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銀河フェニックス物語<出会い編> 第三十九話(38) 決別の儀式 レースの途中に
・銀河フェニックス物語 総目次
・<出会い編>第三十九話「決別の儀式 レースの前に」① ②
・第三十九話「決別の儀式 レースの途中に」① ② (29) (30) (31) (32) (33) (34) (35) (36) (37)
エンジンが止まる? そんな話は聞いていない。
アラン・ガランが左足を揺らしながら答えた。
「調整弁の設置によって発生した欠点です。修正が間に合いませんでした。でも、横G六十五度からコンマ五度でもはずれれば影響はない。そこまで正確な攻めはないと踏んで、そのまま出場させたのですが……自由度の少ない小惑星帯では逃げ場がない」
「ギーラルが対策してきたんだろう」
俺は不機嫌に応えた。
「いえ、調整弁は私のアイデア、完全にうちの技術です。ギーラル社が気付くはずがないんです」
計算機の前に立っていた助手のオットーが、声を震わせた。
「ぼ、僕のせいだ。すみません」
真っ青な顔で、俺とアラン・ガランに頭を下げた。
* *
チームスチュワートの数学的頭脳を担うオットーは、一年前ギーラル社の新型船マウグルアを購入した。
販売店へ試乗に出かけたオットーの対応をしたのは真っ赤な髪の営業マンだった。
「スポーツ船としての面白みはクロノス社のプラッタより、弊社のマウグルアをお勧めしますよ」
ケバカーンという名の小柄な彼は、魅力的で話のしやすい男性だった。
「スチュワートさんのところでS1に関わるお仕事をされているんですね。お安くしておきますから、ぜひ、マウグルアを操縦した感想を聞かせてくださいよ」
彼はこまめに僕のもとに顔を出し、船について雑談をして帰っていく。
「この前のレースは惜しかったですね。船は良かったのに、あれは完全に操縦ミスですよ」
「わかりますか。自信あったのになぁ」
僕は子どもの頃からのS1ファンだ。船の話はつい花が咲く。
彼が魔法使いと呼ばれるトップ営業マンだということを噂で聞いた。話をしていればわかる。できる人だ。ケバカーン氏の情報は広く知識は深い。
「ここだけの話ですけどね」
と彼は時々業界の内部情報を聞かせてくれた。ディープな内容が僕を刺激する。彼と話をするのが楽しみだった。
つい先日も彼から連絡が入った。
ハールとメガマンモスをつなぐことで頭を悩ませていた頃だ。通信機の画面に真っ赤な髪と笑顔が映し出された。
「今回、ボリデン合金のハールを社内で調達したのは僕なんですよ。レイターさんとは昔からの知り合いでしてね、銀河一の操縦士に頼まれたら断れませんよ」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
僕はケバカーン氏に礼を言った。
「いえいえ、S1でハールがいい成績を出してくれると弊社が助かるんです。大宣伝ですからね。応援していますよ。お願いします」
ハールは不具合が続発して人気がない。
自分たちがいい成績をあげれば、彼の役にも立つ。彼の期待に応えたい。彼との会話は、考えることに疲れていた僕を奮い立たせた。
「頑張ります。でも、結構、苦労しているんですよ」
「メガマンモスのエンジンを積んでるんですもんね。ハールの燃費の良さを生かすのは大変でしょう」
「そうなんです。調整弁で工夫しているんですけれど」
話している間、ケバカーン氏のことを、ライバルや敵とはまるで思っていなかった。彼はハールの活躍を望んでいる。愚痴を聞いてくれる仲間だ。
「横G六十五度で攻められると、メガマンモスが止まっちゃうんですよ」
「それはご苦労されますね」
「まあ、そうは言ってもそんなピンポイントな攻撃はないと思うので、そのまま放置してるんです。ほかにも不燃対策とかやることがたくさんあって」
「パラドマ発火起こしたら大変ですもんね。奇策のスチュワートさんのご活躍を、楽しみにしていますよ」
魔法を使って船を売る、というギーラルの魔法使い。
ケバカーン氏は、にっこりと笑い通信を切った。
僕はその魔法にやられたことに、今、気がついた。彼がレーサーのオクダにハールの弱点を流したのだ。 (39)へ続く
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