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銀河フェニックス物語<少年編>第十三話 銀行までお出かけしたら(1)
戦艦アレクサンドリア号、通称アレックの艦。
銀河連邦軍のどの艦隊にも所属しないこの艦は、要請があれば前線のどこへでも出かけていく。いわゆる遊軍。お呼びがかからない時には、ゆるゆると領空内をパトロールしていた。
地方星系で買い出しを終え、アレクサンドリア号へ戻ろうとした時だった。
「ちょっくらカネ、チャージしてくる」
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とレイターは銀行の看板を指差して走り出した。
そのままレイターは艦が出航する五分前になっても、帰ってこなかった。
この惑星にはエネルギー補給のため立ち寄っただけで、短時間で出発することはあいつもわかっていたはずだ。
出発の準備に追われる中、乗組員の多くはレイターが戻っていないことに気づいていた。密航者が帰って来ないから、といって出発の時間を遅らせるわけにはいかない。
あいつ、何やってるんだ。腕につけた通信機を押す指に力が入る。料理長のザブリートさんが心配げに僕に近づいてきた。
「どうだ? つながったか?」
「いえ、通信圏外です」
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「どこ行ったんだ、まったく」
「銀行へ行くと言っていましたが」
「ふむ、きのう今月分のバイト代を振り込んだところだからな」
大した額ではないが、今、彼は一文無しというわけではない。
「事故にでもあってるんじゃないのか?」
「自分で通信機を切っているかもしれません。彼にはこの艦に戻る義務はありませんから」
そうだ、レイターは密航者だ。戻る義務どころか、ここにいてはいけない存在なのだ。
僕は出航の任務に集中しようとつとめて意識した。
認めたくないが、僕の平常心が揺れているのがわかる。揺れた段階でそれはもはや平常心ではない。
彼がこの艦に乗っていることは、僕には何のメリットもない。一方で、デメリットは次から次へと浮かぶ。彼がいなければ部屋も汚れない。自分の時間を無駄に取られることもない。彼がいなくなっても何の問題もない、むしろ状況は好転するはずだ。ましてや『お友だち』でも何でもない。
なのになぜ、かき乱されるのか。
まさにタラップを引き上げようとした時、彼は息を切らし走って帰ってきた。
みんなが目と目で合図しあう。艦内に安堵の空気が流れた。何も言わないがアレック艦長の口元も笑っている。
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そして、何事も無かったかのようにアレクサンドリア号は出航した。
*
勤務を終えて自室へ戻ると、うっすらと鉄のにおいが僕の鼻を刺激した。
二段ベッドの階段に足をかけて上の段をのぞいてみる。レイターは苦し気にうずくまっていた。血の気のない額に脂汗をかいている。
シャツに赤い染みがついている。めくると、わき腹に貼られた止血シートが赤く染まっていた。自分で張ったのか。結構出血している。
「ドジったぜ」
目を閉じたまま、悔しそうな声で言った。人に心配させておいてこいつは一体何をしていたんだ。
「医務室へ行くか?」
いらだった声でたずねると彼は無言で首を横に振った。
居候の彼は艦に迷惑を掛けて追い出されることを恐れている。
僕は静かに止血シートの端をはがした。
「うっ痛ぅ」
傷の状況を観察する。レーザー弾がかすってできた傷だ。銃創ということは何らかのトラブルを起こしたということだ。
マフィアに狙われたのだろうか?
マフィアを牛耳る『裏社会の帝王』ダグ・グレゴリーはレイターに十億リルという多額の懸賞金を懸け、お触れである『緋の回状』を回した。
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それを機に第三次裏社会抗争が勃発し、レイターは巻き添えになって死亡したことになっている。その時点で『緋の回状』の効力は消えたが、レイターが生きていることがわかれば、マフィアが再度狙う恐れはある。
「一体、何をしたんだ?」
「チャージ、っつったろ……」
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絞り出すように答えるとレイターは意識を失った。なぜ隠す。銀行で撃たれたとでも主張するつもりか。
裏社会から狙われているレイターの身柄を匿うことは、こちらは負う必要のないリスクを抱えているということだ。トラブルに正しく対処するためには正確な情報が必要だというのに。
振り回される自分が馬鹿馬鹿しく、いらだった感情が塗り重なっていく。 (2)へ続く
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