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銀河フェニックス物語<出会い編> 第四十一話(18) パスワードはお忘れなく
ティリーはチャムールの覚悟を知って言葉をなくした。
・銀河フェニックス物語 総目次
・第四十話 まとめ読み版① (11)(12)(13)(14)(15)(16)(17)
わたしはそこまでちゃんとレイターと向き合っていない。
レイターはいつもちゃかしていて、わたしはいつも拗ねていて、お互い、大事なことに踏み込まないままここまできてしまった。
一度だけ近づいたことがある。
火星宙域で催された連邦軍の航空祭。
「少し前に、チャムールが航空祭に誘ってくれたのも、わたしたちのことを考えてのことだったのね」
「ええ」
チャムールがうなずいた。
わたしの故郷アンタレスは軍を持たない。父は連邦軍の駐留に反対している。連邦軍の催しには、気乗りがしなかった。
けれど、航空祭で美しい軌跡を描いて飛ぶ戦闘機を初めて見て、心が震えた。綺麗なフォルムの機体の前でレイターとかわした会話を思い出す。
実戦で、五十二戦五十二勝だと彼は言った。その中には殺されたロベルトの父親も入っていたということだ。
あの時、少しだけレイターの気持ちに踏み込んだ。
戦闘機を撫でながらレイターは語った。「人の命を奪うことがあっても、それは味方の命を守るための手段で、目的じゃねぇ。船に罪はねぇ」と。
感情はついていけてないけれど、理解ができなくはない。
チャムールとアーサーさんは考える機会をわたしたちに与えようとしてくれていた。
「ティリーが軍隊を快く思っていないことは知っているわ。でも、アーサーはどうやったらこの戦争が終わらせられるかをずっと考えている。そして、どうしたら双方が最低限の被害で事態を収拾できるかを基本に作戦を練っている。そして、それを実現するためにレイターが動いている」
レイターの名前を聞くと心が震えた。
「何年かかるかわからないけれど、この戦争は終わる。将軍に言わせるとそのために無愛想な息子とバカ息子が頑張っているんですって」
レイターも同じことをロベルトに言っていた。
『この戦いを終わらせねぇと憎しみはいつまでも連鎖する。それを断ち切るために俺はこの仕事を請け負ってる』
わたしの知らないレイターが突然目の前に現れた。
全てがつながっている。
ぼんやりとしていた像がくっきりと結ばれていく。
きちんと話がしたい。
レイターは将軍家の居宅『月の御屋敷』で静養している。
「わたし、レイターのお見舞いに行きたいわ。チャムール、連れて行ってくれない?」
月の御屋敷は一般人が簡単に行けるところではないけれど、チャムールにとっては彼氏の自宅だ。
チャムールが困ったように目を伏せた。
「それが、ティリーには来てほしくないって、レイターが…」
「ええっ?」
どういうこと? わたしはショックを受けた。
* *
「坊ちゃん、これを見てください。絶対に変です」
任務を終えて三日ぶりに月の屋敷へ戻ったアーサーは侍従頭のバブに声をかけられた。
レイターの部屋をノックをする。
中にいるのはわかっているが、返事がない。
寝ているのか。
部屋には鍵がかかっていた。
私は屋敷のマスターキーで勝手に開けた。
照明はついておらず薄暗い。
相変わらず散らかった部屋だ。足の踏み場がない。気を付けながら進む。
ベッドの上のレイターは私が部屋に入ったのにも気づかず、布団を抱え込んで丸まっていた。
覗き込むと苦しそうな顔をしていた。汗もひどく、うなされている。自白剤の影響か。
昔もこうして苦しげに寝ている彼を見たことがある。
嫌な予感がする。
その時、
「やめろぉぉぉーー!」
レイターが叫んだ。 (19)へ続く
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