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銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第六話 父の出張(10)
ティリーは気になっていたレイターの特命諜報部の仕事についてたずねた。
銀河フェニックス物語 総目次
<恋愛編>第五話「父の出張」① (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)
<恋愛編>のマガジン
レイターに課せられたアンタレスでの特命諜報部の任務。具体的な内容を聞くわけにはいかないけれど、予定は把握しておきたい。
「あん? ああ、あれはもう終わった」
あっさりとした答えだった。
「終わったんだ」
肩の力が抜けた。子どもの使い、と言っていた通り簡単な任務だったということだ。そもそもアンタレスは平和な星系だ。
レイターが伸びをしながら言った。
「銃で狙われる恐れがねぇってのは、やっぱ、いいよな。警戒する距離感が違う」
実感がこもっている。いっそアンタレスで暮らすのはどう? と言おうとして恥ずかしくなった。そんなことを口にしたら、結婚しようと言っているみたいに聞こえそうだ。
*
広い公園を二人で並んで散歩する。
レイターと手をつなぎたい。ソラ系にいる時、レイターは手をふさがれることを嫌う。不測の事態に備えるためだ。でも、ここは安全な星だ。勇気を出してそっと指を絡める。拒否されたら笑おう。
触れたところから熱が伝わる。
手のひらが温かさに包まれた。大きな手がわたしの手をぐっと握った。つながる感覚が心臓を揺らし、頬が熱くなる。目の奥が震えてレイターの顔を見ることができない。
わたしったら、子どもじゃないんだから。自宅やフェニックス号では恋人らしくレイターに触れているというのに。
言語化できない新鮮な安心感。
風に揺れる花が蛍光色に塗り替わったように見える。故郷の澄んだ空気を吸いながら、ただ歩いた。
さあ、二人きりの時間は終わりだ。時計台の前に立つ。予定通りにママがパパを連れて公園へやってきた。
レイターが繋いでいた手をすっと離した。
「レイターさん、アンタレスはどうかしら?」
ママがたずねる。
「いいところですね。こんなにのんびりしたのは久しぶりです」
何だろう。まただ。いつものレイターと違う。『よそいき』でもない。かと言って演技をしている感じでもない。
「田舎だと馬鹿にしとるんだろ」
パパが突っかかる。
「パパ、被害妄想はやめてちょうだい」
「そういうティリーは、田舎が嫌でここを出ていったんだろうが」
「アンタレスの良さは、ソラ系に出たからわかるのよ」
「ほう、そうか。良さがわかったなら、早く戻ってこい」
「仕事を辞めろって言うの? パパは途中で投げ出すことが正しいっていうわけ?」
わたしとパパが喧嘩しては元も子もない。わかっているのについ反論してしまう。さっきまでの満たされた気分が一気に通常モードに戻っていた。
「さあさあ、お昼を食べに行きましょう。中心街へ出ましょっか」
ママがやんわりと提案した。我が家のお決まりのパターンだ。とにかく落ち着こう。
この後のランチでパパに何とかレイターを認めてもらう。というのが、わたしとママで考えたシナリオだ。
公園内を横切る道路にタクシー乗り場が設置されている。
ソラ系で目にするタクシードライバーはアンタレスにはいない。中央で集中制御された無人のエアタクシーはレーン上を浮揚し次々とやってくる。技術立国アンタレスでは当たり前の風景。待たされることはほとんどない。
「タクシーに乗ったら、俺がマニュアルで運転してやるよ。中央制御っつうのはどうも信用ならねぇ」
とレイターが提案した。この人は宇宙船だろうと何だろうと自分で操縦しないと気が済まない。
「その必要はない。お前の運転する車なんぞ危なくて乗れるか」
パパはS1でレイターが見せた、死と隣り合わせの危険な操縦を頭に浮かべたのだろう。
「普段はレイターだって安全操縦なのよ。『銀河一の操縦士』なんだから。小惑星帯で飛ばしたって絶対、事故らないし」
「フン。いずれにしてもきっちりと中央制御されとるんだ、下手にさわることはない!」
「へいへい」
レイターが肩をすくめた。
パパがタクシー乗り場の一番前に立って軽く手を挙げた。
あれ? 何だかエアタクシーの様子が変。近くまで来たのにスピードが落ちない。
「回送車かしら?」
「違う!」
レイターの声と同時にエアタクシーが車道レーンからはずれた。そのまま車両はわたしたちが立っている乗り場へ猛スピードで向かってきた。 (11)へ続く
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