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銀河フェニックス物語<出会い編> 第三十九話(42) 決別の儀式 レースの途中に
・銀河フェニックス物語 総目次
・<出会い編>第三十九話「決別の儀式 レースの前に」① ②
・第三十九話「決別の儀式 レースの途中に」① ② ③ (40) (41)
この間、七年ぶりに『あの感覚』に触れた。
飛ばし屋の『白魔』との対戦。隣にはティリーさんがいた。
真っ白な世界。身体中に幸福感があふれた。
俺の意識と船を操る感覚がティリーさんと融合する。すべてを司る全知全能の飛ばし。
追い求めていたものがすっと手に入った。
あの日、思わずティリーさんに言っちまった。「ずっと一緒に飛んでくれ」って。
俺は何であんなことを口にしたんだろう。
久しぶりの『あの感覚』で興奮状態に陥っていたせいだ。
きっと俺はティリーさんを『あの感覚』にたどり着くための触媒として利用しようとしたんだ。
最低だな。
ごめんな、ティリーさん。
七年前、『あの感覚』に陥った時、隣にいたのはフローラだった。
俺は銀河一の操縦士だ。一人で『あの感覚』を操れるようにならなくちゃいけねぇんだ。
このS1で俺はエースを破って『あの感覚』を手に入れる。
そして、ティリーさんと決別する。
* *
ティリーは、第一カメラの映像を見つめた。
エースとレイターのトップ争い。銀河中の人が今この二人の対決に注目している。
すごい。
『無敗の貴公子』のレースを推しとしてずっと見てきた。
『銀河一の操縦士』のバトルを助手席で直接見てきた。
二人の対決にも立ち会った。
でも、きょうの二人は違う。
レイターの機体を見ると胸が痛む。
この一か月、おそらくレイターはずっとハールを調整していたのだろう。彼が手を入れると魔法のように船が生まれ変わるのだ。
幸せそうに船を整備するレイターが頭に浮かぶ。器用な彼の姿をただ見ているだけでわたしは楽しかった。
切ない。
彼にとってわたしは単なる趣味仲間の一人でしかない。
わかっているけれど、「ずっと一緒に飛んでくれ」なんて気を持たせるようなこと言うからだ。
あんなことを言われたから、自分の中のレイターへの気持ちに気付いてしまった。
けれど「ティリーさんとつきあうつもりはねぇよ」とはっきり断られた。
失恋した。
もう、忘れよう。
そう思っているのに、レイターを好きだと言う想いを消すことができないでいる。
一体どうやって消せばいいのだろう。心にデリートキーがあれば、こんなに苦しまないで先へ進めるのに。
砂に書いた文字を風が消していくように、時がゆっくりと風化させていくのを待つしかない。
そして、気がついた。
レイターもまたフローラさんへの想いを消す方法がないのだ、ということに。
七年経っても、彼の中に風は吹いていない。大気のない星に刻まれた文字のようにくっきりと残っている。
手に入らないと頭でわかっていても、心が諦められるわけではないのだ。その中で、人は折り合いをつけて生きていかなくてはいけない。
特定の彼女を作らない生き方。それがレイターの選択。
* *
『無敗の貴公子』エース・ギリアムは操縦パネルを見た。
僕が飛ばすギリギリのライン。その先を狙って後ろのハールは攻めてくる。オクダとは違う命知らずな圧力。
レイターと初めて対戦したのは六年前。
君は危険飛行をとられて、結果としては僕が勝ったことになっている。
だが、あのレースで僕は生まれて初めて、他人に負けたと思った。君の速さと勝負勘に。
二度目の対決は、SSショーの時だ。
たまたま宇宙塵が僕の機体に当たった。運がなかったとも言えるが、あれしきのトラブルで勝てなかったのは、君の技能と僕の技術が拮抗しているからだ。
もし、ルールなしのアステロイドベルトでバトルをしたら、裏将軍の君に勝てないだろう。そのことを僕はわかっている。
だが、ここはS1の舞台だ。
僕は、三歳の時からレースの世界にいる。
この世界を隅々までわかっている。君よりもね。僕はここで育ったんだ。目隠しをして走っても舞台から落ちることは無い。すべてを掌握している。
観客はこの舞台で演じられているものを見て楽しんでいる。
レイター、君は戦闘機乗りだ。
全知全能とやらの力で、舞台裏も観客席も関係なく飛び回りたいのだろう。
だが、このS1という劇場では、観客に見えないものは存在しない。
だから、いくら君が速くても、僕には勝てない。
君の分析は的確だ。僕は速くないが強い。
だからこの世界で負けないでここまできた。
銀河一の性能を誇るプラッタは、僕の会社の船。僕の思い通りに動く。
僕はS1レーサー。
このS1世界の完全体。
調和を壊すことは、何人たりたもできない。選ばれしパーフェクトなんだよ。 (43)へ続く
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