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銀河フェニックス物語【出会い編】 第十七話 懺悔と贖罪、そして寛容 (まとめ読み版)
この物語は、宇宙船メーカーの営業 ティリー・マイルドと、そのボディガード レイター・フェニックスのお話です
・第一話のスタート版
・第一話から連載をまとめたマガジン
・第十六話「永世中立星の誕生祭」① ②
宇宙船のS1レースを、フェニックス号の4D画面で堪能した。
きょうもわたしの憧れ『無敗の貴公子』が優勝して気分がいい。散歩がてらレイターが家まで送ってくれるという。
大通りを歩いていたら、レイターが、ぐいっとわたしの腕を引っ張った。
「な、何するのよ」
驚いて振り向くと、歩道を駆けてきた小柄な男性がぶつかりそうに迫っていた。
柄物のシャツを着た彼とぶつかるのを防いでくれたようだ。
「捕まえてくれ!」
その後ろから、サラリーマン風の男二人が追いかけてくる。
「およっ」
と言いながら、レイターは柄シャツ男の手首を捕まえた。
「は、放しやがれ」
男が暴れるがびくともしない。レイターは平然とした顔で声をかけた。
「何あわててんだ、トム」
トムと呼ばれた男は驚いてレイターの顔を見た。
「レ、レイターの兄貴」
知り合い?
走ってきたスーツ姿の男たちが息を切らしながら言った。
「そいつを渡してくれ」
「あん?」
レイターが首をかしげる。
スーツ姿の男が指をさしながら言った。
「こいつはスリだ。かばんから財布を抜き取ったところをこの目で見たんだ」
「どんな財布でぃ?」
レイターが聞いた。
「黒い革の長財布だ」
「あんたのそのポケットに入ってるのは?」
「ポケット?」
怪訝な顔をしながらスーツの男は厚く膨らんだ自分の上着のポケットを見た。
「さ、財布がある」
「勘違いかい。ま、財布があったんだからよかったじゃねぇの」
「・・・・・・」
二人の男は顔を見合わせた。
狐につままれたような表情でポケットから財布を取り出し、中身を確認する。
二人は、
「すみません」
と謝ると、ばつの悪そうな顔をして帰っていった。
何だったんだろう、一体。
*
「いやあ、レイターの兄貴。助かりましたぜ」
柄シャツを着た男性はうれしそうにレイターに頭を下げた。
「久しぶりだな、トム」
トムと呼ばれた人はチンピラっぽいというか、品も柄も悪い。
けど、スリと間違えられたのはかわいそうだ。
「兄貴は相変わらず鮮やかですね。財布を見事に返していただいて、ありがとうございます」
トムさんが礼を言った。財布を返す?
「どういうこと? あなた、スリに間違えられたんじゃないの?」
「いやあ、ちゃんと財布は盗んだんですけど」
「財布を盗むって、あなた、スリなの?」
「ったく、何やってんだよ」
レイターが怒ってる。そうよ、人の物を盗むなんて許されない。
「スリ担当のサツならまだしも、あんな素人に見つかるなんざ、お粗末すぎて信じらんねぇ」
は?
「レイター、怒る所が違うでしょ」
「あん?」
「この人泥棒なのよ」
「そうだぜ。前科十六犯だ」
「その後二十犯までいきました」
「サツに捕まるなんて腕が悪すぎるぜ」
「兄貴の腕が良すぎるんですよぉ」
わたしは聞かずにいられない。
「ねえ、レイターの腕がいいってどういうこと?」
トムが答えた。
「姉さん。さっき、見たでしょうが。俺の持ってた財布を兄貴が持ち主のポケットへ戻したのを。流石です」
レイターがトムさんから盗品の財布を抜き取ってサラリーマンへ返したってこと?
「レイター、あなたもスリなの?」
「俺はそんなケチなことしねぇよ」
レイターが否定した。ほっとする。
「そうですよ、兄貴は元締めでしたし」
「元締めって?」
「決まってるじゃないすか。我々が献上した品を売りさばくんですよ」
「は? それって、盗品を売るってこと? 泥棒よりタチが悪いじゃないの」
わたしはレイターをにらみつけた。
この人、交通法規を無視する飛ばし屋だったし、今も時々平気で法律を破っているし。
「そんな怖い顔をするなよ。怒った顔もかわいいけど」
トムさんが言った。
「折角だから、兄貴にちょっと顔を出してもらいてぇところがあるんですが」
「あん? 俺はデート中だぜ」
「失礼しました。こちら彼女でしたか」
変な冗談はやめて欲しい。
「彼女じゃありません。デートでもありません。家へ送ってもらっているだけです」
「じゃ、兄貴、その後で結構ですんで」
嫌な予感がした。
「何をするつもり? 悪いことは止めなさいよ」
「いえいえ、本屋へ来ていただきたいだけでっさ」
「本屋?」
「出版記念のサイン会です」
あやしい。
わたしは読書が趣味だけれど、レイターが本を読んでいるところは見たことがない。確かめずにいられない。
「ふ~ん。場所はどこなの? わたしが行ってもいいの?」
困った顔をしながら、トムさんが答えた。
「え? え、ええ、メイン通りのブックルックです」
ブックルックは大型店だ。ビル全部が書店になっていて品ぞろえがいいのでわたしもよく利用する。
「じゃあ、今から行きましょうよ」
「おいおい、ガキはお家へ帰る時間だ」
子ども扱いされるとカチンとくる。
レイターのことは無視してトムさんに聞く。
「それで、誰が何て本を出したの?」
「アドナス親父の、『懺悔と贖罪』って本です」
「おい、トム、てめぇ、何考えてやがる」
レイターが大声を出した。
「アドナスさん? 聞いたことのない作家ね」
*
ブックルックへ向かうわたしの後ろからレイターとトムさんがついてくる。
本屋に到着すると『来たる、アドナス氏本人』と確かにサイン会の看板がでていた。
警察官が至る所に立っていて、警備が厳重だ。アドナス氏ってわたしは知らなかったけど、かなりの大物のようだ。
本棚の前に『懺悔と贖罪』が平積みにされていた。
レイターが本を手に取った。
「おいおい、定価一万リルかよ。ぼったくりだな」
高い。
本の厚さから見ても、普通なら高くて二千リルといったところだ。
ここで本を買って著者のサイン会に臨むのだろうけど、一体どんな人が買うのだろう。
いつものブックルックと客層が違う。来ている人の柄が悪い。
わたしは『懺悔と贖罪』の見本タブレットを手に取り、立ち読みをした。
まえがきを読む。
『マフィアのドンとして、三十年。裏社会での生き延び方をアドナスが余すところなく伝授する』
著者のアドナス氏は、白豹会というマフィアの会長だった。
獄中手記を出所と同時に出版したのだ。
会場に来ているのはその筋の人たちということだ。
人相の悪い人たちがレジに並び、一万リルを払って本を買っていた。領収書をもらっているのが何だか情けなくて笑いを誘う。
怖くて笑えないけど。
雰囲気が物々しくなってきた。
怖い。いつものブックルックとは違う。やっぱり帰ろう。と思った時、
「よお。レイター」
一目でマフィア関係者とわかる人がレイターに声をかけてきた。
「この前のブツはいくらでさばけた」
「よくねぇな。百五十万リルだ」
百五十万リルですって?
「レイター、一体何を売ったの?」
「な・い・しょ」
レイターはにやりと笑った。
さっきスリの元締めって話をしてたわよね。
「盗品だったら警察に通報するわよ」
「ティリーさん、しぃー」
レイターが口の前に人差し指を立てた。そこへ、
「おい、レイター。何しにきた?」
黒づくめのスーツを着たマフィアが、ドスのきいた声で話かけてきた。 禿げ上がった頭。頬に傷。とにかく目つきが悪い。
「別に。トムに呼ばれてきただけさ」
その男は、わたしを上から下までじろじろと見た。嫌な感じ。
「レイターの女か?」
「違います」
わたしは即座に否定した。
「だったらこんな奴に付き合うな」
それだけ言うと離れて行った。迫力がある。
「怖そうな人ね。一体どこのマフィア?」
「モーリス警部だ。マフィア対策課のデカさ」
「警察官なの?」
驚いた。
レイターは顔が広い。
怪しげな人たちが次々と話しかけてくる。しかも、危ないビジネスの話だ。
「レイター、ブツをまた、運んでくれ」
「了解」
ブツ? わたしはレイターに聞いた。
「あなた、運び屋もやってるの?」
「ティリーさん、俺は銀河一の操縦士だぜ。旅客も貨物も運送業許可持ってんだ。運べねぇものはないのさ」
「ブツって何を運んだのよ? 違法なものを運んだんじゃないでしょうね?」
わたしが問い詰めるとレイターは首を傾げた。
「さあ、中身は知らねぇ」
「え?」
「知らなきゃ、違法なものを運んでも犯罪が成立しねぇし」
「それって脱法行為よ」
「脱法は合法だろ」
レイターがにやりと笑う。
わたしたちアンタレス人は順法意識が高い。
価値観が違いすぎて、まったく理解できない。
*
拍手が起こった、著者のアドナス氏が杖を付きながら姿を現した。
六十代ぐらいだろうか。割腹がいい男性だ。立派な口髭が目を引く。出所直後だからか髪は短い。
白いダブルのスーツ。黒いシャツに赤いネクタイ。マフィア映画から抜け出してきたみたいだ。
机が置かれた特設ステージに立つと、片手をあげてあいさつした。
「エブリバディ、サンキュー」
見た目に似合わない高い声。ロックスターじゃないんだから。
腰掛けたアドナス氏がサインを書き始めた。三十人ほど列ができている。
アドナス氏は相好を崩し、一人ずつに話しかけていた。
「元気だったか? 差し入れ助かったぞ」
「お前の店はまだあるか? じゃあ、飲もう」
レイターがわたしに説明した。
「白豹会は数少ねぇ独立系マフィアでさ。アドナス親父は義理堅くて人望があるんだ」
これはサイン会にかこつけた、出所祝いパーティだ。本屋のブックルックも大変だ。
マフィアに脅されたのだろうか。
トムさんがアドナス氏の元へ駆け寄り、耳元で話しかけた。
アドナス氏がにっこり笑ってわたしたちを見た。
「おお、レイター、来てくれたのか。元気だったか?」
「お陰さまで」
アドナス氏がわたしを見ながら言った。
「レイター、お前、再婚したのか?」
「してねぇよ」
「愛しの君にそっくりじゃないか?」
「似てねぇよ。塀ん中でもうろくしたんじゃねぇの、あんた」
レイターがアドナス氏に近づいていく。
レイターから離れるのは怖い。わたしは後ろからついていく。
「久しぶりのシャバだからな。ははは」
アドナス氏が机に積んであった著書『懺悔と贖罪』を手にした。
「お前にこの本を進呈するよ」
「俺、本は読まねぇんだ」
「定価一万リルだぞ。売っても儲かるさ。彼女の分と二冊持ってけ」
「へいへい。ティリーさん、本、好きだろ。よかったな」
「ティリーさんと言うのか、サインに入れておくよ」
アドナス氏がサインを書いてわたしに手渡した。別に欲しくもないけれど、一応、お礼は伝える。
「ありがとうございます」
アドナス氏が声を潜めてレイターに話しかけた。
「レイター、頼みがある。船を調達してくれ」
「どこの?」
「クロノス社のハイグレードが欲しい」
あり得ない。マフィアがハイグレードシリーズを好んでいるのは知っているけれど。
「こちらのお嬢さんに頼んでみなよ。クロノスの営業だぜ」
レイターが楽しそうにわたしを紹介した。
マフィアに宇宙船を売ることは、マフィア対策法で禁じられている。
「クロノスでは、マフィアに売る船は扱っていません」
アドナス氏本人に言うのは怖いから、レイターに向けて言う。
「だとさ」
レイターが軽く応じた。
「だからレイター、お前に頼んどるんだ」
「手数料高いぜ」
「わかっとる」
わたしは慌ててレイターの服を引っ張った。
「ちょ、ちょっとレイター、どういうこと?」
「あん?」
「あなた、マフィアに船売ろう、っていうんじゃないでしょうね?」
「ティリーさん、声がでかいぜ。モーリス警部が俺を見てるじゃねぇかよ。親父も出所したばかりで、船がないのはかわいそうだろ」
アドナス氏は『懺悔と贖罪』という本を出した。
マフィアから足を洗った、ということなのだろうか。更生した人であれば販売できなくはないけれど・・・。
モーリス警部が近づいてきた。
そして、レイターを指さしながらわたしに言った。
「こいつはクロノスの社員の頃、マフィアに船を売って儲けてやがったんだ」
「え?」
アドナス氏が笑いながら相槌を打った。
「そうそう、うちのフロント企業へ納入するのに高い手数料を取りおって」
モーリス警部が手錠を取り出して叫んだ。
「レイター・フェニックス! マフィア対策法違反で逮捕する!」
逮捕、ですって?
慌てるわたしの横で、レイターはのんびりと言った。
「残念だったなあ、モーリス。六法よく読めよ。三年で時効だろ」
「くそっ、次こそ、尻尾を掴んで、ブタ箱へブチ込んでやる」
「七十二回目だぜ、そのセリフ」
レイターが肩をすくめた。
何なの、このやりとりは。
*
家に帰ってから、アドナスさんからもらった『懺悔と贖罪』を読んでみた。
字が大きくて余白ばかり。 ページの水増しじゃないだろうか。
ポートレートというか、アドナス氏の写真がたくさん載っている。
あっという間に読み終えた。
何、これ?
『懺悔と贖罪』というタイトルなのに、書いてあるのは償いどころか悪事自慢ばかりだ。
反省の「は」の字もない。
裏社会では、グレゴリーファミリーという巨大マフィアが牛耳っていて、そこに所属しない独立系がどれほど大変か、ということと、それでも自分はやり遂げた。って話ばかりだ。
知らない世界の話だから、面白いと言えば面白い。
まるで大企業に攻め込まれた、中小企業の社長奮闘記。
サイン会を開催するにあたり、本屋のブックルックも、一応中身を確認したのだろう。
気になる記述がところどころにある。
『警察が踏み込んできた。その時、ボディーガードのPの手引きで逃げることができた』
『ボディーガードのPは操縦が得意だ。どんな違反をしても銀河警察に捕まらない腕を持っている』
Pって誰よ。Pって?
フェニックスのPじゃないの?
警察から逃がす、って犯人隠避罪じゃないの?
『Pは腕がいいがとにかく料金が高い。そこで私はしくじった。Pに頼まなかったことを、今でも後悔している。私は警察に捕まり、懲役二年の刑に服すことになった。私は学んだ。自由は金で買えたのだ』
*
確認せずにいられない。
翌日、『懺悔と贖罪』のサイン本を持ってフェニックス号へ出かけた。
「レイター、アドナスさんの本、読んだ?」
「あん? 俺は本は読まねぇって知ってるだろ。サイン本だから定価より高く売れたぜ」
もう転売したんだ。しかも、一万リル以上で買う人がいることに驚いた。
「ねえ、ここに書いてあること、あなたじゃないの?」
「あん?」
ボディーガードのPが出てくる、気になるページを指で示す。
レイターが面倒くさそうに目を通す。
「あの親父、バカだな。こんなこと書いて」
「Pって誰よ? あなたじゃないの?」
「ペーターだろ」
「ペーター? ペーターって誰?」
「さあ? 俺もよく知らねぇんだ」
レイターが肩をすくめてとぼけた。
間違いない、レイターだ。
「悪いことはやめなさいよ!」
「悪いこと? 悪いことって何だよ」
「警察に捕まるようなことよ」
「そんなこと、やらねぇよ」
「ほんとに?」
「宇宙の神様に誓ってもいいぜ、俺は警察にゃ捕まらねぇ」
レイターは堂々とVサインをわたしに掲げた。
「そういう意味じゃないでしょ!」
『厄病神』は邪神だ。改心させられる気がしない。
わたしは頭を抱えて、深くため息をついた。 (おしまい)
・第一話からの連載をまとめたマガジン
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