
銀河フェニックス物語<出会い編> 第三十九話(44) 決別の儀式 レースの途中に
・銀河フェニックス物語 総目次
・<出会い編>第三十九話「決別の儀式 レースの前に」① ②
・第三十九話「決別の儀式 レースの途中に」① ② ③ (40) (41) (42) (43)
最後の小惑星帯に入った。
エースが抜き返す。
まっすぐ飛ばせないこの区域はメガマンモスエンジンは不利だ。
抜きつ抜かれつの状態。
最短コースが最速コースではない。メガマンモスは曲がりがきついコースは避けるほうが速い。
二機のルートが重なったり離れたりしながらレースが進む。
もはや芸術の域。いや、神の領域だ。
一機で飛んでも、こうはならない。
ライバルの二機だから、この飛ばしが存在している。
今、このレース中継を見ているすべての人が、歴史的な瞬間に立ち会っていることに気づいている。
無敗だったエースを、最終戦で追いつめている。
俺のチーム・スチュワートの船が。
銀河一の操縦士、レイターお前ならやれる。
世界を上書きして塗り替えろ。銀河一を高らかに宣言するんだ。
* *
クロノスのピットに緊張が走る。
「まずいな」
メロン監督がつぶやいた。
レイターが前に出る。エースが抜き返す。先頭が次々と入れ替わる。
「最後の直線勝負は、メガマンモスが有利だ。この小惑星帯で何とか差を広げろ」
メロン監督がエースに指示する。
無敗の貴公子に土がつく。ありえないことが起きようとしている。ティリーは心が分裂しそうになった。
「ティリーは、僕とレイターのどっちに勝って欲しい?」
先週、小惑星帯のテストコースで船を止めたエースがわたしに聞いた。
「……わからないです」
無敗の貴公子は無敗を守り切るために戦っている。
そして、銀河一の操縦士は、銀河一を証明するために戦っている。
どちらにも負けて欲しくない。これがわたしの偽らざる気持ち。
頬が熱くなる。
エースの顔が正面からわたしに近づいた。
推しのご尊顔に息を呑む。
美しく整ったエースの唇が意思を持って接近してきた。
わたしは無意識のうちにその軌道を避けた…。
キスを嫌がったのではない。
その逆だ。エースが神聖すぎるのだ。これ以上の深入りは自分を汚してしまう。
ライムの香りと共に、エースの右頬がわたしの右頬に優しく触れた。ほんのりと温かみが伝わるチークキス。
そして、軽い、あいさつのようなハグ。
息が止まった。心臓が止まったかと思った。
いや、心臓の音は大音量でわたしの中で響いている。心が歓喜に震えている。
エースのがっしりした身体をわたしは力を込めて抱きしめた。
現実感がない。
「セクハラと訴えないでくれ」
「は、はい。もちろんです。ありがとうございます」
耳元で聞こえるエースの声が、冗談なのかどうかもわからない。顔がほてりだした。
マウス・トゥ・マウスのキスは避けたのに、チークキスとハグがうれしくて、涙が出た。
ああ、どこまでも無敗の貴公子はわたしの推しだ。負けないで。
* *
トップを飛ばすクロノスとスチュワートの二機はあと少しで小惑星帯を抜ける。
エースが先行した。
と、その時だった。
突然、レイターが操縦するハールの速度が落ちた。旋回がゆるい。
『あっと、どうしたんでしょうか?』
アナウンサーの実況に、年配の解説者がつぶやくように答えた。
『これはマシントラブルだな』
スチュワートも気が付いた。ハールの速度が落ちている。
「おい、アラン・ガランどうした?」
俺の声があせっている。ゴールまであと少しだ。ここまできたら無敗の貴公子に勝ちたい。
「エンジントラブルか?」
「いえ、メガマンモスは生きてます。制御系の不具合です。暴れ馬が暴走しているようです」
レイターから通信が入る。
「操縦桿が上下にぶれて、まっすぐ飛ばねぇ。尾翼だ」
アラン・ガランが遠隔で機体状況を確認する。
「兄弟ウォールの接触の影響だな」
俺はつぶやいた。
「べヘム弟、ベータールか…」
五位から四位へ浮上する時、弟のベータールが捨て身でレイターを止めに入った。その時に水平尾翼が接触した。
オットーが叫んだ。
「レイターさん、ブレる方向を教えてください。僕が補正計算します」
「頼む。データを送る」
一体、レイターはどうやって操作しているのか。飛ばしながら飛行データ送信してきた。
「右二度、仰角三度修正」
オットーが暗算で導くナビゲーション数値をレイターが操縦に即座に反映する。小惑星に激突したら、ペラペラのハールは大事故を起こす。少し大回りしながら小惑星をよける。
先を行くエースが小惑星帯を抜けた。かなり離された。
すぐ後ろにオクダが迫ってきた。何てことだ。 (45)へ続く
・第一話からの連載をまとめたマガジン
・イラスト集のマガジン
いいなと思ったら応援しよう!
