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銀河フェニックス物語<少年編> 第七話(3) 初恋は夢とともに
ジュリエッタ・ローズが死亡したという記事を見てレイターがショックを受けていた。
・銀河フェニックス物語 総目次
・第七話「初恋は夢とともに」 (1)(2)
・<少年編>のマガジン
*
まただ。
僕はベッドの上の段から聞こえるうめき声で目を覚ました。このところ毎晩、レイターがうなされている。ジュリエッタ・ローズの死を知った日を境に。
彼がジュリエッタに好意以上の恋愛感情を寄せていたことはわかっている。彼女の死による喪失感が大きいのだろう。
それにしても……
「や、やめろぉ!」
寝言とは思えない大声で叫んでいる。かなり強烈な悪夢を見ているようだ。これでは僕が寝られない。
僕は二段ベッドの階段に足をかけ、レイターのベッドをのぞきこんだ。
「おい、大丈夫か?」
彼を揺り起こす。ひどい汗だ。脈も乱れている。
普通の状態じゃない。レイターが目を覚ました。
「あ、ああ、あんたが助けてくれたのか」
助ける? 僕は何もしていない。珍しいことに、彼の瞳に怯えた色が見えた。
「君は、毎晩うなされている」
「ああ、嫌な夢を見るんだ」
昼間の彼はまったく普通だ。ジュリエッタのことなどまるで何もなかったかのようだ。だが、眠りにつくと何かに取り付かれたように悪夢を見ている。
身体が小刻みに震え歯の根があっていない。
「大丈夫か? いつも同じ夢を見るのかい?」
「ああ」
「どんな夢を見るんだい?」
「真っ赤な夢」
「真っ赤な夢? もう少し具体的に話せるか?」
レイターが苦しそうにゆっくりと口にした。
「血で溺れ死ぬんだ。ダグに殺されて……」
『裏社会の帝王』ダグ・グレゴリーか。ジュリエッタの夢ではなくダグの夢、繋がっているといえば繋がっているが。
「ここ最近、見なかったのに……」
レイターはダグ・グレゴリーに命を狙われ、十億リルの懸賞金が懸けられていた。
銀河中のマフィアがレイターの首を求めて追いかけ回した。街は銃弾が飛び交い戦地のような状況だったという。
『帰還兵症候群』という言葉が頭に浮かんだ。激戦地で命の危険にさらされた兵士が起こす睡眠障害などの精神疾患。心的ストレス傷害のPTSDが発症しても不思議じゃない。
だが、それとジュリエッタの死の間にどんな関係があるのだろう。
レイターは体を起こすとどこからか煙草を取り出し火をつけた。
前時代的な煙草の煙は嫌いだし副流煙は有害だ。いつもは止めるがきょうは黙認した。僕はたずねた。
「ジュリエッタが亡くなってからだろ。君が悪夢を見る様になったのは?」
彼はうなづいた。
「ジュリエッタとダグと君の間に関係があるということか?」
レイターはむせもせず、慣れた様子で煙草の煙を吸い込んだ。僕は煙草を吸ったことがない。そもそも、連邦法では十八歳まで喫煙は禁止されている。
マグカップに灰を落とすと、ふぅと煙を吐きながらレイターは話し始めた。その仕草は十二歳には見えなかった。
「ジュリエッタはダグのことを尊敬していた。つまり愛していたんだ」
裏社会の帝王と秘密クラブの最高級娼婦の情事。レイターは自分の想いが報われない恋だと知っていたということだ。
「だけどダグは商品には手を出さねぇ。だからジュリエッタは銀河一の商品であることに嫌になって、一人の女になりたがっていた。足抜けしたかったんだ。でも、無理だ。あんたも知ってると思うけど、ジュリエッタの稼ぎはすごいし、ジュリエッタは裏も表もありとあらゆる秘密を知り過ぎてた」
レイターが吐きだした煙がゆらゆらと流れていく。 (4)へ続く
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