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銀河フェニックス物語<出会い編> 第三十九話(10) 決別の儀式 レースの前に
・第一話のスタート版
・第三十九話 まとめ読み版① ② (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)
背後から声がした。
「無理じゃねぇよ。そいつはS1の安全規定充たしてんだから」
レイターが立っていた。
「強度はそうですが、可燃性が高過ぎます」
オットーが反論する。
「レギュレーションに禁止されてなきゃS1は何でもありだろが」
ボリデン合金の船なんて誰も考えないから規定にもない。レイターが続けた。
「メガマンモスのエンジンで、九十三パーセントの馬力を出せればエースと並べる」
オットーが声を荒げた。
「それは机上の計算だ。ナセノミラのコースは直線よりカーブが多い。直線番長が有効とは思えない」
「俺さぁ、S1でメガマンモスふかしてみてぇんだよ。銀河最速だしてぇんだ」
直線番長と呼ばれるメガマンモス社のエンジン。
無骨なデザインでとにかく馬力がある。直線ルートの最速記録はメガマンモスが持っている。昔からそれを売りにしていて、メガマンモスにはコアなファンがついている。
話を聞きながら俺は愉快になった。
「メガマンモスには俺も憧れがある。アラン・ガラン、オットー、何とかやってみてくれ」
オットーは不満そうな顔をした。
だが、オーナーの俺の言葉は絶対だ。チーフのアラン・ガランは左足を貧乏ゆすりさせながらつぶやいていた。
「九十三パーセント、九十三パーセントなら工夫すればいけるか・・・」
* *
「ティリー、仕事が終わったら食事に行かないか」
仕事が終わると時折エースはわたしをディナーに誘った。
お値段の張るお店、隠れ家的なお店、エースはわたしが普段行かない、いや、行けないようなお店をよく知っていた。
世間の人にはつきあっていると誤解されているから、二人で食事をしてもなんの詮索もされなかった。
フェルナンドさんの運転する高級エアカーで出かける。エースは街の中でエアカーを操縦しない。事故を起こさないためだ。
「専務、明日の会議資料は事前に目を通しておいてくださいね」
「ティリー、専務と呼ぶのはやめてくれ。もう、仕事は終わった。エースでいい」
「は、はい、エース」
普段本人がいないところで散々呼び捨てにしているのに、本人を前にエースと呼ぶには勇気が必要で、なかなか慣れなかった。
エースとの会話は仕事の延長のようだけれど、楽しい。
わたしの趣味はS1レースの観戦なのだ。宇宙船の話は尽きない。
自然と次回のS1の話になる。
「S1チャンネルでギーラル社のオクダがインタビューに答えてました。最後にエースを倒すのは俺だ、って気合入っていましたよ」
「彼とはデビュー戦からずっと一緒だからね。オクダはいいレーサーだよ。僕が勝てているのはうちの技術のおかげだ」
「謙遜してますね」
「謙遜じゃないさ。僕の連勝はクロノスの船が壊れないからできていることだ。ギーラル社の船はムラがある。今季のマウグルアはいい船だけれどね」
「そうですね。マウグルアは若い人にも人気があります」
わたしの頭に真っ白なマウグルアが頭に浮かんだ。レイターとバトルをした飛ばし屋の『白魔』もマウグルアに乗っていた。
あの時のバトルを思い出すと、今でも胸が震える。
コーナーを回ってゴールへ飛び込んだ時に感じた『あの感覚』。
世界が白く輝く幸福感。
あの日「ずっと一緒に飛んでくれ」と言ったのは誰だったか。
「ティリー、どうかしたかい?」
エースの声で我に返った。
「な、何でもありません。『無敗の貴公子』がいなくなったらS1が寂しくなりますよね。わたし個人としてはやめて欲しくないです」
「ありがとう、ティリー。僕自身は引退の会見をして、精神的に随分楽になったよ。レース最終戦に向けての集中も高まった。やることはすべてやってきたから悔いはない」
かっこいい。こんなセリフをさらっと決められるのは、さすがわたしの推し。いや、わたしの友人だ。
「それに、父の具合がよくないからね」
わたしが役員室に異動になってから、エースの父である社長に会ったことはない。自宅で静養しているという話を聞いている。
すでに実態としてはエースが経営を仕切っていた。S1を引退したら、エースが社長に就任することが内定している。
「早く父を安心させたいんだ」
そこでエースは言葉を切ると、わたしを見つめて続けた。
「プライベートでもね」
ドキッとした。
今、暗にエースは結婚をにおわせた。 (11)へ続く
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