフォークの位置をきっちりそろえて食べるが、アレックは俺が適当に配膳しようとおかまいなしさ」
よく人を観察している。
艦長のことを呼び捨てにするのが引っかかった。レイターは軍人ではなく、軍規上の問題はない。だが、心理的距離が近すぎる。
僕以外には愛想を振りまき、懐に飛び込む人たらし。裏社会の帝王にも気に入られる程だ。これは、親のいない彼が身に着けた処世術なのかも知れない。
レイターと話をするうちに、というかレイターの一方的なおしゃべりを聞いているうちに、僕は自分の知らなかった艦内の情報、いわゆる噂話を自然に得ていた。
ある日、僕は驚いた。
「ズーマが昇格するんだろ。お祝いしてやらなきゃ」
レイターが解禁前の人事情報について話しを始めた。
「どうして知っているんだ?」
「いちいち驚くなよ。もうみんな知ってることさ」
僕は聞かされていた情報だが、内示前に漏れるなんて管理が甘すぎる。
「一体その情報を、どこで聞いたんだ?」
「あんたが絶対行かない場所」
僕が行かない場所?
「一体どこだ?」
問いつめる僕に彼はにやりと笑った。
「取り引きしようぜ」
情報を売ろうという魂胆か。いくらふっかけてくるつもりだろう。
「どうしろと言うんだ」
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「明日、三十分長く戦闘機に乗せてくれよ」
彼の答えに気が抜けた。どうせレイターは操縦訓練時にいつも延長するのだ。それを取引材料にするあたりがよく読めないが、とりあえず僕は応じることにした。
「わかった」
「じゃあ、教えてやるけど喫煙所さ」
勿体ぶることもなく、素直にレイターは答えた。喫煙所。確かに僕がいくことのない場所だ。今や艦にそうした場所が残っているのも珍しいが、艦長が昔、喫煙者だったことからこの艦には喫煙所がある。
「あんたは知らねぇと思うが、アレックは今も時々吸ってるんだ」
「えっ、艦長が?」
知らなかった。随分前に禁煙に成功したと聞いていたのに。(6)へ続く
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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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