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銀河フェニックス物語 <番外編> 習慣にしていること ショートショート
はぁ。はぁ。息を吸う音が頭の中に鳴り響いている。あと、少し、ここさえ越えればゴールは目の前だ。
ぐっと足元を見る。とにかく一歩ずつ進むしかない。ここで諦めるわけにはいかないのだ。
と、気を引き締めたところで頭上から気の抜けた声がした。
「あん? ティリーさんじゃん。こんなとこで何してんでい?」
わたしは額の汗を拭いながら見上げた。レイターが面白いものを見たという顔をして笑っている。
平静を装って答える。
「見れば、わかる、でしょ。階段、のぼって、るのよ」
まずい。息が切れて普通に言葉が出てこない。
「へぇ、一階からのぼってきたんだ。エライじゃん。さては、運動不足解消かい? この前のテニス、ひどかったもんな」
図星なことが癪に触る。
先日、レイターと故郷へ帰った際、ハイスクール時代の友人たちと一緒にテニスをした。わたしはすぐにバテてしまって散々だった。
テニス部だった学生時代には、朝から晩までプレイをしても平気だったのに、思った以上に体力が落ちていた。これはまずい、と焦ったのだけれど、ランニングやジム通いはハードルが高い。とりあえず職場の階段を利用しようと考えたのだ。
階段を降りてきたレイターが目の前に立っていた。
「で、いつからやってんの?」
「……きのうから」
「そりゃ大変だ。きょうは筋肉痛、ってとこだろ」
彼女を心配していると言うより愉快そうだ。初日の昨日も息が切れたけれど、今日は足も痛くて更にきつい。
「とにかく、あと少しだから」
足を止めて雑談しているうちに呼吸が整ってきた。
「ま、一週間も続けりゃ、息も続くようになるぜ『習慣の力』って奴さ」
「レイターの足のけがは大丈夫?」
帰郷した時に事件に巻き込まれ、骨にひびが入ったのだ。と言ってもこの人はそのまま平気でテニスをしていた。
「ティリーさんとは鍛え方が違うっつうの。リハビリ中さ。そこまで一緒にのぼってやるよ」
「リハビリで階段を利用してるの?」
「前から急ぎの時は使ってんだ」
「急ぎの時?」
聞き間違えたかと思った。
「エレベーター待つより速ぇからな」
一段一段ゆっくりのぼる。レイターが隣にいると見栄もあってか力が湧いた。なんとか営業部のフロアである十四階へ到着する。
「よくがんばったじゃん。じゃ、俺は下だから」
というが速いかレイターは、タンタンタンッと小気味よく段を飛ばながら駆け降りていった。一気に二段、三段平気で飛ばしていく。速い。リハビリのレベルじゃない。あっという間に足音が遠ざかる。
あ、そうか。急ぎの用だったんだ。わたしにつきあってのぼってくれたのか。ほんと、優しさがわかりづらい人だ。
*
翌日もがんばって階段を利用した。筋肉痛を乗り越え、三日坊主で終わらなかった。一週間続けたら息が続くようになってきた。レイターの言う通り『習慣の力』ってすごい。
と感動した話はここで終わる。
翌週、二泊三日の出張が入った。帰った次の日は早朝の会議がセットされ階段の利用を見送った。
明日こそ階段をのぼろう、と思ってカレンダーを見る。うーん、あさっては週末で休みだ。来週からにしよう。
週明け、なぜか直行直帰の仕事や朝の会議が入り……気がつくと以前と変わらずエレベーターを使うことが習慣化していた。
レイターに笑われる前に自分から告白した。
「階段利用は続かなかった。わたしの意志が弱いんだね」
「意志っつうか、具体的な目標がねぇと習慣までもってけねぇんだよな。体力つけてテニスで俺に勝ちたい、とかさ」
いや、その目標はあり得ない。けれどレイターの言う通りだ。運動不足解消、という漠然とした動機は弱い。
「レイターはどうして続けられるわけ?」
「あん? 死にたくねぇから」
「は?」
「俺はさ、警護の訓練に充てる時間があれば船をいじりてぇんだよ。かと言ってサボってると、ティリーさんみたいに体がなまるだろ。だから隙間時間の運動を習慣にしてんのさ」
彼の仕事は死と隣り合わせだ。
『習慣の力』はそれを得る手前にハードルが存在する。それを越えるモチベーションがわたしは低すぎた。一方で、「死にたくない」という高すぎる動機も考え物よね、とレイターを見ながらわたしは思った。 (おしまい)
この番外編は<恋愛編>「父の出張」の続きです。
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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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