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銀河フェニックス物語 【出会い編】 第二十六話 将軍家の鷹狩り(まとめ読み版)
あすの仕事は、星系外航行船グラードを購入して下さる取引先との契約。
「ティリーくん、明日は、フェルナンド君の船で行ってもらうことになった」
と課長に言われた。
フェルナンドさんの名前を聞くのは初めてだ。
*
ベルが近づいてきた。
「ティリー、フェルナンドと行くんだって?」
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「フェルナンドさんって新しい人かしら」
「社長のボディーガードよ」
驚いた。
「どうして社長のボディーガードが、わたしに?」
「社長が長期休暇を取るんだって」
ベルは社内の事情に詳しい。
「社長のボディーガードだなんて、緊張しちゃうわ」
ベルが驚くことを口にした。
「大丈夫、フェルナンドはあたしの従兄弟だから、ティリーのこと頼んでおいたよ」
「ええええっ?」
「前に言ったでしょ、従兄弟がボディーガード協会のランク3Aで、社長の護衛してるって」
「社長って、うちの社長のことだったのね。ねえ、フェルナンドさんってどんな人?」
不安になって聞く。
「仕事もできるし、フェル兄は誰にでも優しいから心配ないよ。それに、かっこいいし、わたしが代わってほしいぐらいだわ」
*
フェルナンドさんから事前に打ち合わせをしたい、と連絡をもらった。
レイターは出発前に打ち合わせなんてしない。フェニックス号に乗ってから話せばいいという態度。
やっぱり、社長のボディーガードは違う。
少し緊張する。警備担当控室に約束の時間よりより早く着いた。
部屋の前まで来ると、嫌な予感がした。部屋の中から聞き慣れた声がする。
「てめぇ、何たくらんでいやがる」
レイターの声だ。
わたしが部屋にはいると、レイターが男性の胸ぐらをつかんでいた。
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「何してるの?! 止めなさいよ!」
レイターがちッ、と舌打ちしながら手を離した。
「ティリー・マイルドさんですね。初めまして、フェルナンド・ネフィルです」
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服を整えながらフェルナンドさんがあいさつをした。
美形だ。
きりっとした目元がベルに似ている。
髪の毛を一筋の乱れもなくピシッっと後ろで束ねている。整ったその姿はまさにボディーガード。
だらけた格好のレイターとは大違いだ。
「レイターさん、言っておきますが、僕は会社の指示でこの仕事を担当することになったんですから」
レイターが不機嫌そうな顔をしている。
「ったく、俺のティリーさんに手を出すんじゃねぇぞ」
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「レイター、その言い方止めてって言ったでしょ!」
自分でもびっくりするほど大きな声を出してしまった。
「ふんっ!」
レイターは怒りながら部屋から出ていった。
「ごめんなさい。レイターが失礼なことをして」
わたしは頭を下げた。
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「あなたが謝ることではありませんよ」
フェルナンドさんが、にっこりと笑った。
確かにわたしが謝ることじゃない。
けれど、レイターが怒っている原因はわたしに関係があって、しかも、わたしはレイターの顔を見たら、つい、動揺して大きな声を出してしまった。
先週末にジョン先輩から、思わぬことを聞いた。
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レイターにとって大切な人だという『愛しの君』は、レイターの前の彼女で、すでに亡くなっている、というのだ。
その話を聞いてから、きょう初めてレイターと顔を合わせた。
自分でもよくわからないけれど、心の準備ができていない状態でレイターと会いたくなかった。
わたしは気持ちを落ち着かせて、フェルナンドさんにあいさつした。
「あらためましてティリー・マイルドです。よろしくお願いします。ベルからお話うかがってます」
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「僕もです」
フェルナンドさんが仕事のできる人だ、と言うことはその打ち合わせだけでよくわかった。
綿密な行程表が渡された。
「これはあくまで目安です。事態にあわせて臨機応変に対応しますから」
レイターから行程表が示されたことはない。こちらから到着時間を伝えればそれで終わり。
ルートそのほかこちらから聞けば答える、という態度。
フェルナンドさんの行程表には食事のメニューも記されていた。しかも、わたしの好物がそろっている。
「食事のメニューも変更可能ですから」
「わたしの好きなものばかりです」
フェルナンドさんが微笑んだ。
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「警護対象者ということで、ティリーさんのこと、調べさせていただきました」
わたしのことを調べた?
そうか、この人は普段社長を相手にしているのだ、いろいろと気を使うことが多いのだろう。
*
フェルナンドさんの船プレジデント号は、クロノスの最高級船ハイグレード。ランクが一番上の船だ。自社の船だけれど初めて乗った。
普段は社長が利用しているハイスペックな船。乗り心地も抜群だ。
そして、仕事はまさに行程表の通りに進んだ。
フェルナンドさんの警護は素晴らしかった。
車のドアの開け閉めから、わたしとの距離の取り方から、何から何までスマートで、自分が重要人物になったように錯覚しそうだ。
「具体的な日付を詰めておかなくて大丈夫ですか?」
と、さりげなく仕事のフォローまでしてもらい、非の打ち所がない。
グラードの売買契約はスムーズに終わり、帰途についた。
何のトラブルもなかった。厄病神とは大違いだ。
*
帰りの船の中で、フェルナンドさんと食事をした。
プログラミングによって調理された料理も、美味しかった。
食後のコーヒーも香りがいい。
「ティリーさんはコーヒーにうるさいとベルから聞いたので」
と微笑むフェルナンドさんに、お礼を伝えた。
「今回は、ありがとうございました。わたし、とても気持ちよく仕事ができました。『厄病神』のレイターが一緒ではこうは行かなかったと思います」
と、つい余計なことまで言ってしまった。
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「『厄病神』というのは、レイターさんにとって酷な気がしますね」
フェルナンドさんはレイターをかばうような発言をした。
「彼は報酬に危険手当を上乗せしてもらっています。そもそも、レイターさんが行くところはリスクが高いですから」
「そうなんですか?」
初めて聞く話だった。
レイターとフェルナンドさんは、同じボディガード業界だから知り合いだ、ということはわかるけれど、二人の関係はそれだけではない気がする。
わたしは聞いてみた。
「レイターとは、どういうご関係なんですか?」
「レイターさんは、僕のライバルです」
「えっ?」
その言葉に違和感がある。
「彼が銀河一の操縦士を名乗るように、僕は銀河一のボディーガードを名乗りたいんです」
コーヒーを一口飲み、フェルナンドさんが続けた。
「レイターさんと僕は、ボディーガード協会の更新試験でトップを争っています。もっとも、彼にとって順位はどうでもいいようですけどね」
わたしは、真剣にトレーニングをするレイターを思い出した。 そういえばあの時、更新試験の話をしていた。
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「でも、僕は気になるんです。彼はいい加減にやっているようにみえて、顧客満足度が極めて高い。銀河一を名乗るためには、彼を攻略しなくてはならないんです」
「攻略? どういう意味ですか?」
「彼が『銀河一』だと僕が『銀河二』になってしまうでしょう」
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そう言ってフェルナンドさんは笑った。
どこまでが冗談なのかよくわからない。
フェルナンドさんとレイター。
全くタイプが違う。
食事一つとっても、レイターは事前にメニューなんて用意しない。
着いた星で食材を調達するから、食べ慣れないものが出てくることもある。
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けれど、この現地調達の料理が、密かな楽しみだったりもする。
「フェルナンドさんとレイターは、タイプが全く違うので、どちらが一番って比べられないんじゃないでしょうか。受け手側の好みの問題というか・・・」
「ティリーさんは、どちらがお好みですか?」
「今回は、とても仕事がしやすくて助かりました。またご縁があればご一緒したいと思いますけど」
「今回のあなたの護衛。偶然じゃないですよ」
「えっ?」
「あなたのボディーガードをしたいと、社長に願い出たんです」
レイターが『何たくらんでるんだ』と怒鳴っていたことを思い出した。
「どうしてですか?」
「レイターさんの好きな女性を確認しておきたい、と思ったので」
「わ、わたしは違います」
レイターさんの好きな女性、という言葉に身体中の血流が速くなる。
フェルナンドさんは勘違いしている。
レイターが好きなのは『愛しの君』なのだ。
いや、『愛しの君』はもういない。
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話を変えよう。
フェルナンドさんに、聞いてみた。
「わたしの星では銃を持つことが禁じられています。もし、わたしが銃を持たないで警護してください、とリクエストしたらどうしますか?」
「あなたの故郷であるアンタレス星での警護でしたら、できますよ」
「危険手当が付くような地域は?」
「そのリクエストは受けかねますね。クライアントの命にかかわる警護計画の部分とサービスの部分は、分けて考える必要があります」
レイターは違う。という言葉を私は飲み込んだ。
*
「ねえ、ティリー、フェル兄どうだった?」
出張から戻ると隣の席のベルがすぐさま聞いてきた。
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「よかったよぉ。フェルナンドさんに仕事も助けてもらっちゃった。しかも、格好いいし」
「でしょ」
「出張のお土産買ってきたから、今夜はうちで食べる?」
「いいねえ、わたし、お酒買って持ってくよ」
わたしたちはよく、こうやってお互いの自宅を行き来する。
わたしは料理は苦手だけれど、掃除は嫌いではない。突然、人が来ても困らない程度には片付いている。
我が家の小さなダイニングで、ベルとお酒の缶を軽く合わせた。
「出張成功を祝して」
「カンパーイ!」
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ベルはビール、わたしは果実酒。
「これがお土産よ」
出張先で買った惣菜をお皿に盛って温めた。
肉団子が白い皮に包まれて円柱状になっている。ベルを呼んでよかった。一人では食べきれない。
「へぇ」
ベルが物珍し気にフォークで刺してつまむ。
「このお惣菜、シュウマイって言うんだって。フェルナンドさんに教えてもらったのよ」
「そうなんだ」
ベルがシュウマイを一気にほおばる。
「うまい、うまい。肉の旨味がたまらないわ」
「ほんとね、おいしい」
肉汁が口の中にあふれ出す。
「フェル兄は、昔から自慢のお兄ちゃんなのよ。いけてるでしょ」
「文句のつけようがなかったわ」
シュウマイはお酒にもよくあった。
つまみながら、ベルとのおしゃべりを楽しむ。
「フェルナンドさんが、レイターのこと意識してるの知ってる? ライバルだ、って言ってたのよ」
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「厄病神がライバル? おもしろ~い。フェル兄はエリートなのに」
ベルが身を乗り出してきた。
「ねえ、ティリー。ダブルデートしない?」
「ダブルデート?」
「フェル兄とレイターと、一緒にお出かけするのよ」
「どうしてそこで、レイターの名前が出てくるの?」
ベルは、時々、突拍子もないことを思い付く。
「ザブリート、ってレストランへ行きたいって話、前にしたじゃん」
創作料理のリストランテ・ザブリートは去年五つ星を獲得した。
隠れ家的な名店ということで、有名人もお忍びで利用するらしい。
何よりお値段が良心的だ。
「フェル兄はあそこに顔が利くんだって。週末、予約が取れそうだ、って言うのよ。わたし、行きたいんだけど、二人だと照れちゃうから、ティリーも一緒に来て欲しいの。で、それならやっぱりカップルの方が、いいでしょ」
その時、わたしは気が付いた。
「ベルの片思いの人って、フェルナンドさんなの?」
「わかっちゃった?」
かわいい。ベルの顔が真っ赤だ。これはお酒のせいではない。
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「わかるわよ」
ベルは、感情表現が豊かだ。
「わたしを助けると思って、一緒に行ってよ。ティリーもザブリートに行ってみたいでしょ?」
グルメ番組では来年まで予約がいっぱいで、当日客はお断りしていると伝えていた。
「ティリーが誘えば、絶対にレイターは来てくれるし」
「そんなことないわよ!」
反論する声がつい大きくなる。
「そうかなぁ。ま、『愛しの君』に誘われたら、そっちへ行っちゃうんだろうけど」
「・・・・・・」
酔いが醒めるような感覚に襲われた。
『愛しの君』はもうこの世にいない。
『愛しの君』がレイターを誘うことは無い。
「どうしたの、ティリー?」
ベルがわたしの顔をのぞきこむ。
一人で抱え込んでいるのが辛い。
いや、抱え込んでいるわけじゃないのだ。ベルと情報を共有しよう。
「ジョン先輩に聞いたんだけれど、『愛しの君』ってレイターの前の彼女で、若くして亡くなったんだって」
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「ええええっ、そうなの? 人妻じゃないんだ」
ベルの中では『愛しの君』が人妻説だったことを思い出す。
「すごいね、レイターは。不特定多数の女性をとっかえひっかえして喪に服してるんだ。ティリー、チャンスじゃん。じゃあ、ダブルデートで決まりだ」
どうして、そういう結論になるのかわからない。
*
ベルが勝手にわたしの通信機をフェニックス号にセットし、呼び出した。
モニターにレイターが映った。
「およ、ティリーさんかと思いきやベルさん、どうしたんでい?」
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「今週末空いてる? ティリーと一緒に、友だち誘って食事に行きたいんだけど」
「ベルさん、それは男友だちだな?」
レイターは観察眼が鋭い。
「そう、当たりよ」
「ダブルデート、ってわけだ。カノオじゃねぇだろな?」
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前に同期のカノオ君に、食事に誘われ大変な目にあったことがある。
あの時、ベルとレイターが地球までついてきてくれたのだ。
「やめてよ、違うわよ。イケメンよ」
ベルが笑顔で否定した。
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「船、出してやるよ。フェニックス号で待ってるぜ。楽しみだな」
レイターがうれしそうに目を輝かせた。
「よろしくね」
ベルは、相手がフェルナンドさん、ということをレイターに伝えなかった。
何だかわたしは、悪いことをしている様な気分になった。
*
週末、ベルとフェルナンドさんと三人でフェニックス号を訪ねた。
先週もこの船で、ジョン先輩と後輩のサブリナと一緒にご飯を食べた。あれは出張帰りだったけれど、確かにここへ来る回数が多い気がする。
きょうはプライベートだから、フェルナンドさんが髪の毛を束ねていない。
ウエーブのかかった髪を下ろした姿もカッコいい。
ベルが惚れるのがわかる。
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「こんにちわ。レイターさん」
「何で、あんたなんだ?」
フェルナンドさんの顔を見た瞬間、レイターは露骨に嫌な顔をした。
「わたしたち、従兄弟なのよ」
というベルの返事に、レイターが口をとがらせた。
「知ってる。友だちじゃねぇじゃんかよ。騙された。で、どこへ行くんだい?」
「リストランテ・ザブリートっていう創作料理のお店、知ってる?」
「ルク星の五つ星レストランか」
「今回の予約は僕がとったんです。前に仕事で出かけたんですよ。ルク星の要人と社長が会談されて、その際、警護計画を練ったんです」
とフェルナンドさん。
「店の隅から隅までご存じ、ってわけだ」
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「五つ星の店になる前でしたけどね」
*
ルク星はラク星との連星でソラ系から近い。
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どちらの惑星にも先住民はいなくて、ソラ系からの移民がほとんど。ライバル意識があるのか、この双子星の仲はよくない。
フェニックス号は、一時間足らずでルク星系の第一惑星に到着した。
「予約は、夕方六時に入れています」
フェルナンドさんの案内で、空港からライナーに乗ってリストランテ・ザブリートへ向かう。
ルク星系にはお隣のラク星の光も届くため、夜遅くまでうっすらと明るい。夜の活動時間が長く、繁華街が充実している。
駅前の公園を抜けると、低層のテナントビルが立ち並んでいた。オフィスの合間に飲食店が点在している。
そんな中に、リストランテ・ザブリートはあった。小さな看板が出ている。
予約客以外入れないから、行列はない。
店の中に入る。
落ち着いた店内。確かに隠れ家的だ。奥には個室もある。
「ネフィルさま。お待ちしておりました」
四人掛けのテーブルに案内される。
まだ早いからか、わたしたちのほかに客はいなかった。
カウンターの奥に、グルメ番組で見た恰幅のいい男性がいるのが見えた。有名シェフのザブリートさん本人だ。料理の手を動かしながら何度もこちらを見ている。
席に着こうとした時、シェフがフロアーへと出てきた。
「レイター。やっぱりお前か」
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「お久し」
レイターが軽く手をあげた。
「来るなら事前に言えよ」
「知らねぇよ。この店へ来るって、さっき知ったんだ」
レイターとシェフは随分親しそうだった。
ベルがびっくりしている。
わたしはレイターの人脈の広さには、今更驚かない。
シェフがわたしたちにあいさつした。
「わたし、ザブリートと言います。昔、レイターと一緒の艦に乗っていましてね」
レイターが船の調理場でアルバイトをしていた、という話を思い出した。
突然、ザブリートさんが手をそろえてレイターに頭を下げた。
「レイター。頼みがある」
「あん?」
「厨房に入ってくれないか」
「はあ?」
レイターも驚いていたけれど、わたしたちもびっくりした。
ザブリートさんの様子が、切羽詰まっている。
「きょう、大きな案件が入ってるんだが、スタッフの子どもが熱を出して急に休むことになってな。仕込みがぎりぎりなんだ」
「俺は客だぞ」
「礼はするよ。みなさんの分もすべて奢る。何でもごちそうする。だから助けてくれ」
ベルが嬉しそうな声をあげた。
「ええっ! 何でも食べていいんですか。レイター、手伝ってあげなよ」
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レイターは渋い顔をしてザブリートさんに聞いた。
「仕込みって、まさかイモの皮むきじゃ・・・」
「よくわかってるな。よろしく頼む」
*
レイターは店の白い制服に着替え、赤いスカーフをネクタイのように巻いて厨房に入った。
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コック姿が似合っていて、笑える。
わたしたちはレイターと話をしながら食事ができるように、カウンターへと席を移した。
「俺は、十二の頃からザブの下で皮むきのバイトやってたんだ」
レイターは話をしながら、次々とイモの皮を包丁でむいていく。まるでピーラーを使っているかのように速い。
ベルが感心する。
「プロみたいじゃん」
「俺、調理師免許持ってる、って言わなかったっけ」
「へぇ、だからあんなに料理が上手なんだ」
先日、わたしがカノオ君と面倒な食事をしている裏で、ベルはレイターの作る料理を地球で食べていた。 ちょっぴりうらやましい。
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ザブリートさんが話に加わる。
「俺が、みっちり教え込みましたからね、料理人としてどこでも通用するはずですよ」
「俺は調理師じゃねぇ、操縦士だっつうの。ザブには変な試作料理いっぱい食べさせられてさ」
「いやあ、こいつ舌が肥えたガキでね。酸味が足りないとか、よく気がつくんだ」
二人のやりとりを聞いていたフェルナンドさんがつぶやいた。
「レイターさんは、ご両親を早くに亡くして苦労されたはずで、それなのに美食家というのは・・・」
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レイターが手を動かしながら答える。
「近所に一流好きの金持ちがいてさ、そいつの家でよく飯を喰わしてもらってたんだ」
「その家というは、ダグぐっ・・・」
「フェルナンド、ここのパンはうめぇぞ」
カウンターから身を乗り出したレイターは、フェルナンドさんの口にパンを突っ込んだ。
わたしには、何かを言いかけたフェルナンドさんの口をふさいだように見えた。
「俺が言うんだから間違いねぇ」
ベルがパンに手を伸ばした。
「ほんとだ、おいしい」
ベルはパンにかじりつき、フェルナンドさんは小さくちぎって上品に食べている。
「二人は似てるようで似てないわね」
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顔立ち、特に目元が似ていて瞳の色も同じだけれど、雰囲気が全然違う。
騒がしく仕切り屋のベルと、落ち着いたフェルナンドさん。
ベルが説明する。
「わたしたち、父が兄弟で、実家は隣同士なの」
「昔からベルの方が、僕より喧嘩が強いんです」
とフェルナンドさんが笑った。お転婆なベルというのは想像がつく。
「いつの話をしてるのよ」
口をとがらせながらもベルは楽しそうだ。
ベルは、フェルナンドさんと二人だと照れちゃう、と言っていたけれど、わたしが見たところ普通に話をしていた。
ベルの恋がうまくいくために、わたしにできることってなんだろう、と思いながら聞く。
「二人はずっと一緒に育ったの?」
「フェル兄は皇宮警備官になる、って十二歳から寮に入っちゃったんだよね」
思春期は離れて暮らしていたということだ。
わたしはカウンターの向こうにいるレイターにたずねた。
「皇宮警備ってレイターもいたんでしょ?」
「俺は予備官」
「ヨビカン?」
よくわからないわたしに、フェルナンドさんが教えてくれた。
「僕も予備官を一ヶ月やりましたよ。予備官は任官試験を受けて皇宮警備官になるんです」
「レイターは任官試験に合格しなかったの?」
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うれしそうに突っ込むベルに、レイターがムキになって答えた。
「俺は受けなかったんだ! 船の免許を取るために、予備官になっただけだからな」
「いずれにせよ、レイターよりフェル兄のが偉いんだ」
ベルが愉快そうに言うと、フェルナンドさんがたしなめた。
「ベル、レイターさんはね、優秀なんだよ。十四歳という最年少で予備官に受かったんだ」
「フェル兄は?」
「僕が予備官になったのは、十五歳だった」
「あんたは、そのまま任官最年少なんだから、それでいいじゃねえかよ」
シェフのザブリートさんが口を挟んだ。
「レイターはカンニングして予備官に受かったんだよな」
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フェルナンドさんが反論する。
「いえ、あの試験でカンニングなんて、できるはずがないですよ」
「もう、時効だろ」
レイターはイモをむきながら答えた。
ザブリートさんがレイターを見た。
「思い出すなあ。おまえイモの皮むきしながら、勉強してたもんな。厨房中に公式とかベタベタ張りやがって、迷惑だった」
「しょうがねぇだろが、アーサーの野郎が艦から追い出す、って鬼みてぇに怒るんだから」
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「そうだった、そうだった」
ザブリートさんが愉快そうに思い出し笑いをしている。
「レイターが勉強してる姿なんて、想像すると笑っちゃうね」
ベルの言葉につられて、わたしも一緒に笑った。
でも、この人、本当はとても勉強してる。
そうやって努力したから、超難関校のセントクーリエにも受かったんだ。と納得する。
今だって、研究所のジョン先輩や設計士のチャムールが驚くぐらい、最新の航空理論を理解してるし、見たことは無いけれど、おそらくフェルナンドさんの警護計画と同じぐらいのものを作っている。
彼の頭の中に・・・。
わたしはザブリートさんに聞いた。
「ザブリートさんは、アーサーさんのこともご存じなんですか?」
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「ええ、もちろんよく知ってますよ」
「チャムールの彼氏ね。将軍家の御曹司って、テレビでしか見たことないけれど、天才イケメンだよね」
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ベルの反応にザブリートさんが笑った。
「艦では、天才少年だったアーサーが、レイターの家庭教師を務めてましてね。こいつ、今ではこんなでかくなりましたけど、当時はチビで、アーサーと同い年とは思えなかったですよ」
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「ザブ、黙れ」
レイターがザブリートさんの首筋に包丁を突き付ける。
ザブリートさんは全く動じていない。
「刃を人様に向けるなって教えただろ。そういえば先週、アーサーが店に来たぞ」
「あん? 何で?」
「きれいな女性と一緒だったな」
「女性は眼鏡かけてたか?」
「いや」
彼女のチャムールと来たわけではないようだ。
「ってことは浮気か」
レイターの言葉にわたしは反論した。
「そんなことある訳ないでしよ! レイターじゃあるまいし」
ベルが同調する。
「そうだよ。将軍家がレイターみたいに不特定多数を相手にしてたらスキャンダルだよ。お世継ぎ問題に関わるんだから」
ベルのその発想はなかった。
不特定多数、という言葉をぼんやり考える。レイターにとってわたしは、その中の一人なんだろうか。
*
店にほかの予約客が入ってきた。
「皮むき終わったぞ」
というレイターにザブリートさんは続けて指示した。
「次はソテーを頼む」
「ったく、相変わらず人使いが荒れぇな」
レイターは勝って知ったる厨房、という感じでフライパンを取り出した。
「お店の人みたいね」
わたしは声をかけた。
「厨房の作りが艦とおんなじ。ザブの奴、ったく進歩がねぇんだ」
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そう言いながらレイターは肉を焼き始めた。
時折、炎が舞い上がる。
焼きあがった料理に、最後の仕上げはサブリートさんが手を加えてお客へと出す。
隣の席の上品そうな客から
「やっぱりおいしいわね。焼き具合も最高だわ」
と言う賞賛の声が聞こえた。
何だか不思議。
だって、焼いているのはレイターで、それじゃ普段のフェニックス号と変わらない。
私たちの元にもメインディッシュが置かれた。
お肉のソテー。
独創的な盛りつけで、ソースの味もひと味変わっている。
ベルが感嘆の声をあげた。
「おいしい。お肉が口の中でとろけそう。こんなの、生まれてはじめて食べるよ」
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確かに美味しい。
レイターが作ってると知らなかったら、多分わたしも一緒になって
「こんなにおいしいのは、生まれてはじめて」
と連呼していたに違いないのだけれど。
レイターが作っているのだ。奇妙な違和感。
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先週はフェニックス号で出張だったから、4日間レイターの食事を堪能した。
「どうしたのティリー?」
喜んでいるベルに、水を差すようなことは言えない。
「非日常のおいしさよね」
と口にしてから気づく。レイターの食事を日常というのも変だ、ということに。
* *
厨房でザブリートがレイターに小声で話しかけた。
「手前の髪の長い子が、おまえの連れか?」
「よくわかったな。かわいいだろ」
レイターが笑った。
「わかるさ、前の彼女に雰囲気が似てる」
レイターの表情が一変した。
「似てねぇよ。それ以上言ったら帰るぞ」
ザブリートは慌てて謝った。
「悪かった。お前、まだ・・・」
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「フン」
レイターはザブリートを無視してフライパンを振った。
窓の外を見たザブリートが眉をひそめた。
「なあレイター、今、店の外にいる女性、この間アーサーと来た彼女だぞ。きょうは別の男と歩いている」
ガラス窓の向こうに男女の二人連れがいた。
女性はサングラスとマスクで顔を隠している。だが、ザブが客を見間違えるはずがねぇ。
それよりも隣にいる男に見覚えがある。帽子を深くかぶったビジネスマン風の男。
あいつ、殺し屋ホークだ。
レイターがザブリートにたずねた。
「きょう、大口の客が入ってるって言ったろ、大物か?」
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「客のプライバシーには守秘義務がある」
「俺は今、店のスタッフだ」
「そうだったな。地元ルク星と隣のラク星の経済大臣が、お忍びでやってくる」
ルク星とラク星は二重星だが、関税協定をめぐってもめている。交渉の根回し会談か。
「何時に来るんだ」
「九時でいったん一般客は閉める。その後、大臣には奥の個室で話し合ってもらうことになっているんだ。終了時間は未定さ。ここルク星は夜が長いからな」
*
休みの日にアーサーの顔は見たくねぇが仕方ない。
レイターは携帯通信機で連絡を入れた。
「アーサー、あんた、ザブの店で逢引きしてたそうだな。チャムールさんに言いつけるぞ」
アーサーの奴が、驚いた顔をした。
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「お前、ザブさんの店で働いているのか?」
「違うっ。俺はティリーさんとデート中だ。いい情報をやるよ。あんたは、浮気相手に振られたようだぞ。彼女は、今、殺し屋ホークとデート中だ」
アーサーが真顔になる。
「ザブさんの店へ出かけた女性は、浮気相手ではない」
「真面目に言い返してる場合かよ。殺し屋ホークだっつってんだ」
「彼女はラク星の経済官僚だ。交渉場所の下見がしたい、と言われたのでご案内した。ラク星上層部では、関税協定に対して意見が割れている。いささか不穏な動きがあり、調べていたところだ。ちなみに彼女は強硬な協定反対派で秘密警察と通じている」
「ってことは、きょうの出席者をホークに暗殺させて、ご破算にしようって筋書きか」
「ふむ、ちょうどよかった。お前に仕事だ。殺し屋ホークを捕まえてくれ」
「待てよ、俺はプライベート中だ」
「プライベートに鷹狩りを楽しむ、というのもいいだろ」
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「あんた、バカじゃねぇの。鷹狩りってのは鷹を狩ることじゃなくて、鷹を使って狩りをすることだろが」
アーサーの奴が意味ありげな笑いを見せる。
「鷹の代わりに、不死鳥を使って狩るのも、それもまた一興」
「俺が鷹で、あんたが鷹匠ってのかよ」
「冗談だ」
こいつ、鷹狩りを楽しむ、って殺し屋ホークは狙撃手だぞ。
ティリーさんに流れ弾が当たりでもしたらどうすんだよ。
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くそっ。
「・・・休日手当は倍額だからな」
*
レイターにフェルナンドが近づき、小さな声で言った。
「レイターさん。なにやら騒がしくなりそうですね」
「よくわかったな」
不機嫌そうにレイターが答える。
「近くに皇宮警備の車が来ています」
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ここの二重星の経済大臣は、王室と同じ扱いってことか。
地理的にソラ系に近いからトラブルを起こしてほしくねぇのに、しょっちゅうもめてるからな。
レイターは真面目な顔でフェルナンドに言った。
「俺はちょっと、生ゴミを片付けてくる。その間、お姫さま二人を頼むぞ」
*
レイターは裏口から外へ出た。
殺し屋ホークがラク星の女官僚と別れて歩き出した。
後をつける。
ホークは高所からの射撃が得意だ。鷹のコードネームはそこからきてる。
ザブの店から五棟離れた向かいの七階建ての雑居ビルへ入っていった。上を見上げる。屋上か。
距離はあるが、あそこからなら、ザブの店の前が狙えるな。
周辺を注意深く観察する。
ふむふむ、あいつもプロだからな。逃走経路をきっちり確保してやがる。ここなら逃走用の車両をつけられるな。
ホークが入った隣のビルの外階段を昇る。
その逃走経路を逆にたどっていくと、ホークのいる屋上に着いちゃうってわけさ。
階段の手すりを乗り越える。隣のビルの屋上はすぐそこだ。
**
ラストオーダーになり、ティリーたちはザブリートさんにおまかせでデザートを頼んだ。
九時からこの店は貸し切られるという。わたしたち以外の客はみんな帰ってしまった。
ティリーは厨房の奥をのぞいた。
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レイターの姿が見えない。奥で作業しているのだろうか。
ベルとフェルナンドさんは楽しそうだ。
「昔はフェル兄とよく遊んだけれど、こんなにゆっくり話すの久しぶりだね」
「ベルがクロノスに入社した、と聞いた時は驚いたよ」
「フェル兄を追いかけてきたんだよ。将来、役員になったら警護してもらおうと思って」
片思いのベルがアプローチをかけているのがわかる。でも、ちょっとずれている。そこもかわいい。
と、その時、
バリーン
店の外で、何かが割れるような大きな音がした。
何が起きたの?
窓の外を見る。黒い車の周りで人々が騒々しく動いている。
「ティリーさん動かないで!」

フェルナンドさんがわたしとベルを守るように立った。
バンッ。
店のドアが勢い良く開き、銃を持った男の人たちがドカドカと店内に入ってきた。
* *
まもなく予定の時間だ。
殺し屋ホークは、ビルの屋上で銃を構えた。
リストランテ・ザブリートの前に、黒塗りの高級車が近づいてきた。銃の照準器でナンバーを確認する。
依頼人の女に聞いた通りだ。ラク星経済大臣を乗せた車。あの女、交渉を決裂させるために、協定積極派の自分の星の大臣を殺せとは。
まあ、動機は俺には関係ない。カネさえもらえればそれでいい。
車のドアに照準を合わせて、両手で銃を支える。
大臣秘書官が後部座席のドアを開けた。
ゆっくりと白髪の小男が出てくる。
照準器の真ん中に大臣の額が入った。
今だ。引き金を引く。
パシッツ
何だ?
銃弾が飛び出す直前、銃口に衝撃を受けた。
はずみで銃が動く。
標的まで距離がある。ほんのわずかな揺れが誤差を産む。
的をはずした。
バリーン
高級車の防弾ガラスに当たり、跳ね返った弾が、車のサイドミラーを割った。
何が起きた?
銃口に当たったものがカタンと床に落ちた。
コイン?
二発目を撃とうとした時、背後に気配を感じた。
振り向くと逃走経路に男が立っていた。コックの格好をしている。
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リストランテ・ザブリートの店員か?
「お客さん、お釣り届けにきました。美人のお連れさんに渡してください」
とぼけた顔で言った。
こいつ、何者だ。何者でもいい。
コックに向けて迷わず引き金を引いた。
*
レイターの耳元をレーザー弾の熱風が走る。
ビュンッ。
同時にレイターが撃ったレーザー弾が、ホークの手に当たった。
ホークの手から、銃が転がる。
「うっ」
次の銃を抜く間をレイターは与えなかった。
ホークの身体へ一気に近づき、逮捕術で押さえ込む。頭に巻いていたバンダナで後ろ手にして縛り上げた。
「うちのお客さんに、けがさせてもらっちゃ困るんですよ」
「お、お前、何者だ?」
「見てのとおり、リストランテ・ザブリートのアルバイトさ」
バンッ。
屋上のドアが開く。
アーサーを先頭に、連邦軍の特命諜報部がなだれ込んできた。
「ジャルジャック・ホーク。ラク星大臣殺人未遂の容疑で、現行犯逮捕します」
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アーサーが逮捕状を読み上げた。
諜報部員がホークの身柄を抱え連行していく。
レイターがアーサーに声をかけた。
「将軍家の仰せのとおりに鷹狩りしてやったんだから、わかってるだろうな。休日手当に特別手当を上乗せしろよ」
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「交通費は請求するなよ」
「あん?」
「ここまで来たのはプライベートなんだろ」
「おい」
「冗談だ」
* *
「手をあげろ!」
ザブリートの店に入ってきた一団が叫んだ。銃を手にしている。
ティリーは反射的に手をあげた。
な、何なの。また、厄病神が発動したの?
「マクドレン隊長、お久しぶりです」
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フェルナンドさんが先頭の男性に声をかけた。
「フェルナンドか?」
「はい」
隊長と呼ばれた大柄な男性は、フェルナンドさんの知り合いらしい。
「店内に異常はありません」
フェルナンドさんが報告する。
コックのザブリートさんが調理場から出てきた。
「どうした、マック。大臣が狙われたのか?」
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大臣? そんな偉い人がこの店に来る予定だったんだ。
「ああ。だが、けがはない。車のミラーが割れただけだ」
「犯人は?」
「特命諜報部が現行犯逮捕した。全くあいつらのやり方は許せん」
隊長さんは随分と不機嫌そうに伝えた。
「ザブリート、申し訳ないが、ここでの会合は見合わせることになった。キャンセル料は全額政府から支払われるから許してくれ」
「せっかく仕込んだのになぁ」
「すまぬ」
帰ろうとする隊長さんに、隣のベルが手を振った。
「はぁい」
ベルったら、恥ずかしいからやめてほしい。隊長さんが驚いた顔で足を止めた。
「ベルさんもいらしていたんですか」
「フェル兄とデートよ、デート」
え? ベルは隊長さんと知り合いなの?
「お騒がせして、失礼しました。我々はこれで引き揚げますので、ごゆっくりお楽しみ下さい」
礼儀正しく一礼すると、隊長さんは外へ出て行った。
わたしは驚いてベルの手を引っ張った。
「ベル、今の誰? 知り合いなの?」
「皇宮警備のマクドレン隊長、マックおじさんだよ。昔、うちのおじいちゃんが皇宮警備の長官を務めてたから、家にちょくちょく隊員さんが顔を出したんだ。ね、フェル兄」
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同意を求められたフェルナンドさんは苦笑いをした。
「ベルには知り合いのおじさんでも、僕には元上司だよ」
初めて聞く話だった。
「驚いたわ、ベルのおじいさんって皇宮警備の長官だったの?」
「今は、ボディガード協会の会長だけどね」
レイターやフェルナンドさんが所属するボディーガード協会。その会長がベルの祖父とは、世間は狭い。
* *
レイターがザブリートの店へ裏口から入ろうとした時だった。
「レイター!」
皇宮警備のマクドレン隊長が怒った声で呼び止めた。
「おや、マック、お久し」
振り向いたレイターが軽く手を挙げて挨拶をする。マクドレンは足早にレイターに近づいた。
「お前、殺し屋ホークにわざと撃たせたな」
「そんな怒った顔するなよ。弾道をそらせてやったんだぜ。クライアントはケガもしなかったろ。感謝して欲しいね」
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「わかっていたなら撃たせるな。リスクはすべて排除せよと教えたはずだ」
皇宮警備は被害はなくても、銃を発砲されたというだけでマイナス評価となる。マクドレンにはよく叱られた。
一方、特命諜報部は、泳がせて撃たせて証拠を掴む。
時に、皇宮警備と衝突する。
「俺、皇宮警備と契約してねぇし。文句は、鷹狩りが好きな将軍家に言ってくれや」
*
レイターが店の裏口から入ると、フェルナンドが近づいてきた。
「レイターさん。髪の毛が焦げてますよ」
「あん?」
レイターはこめかみの横の髪を手で払った。ホークが放ったレーザー弾で毛先が縮れている。あと1センチずれていたら死んでいた。
「ま、処理したのが生ゴミっつうか、危険物だったからな」
「マクドレン隊長が怒ってました。特命諜報部も大変ですね」
フェルナンドは、にっこりと笑った。
こいつ、どこまで俺のことを調べているのか。
「あんまり、あんたがおしゃべりだと、俺もしゃべりたくなるぜ。身分違いのラブロマンスとか」
とりあえず牽制してみる。
「お互い紳士協定ということで、よろしくお願いしますよ」
フェルナンドは静かに頭を下げた。
* *
店のフロアに、のんびりとレイターが入ってきた。
こんな大変な時に、一体何をしていたのだろう。
ティリーはイライラしながら駆け寄った。
「レイター、あなた、どこへ行ってたのよ?」

「あん? 生ゴミの処理してた」
「今、外で発砲事件があって大変だったのよ。大臣が狙われたんですって」
まだ、興奮がおさまらない。
「へぇ、物騒だな」
「厄病神が発動したんじゃないの? お店まで本物の皇宮警備官が入ってきたのよ。フェルナンドさんがいてくれたから良かったけど、レイターったら肝心な時にいないんだから」
わたしは腹が立っていた。
「怒んなよ。お肌に悪いぜ。きょうはプライベート、あんたのボディガードじゃねぇんだから」
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そうだった。レイターに怒るのは筋違いだ。
でも、その時気が付いた。こういう非常時にはレイターに隣にいて欲しかったことに。
窓の外では実況見分が続いている。
大臣の姿はすでになく、大臣が乗ってきた高級車を警察が証拠として調べていた。
*
予約がいきなりキャンセルとなり、ザブリートさんはがっかりしながら店を閉めた。
レイターも制服を脱ぎ、四人でテーブル席に腰かけた。
「こちら、デザートです」
とザブリートさんが、皿に盛りつけたプリンを運んできた。
「レイター、お前プリン好きだろ。きょうのお礼だ」
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レイターはプリンが大好物だ。
「おい、確かに俺はプリンは好きだが、あんた、これでバイト代ちゃらにしよう、ってんじゃねぇだろうな」
「とにかく一口食べて見ろ」
レイターがスプーンですくって口に入れると、身体が固まった。
「う、うめぇ」
「このレシピ知りたいだろ」
「知りてぇ・・・」
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「ただで教えてやる。それだけじゃないぞ」
「何だ?」
「お前がむいてくれたイモをプレゼントするよ。結局余っちまった」
「ったく、俺は昔からイモの皮むきが大嫌いなんだよ。一体俺が、何悪いことした、ってんだ」
「きょうはお仕置きじゃないぞ。こいつ、昔から悪ガキでしてねぇ」
「フン」
レイターのふてくされた様子がおかしくて、わたしたちは笑いながら、デザートのプリンをいただいた。
プルンと弾力があるのに、口に入るととろけるように滑らかで、どこか懐かしい味。
ふるさとのアンタレスを思い出した。
プリンを口にしながら、ベルがレイターに話しかける。
「ねぇ、レイター。レシピ見ながら今度このプリン作ってよ」
「そうだな。リストランテ・ザブリートの五つ星プリンだ、って高く売りつけるか」
「絶対、もうかるね」
妙なところで二人は気が合っている。
ベルは冗談のつもりかも知れないけれど、レイターは、ほんとにぼったくりかねない。
「うちの店の評判を落としたら、芋の皮むきの刑だからな」
ザブリートさんが、レイターを横目でにらみながら笑った。
*
「ごちそうさまでした」
ザブリートさんにお礼を言って店を出た。
ルク星の夜は長い。
夜9時を回っているけれど、夕方ぐらいの明るさだ。
向かいの公園には、まだ大勢の人が出ていた。ストリートミュージシャンや大道芸人が道行く人を楽しませている。
その時、
「おい、フェルナンド」
というなり、レイターが突然フェルナンドさんに殴りかかった。
危ないっ!
フェルナンドさんがすんでのところでかわした。
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ど、どうしたの一体。
続いてレイターは蹴りを繰り出した。避けながら、フェルナンドさんがレイターに突きを入れる。
わたしとベルはあわてて二人から離れた。
レイターが強いのは知っているけれど、フェルナンドさんも負けていない。攻撃が鮮やかだ。銀河一のボディガードを名乗るだけのことはある。
「喧嘩か」
やだ。人が集まってきた。
二人の周りだけ空気が違う。声を掛けられないほど緊迫している。
突きや蹴りが速すぎて、まるで早送りで見ているよう。
不思議だ。
力強いのに華麗で、美しい舞いを見ているようだ。
レイターがかっこいい。
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隣でベルがつぶやいた。
「フェル兄、かっこいい」
ドキっとした。
フェルナンドさんもかっこいい。
なのに、わたしはレイターの動きに目が吸い寄せられていた。
これは喧嘩じゃない。訓練に裏打ちされたプロの動きだ。
人の輪が二重三重にできてきた。
「もう止めて、二人とも」
わたしは大声で止めた。
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二人はぴたりと動きを止めた。
レイターもフェルナンドさんも、あんなに激しく動いていたのに、息一つ切らしていない。
レイターが片足を後ろに下げ、見ている人たちにうやうやしく頭を下げた。
顔をあげると同時に、真っ赤なスカーフを両手の上に乗せて差し出した。 あのスカーフ、さっきまでザブリートさんのお店でレイターがつけていたものだ。
「ブラボー」
一番前にいた人が、スカーフの中にお金を入れた。
「謝謝。謝謝」
レイターが礼を言いながら歩くと、次々と小銭や紙幣が投げ入れられた。フェルナンドさんは呆然と直立不動で立っていた。
*
集まっていた人が立ち去ると、フェルナンドさんが頭を抱えた。
レイターが話しかける。
「フェルナンド、ちゃんとあんたにも分け前やるから安心しろ」
「そういうことじゃないです。あなた警護武術を何だと思ってるんですか」
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「いいじゃねぇか。トレーニングしながら、金ももらえて文句あるのかよ」
「喧嘩じゃなかったのよね?」
一応聞いてみる。
フェルナンドさんがため息をつきながら答えた。
「演舞です。さっきのは警護武術の基本型三百二十五番から三六〇番までですよ。それにしても、よく一つも間違えずに攻撃しましたね。三百番台なんて皇宮警備でもそんなに訓練しないのに」
「あんたも相変わらず、いい反応してたじゃねぇか」
「途中で止めたかったのに、あなたの攻撃が激しいから、つい体が勝手に反応してしまった」
「どうだい、コンビ組まねぇか。絶対儲かるぞ」
「面白いね。フェル兄とレイターがコンビ組んで大道芸人になったら」
「お断りします!」
フェルナンドさんが大声で拒否をした。
「楽しかったね。ダブルデート。また、このメンツで遊ぼうよ」
ベルが笑った。
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楽しかったけどね。
レイターは厄病神だよ。目の前で大臣が銃で狙われるなんて、どう考えても普通じゃないよ。
どんな災いが来るかわかんないよ。ベル。
* *
ルク星とラク星の関税交渉は成立し、貿易協定が結ばれた。
レイターは月の御屋敷でアーサーに請求書を渡した。
「特別手当が高すぎる」
アーサーが不機嫌な顔で突き返す。
「成功報酬さ。協定も結ばれたし、将軍家のお達しで鷹狩りやったんだぜ、それに、口止め料だ」
「口止め料?」
「浮気のことは、チャムールさんに黙っておいてやるよ」
「浮気じゃないと言ったはずだ」
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レイターがフフンと笑った。
「あんたさあ、チャムールさんを、ちゃんとしたレストランへお連れしてエスコートしたことあんのかよ?」
「・・・・・・」
「ほかの女と五つ星レストランで食事、って聞いたら、チャムールさんも面白くねぇよな」
アーサーは短く息を吐いた。
「今回はこの額で了承するが、これは、口止め料ではない。チャムールには私から説明する」
請求書にサインするアーサーを見て、レイターは満足げに笑った。
「俺は、あんたと契約しているわけじゃねぇんだ、ジャックと契約してるんだからな」
「お前に伝えておくことがある。来月、父の将軍就任二十周年の祝賀会がこの屋敷で開かれる。父上はお前にも出席してほしいそうだ」
「めんどくせぇな。俺が出る必要ねぇじゃん」
「お前の契約者のご意向だ。ちなみに食事はタダだぞ」
「ふ~ん、考えとく」
レイターは軽く肩をすくめた。
(おしまい) 第二十七話「ガールズトークは止まらない」へ続く
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